第137話 ESCAPE
白い扉の先は、真っ白な部屋。
中央には、丸テーブルと椅子が二脚。向かい合うように置かれていた。
正方形の部屋。今までの広々としていた場所とは違い何処か息苦しさを感じた。
瑠美奈は徐に椅子へ腰掛ける。
そして、少し考える。此処が何処で、どう言った場所なのか。
簡潔に言えば、此処は各宝玉の中だ。
あの水晶体の中と言えば少しだけ意味が分からない話だが、事実なのだから仕方ない。
では、どうして瑠美奈が此処にいるのか。それは考えるまでもない。
瑠美奈は宝玉を支配して死んだ。死んで、宝玉の意思になる過程にいる。
あと少し、もう少し先に進むことで瑠美奈は宝玉の意思として生み出されることになる。
今まであって来た三人は、各宝玉の意思だ。
赤の意思。シュアン。
緑の意思。萌黄。
青の意思。天。
黄色が居ないのは、瑠美奈が取り込んですぐだったからだろう。
三人のいずれかを殺していたら、きっと瑠美奈はその空席となった宝玉の意思となる。
今こうして、彼らが人の姿で現れたのは、宝玉の中だからこそ意思疎通が叶う形状になっただけの事だ。現実では起こり得ない事だって此処では起こる。
「やあお待たせ」
聞き覚えのある声に瑠美奈は顔を上げるとそこには儡がいた。
どうして此処に儡がいるのか分からず混乱していると「ああ、ごめんごめん」と軽い謝罪が来る。
「僕は、君の知っている傀儡儡君じゃないんだ。この姿は君が混乱しないようしたんだけど、結局混乱させてしまったかな?」
「しろのいし」
一つだけまだ会っていない宝玉の意思がいる。
それは瑠美奈と共に過ごして来た白の宝玉だ。
この部屋の意味もおのずと解って来る。
「君とこうして会話をするのも久しぶりだね。前は、君が研究所を出て行った時に君は僕に助言を求めてくれたね。その後は会いには来てくれなかったけど、たびたび助けを求めてくれたね。嬉しかったよ」
白の意思は笑みを浮かべて瑠美奈の向かいにある空席に座る。
「僕たちは使われるだけに存在している玉だから、持ち主の君が僕たちを使ってくれないと寂しくなっちゃう。特にシュアンなんて大荒れだったね。彼は君に必要とされたい。君の心を手に入れたいという魅惑の欲望を持っているのに、それを叶えられることはない。前任の感情が憑依してしまった結果かな」
佐那が持っていたからこそ、シュアンは瑠美奈に必要とされ続けていたかったと白の意思は言う。
仮にそうだとしても、相手は宝玉の意思であり、瑠美奈がシュアンを気に掛ける事はないだろう。
「君の戦略は間違いじゃない。こうして僕たちに関与しない事で、透明の宝玉を取り込むことを計画した。だけど、生憎と君は僕たちを使い続けてしまった。使いたくなかったんだろうけど、使わざるを得ない事態が多発した。君は欲望というよりは臨機応変に宝玉を使用して場を切り抜けた。透明の宝玉は無欲。何もない者が持つことを許される宝玉なんだよ」
「しってたの」
「勿論、僕たちは……というより僕は、宝玉が七つある事を知っていたよ。だけど意地悪な事を言えば訊かれなかったから僕は言わなかった。知らなければどうという事もないしね」
知っていた。もしも廬が現れなかったら透明の宝玉と言う存在も知りえなかった。
六つを支配して死んでも厄災は周期を変えずにまた起こる。
「ねらっていたの」
「人聞きの悪い事を言わないでくれるかい? それじゃあまるで僕が意図していた事みたいじゃないか」
言わなかったのは、瑠美奈を宝玉の意思にするため。
厄災の周期を変えてしまえば宝玉にも多大な負荷がかかる。
その程度で砕け散ることはないが、出来る事なら規則的に活動していたい。
「瑠美奈。君は、透明の宝玉があろうとなかろうと、僕たちを支配して、僕たちを解放する為に集めていた。厄災までも支配する為に全ての宝玉に自分の魂を分離して、六つの宝玉を生み出す。そうして、本来いたはずの意思である僕たちを宝玉から追い出してくれる。そのはずだったじゃないか。それなのに、その約束を違えたのは君だ」
意地悪なのは君の方だと白の意思は言う。
「君はいつだって全員を救おうとするけど、その勘定に君は含まれているのかな?」
世界の人、筥宮の人、御代志の人、研究所の家族、佐那、真弥、憐、儡、廬。
大にしても小にしても、その中には瑠美奈は含まれていない。
いつだってそうだ。瑠美奈は自分を顧みる事はしない。
「君の意思を覆すことは出来ないのは承知しているよ。だけどね、僕たちだって鬼じゃない。そりゃあ僕としては、君が宝玉の意思となってくれた方がもっと宝玉の強度は強くなって地球の力を吸収する事が出来るんだけど……僕は君と一緒にいる所為で感化された」
一緒にいると持ち主に感化される。それは、宝玉の中では時間の概念がないからだ。
瑠美奈が身に受けている後遺症と同じく彼らは成長しない。持ち主から伝わる感情によって左右される。
シュアンは佐那。萌黄は海良、青は誰もいなかった。
黄色は、もしかすると憐か、ミライ。そして、黒は、鬼殻。
白の意思は瑠美奈がずっと持っていた。瑠美奈の厄災を止めたいという気持ちを受けていた。それが苦に思ったこともあれば、受け入れてしまう日もある。
瑠美奈が考えている事を肯定する日もあれば否定する日もある。
「僕たちの事は気にしないでほしい」
「そんなことしたら、あなたたちをすくえない」
「元から救われるような生き方はしていない。生前、僕たちは確かに人だった。君のように、人間であったけれど……まともに生きていないんだよ」
白の意思は「欲深い人間の末路」だと言った。
「僕は本来は聖人君子なんかじゃない。宝玉の意思になるほどの欲深い人間だったんだよ。正直に言えば、君を利用して外に出たかった」
破壊されなければ、死ぬ事も出来ない。
だが破壊された後で本当にあの世に行けるかと言われたら分からないのだ。
虚無に消えてしまい、もう二度とこの世に現れないかもしれない。
そんな曖昧な推測の中で現実的に戻る事が出来る方法。
それは持ち主の意思を逆転させることだった。
儡が黒の宝玉に乗っ取られてしまった時のように、宝玉を支配しようして逆に支配される。その結果、力の重さで人間は朽ち果ててしまう。
白の意思も瑠美奈を支配して地上に出てみたかった。
瑠美奈は、自分よりも他人を優先する典型的な善人だった。
触れる事を躊躇するほどのか弱い少女。
しかし、瑠美奈は本当に強かったから白の意思は瑠美奈の意思を逆転する事に失敗した。
「君に感服しているんだよ、僕は。確かに黒の意思は僕の事が嫌いだろうね。うん、僕も彼は嫌いだ。だけどそれはきっと水と油のような関係。僕は君を見て、支配を引きさがった。彼は容赦無用で君のお兄さんの意思を乗っ取ろうとしていたね」
見事に支配されて身動きが取れなくなっていたが、後から鬼殻が研究所を裏切り、儡を唆す事に成功した。
「こういう話をした後に君に僕たちの事は気にするな。なんて言ってもきっと君は余計に僕たちの事を心配するんだろうね」
ならば何と言えば良いのか、白の意思は腕を組んでんーと唸る。
「もしも君が少しでも、自分を労わる気持ちがあるのなら現実に戻してあげる。そして、厄災でもミサイルでも止めて街を救えば良い。だけど、もしも君の言う言葉がその場限りの物ならば、僕は君を殺して鬼殻の策も打ち砕く」
瑠美奈が嘘を言った場合、嘘を司る黄色の宝玉の意思が白の意思に言うだろう。
「わたしは……」
「君の意思を僕はまだその口から聞いていない。誰も君がやりたいことを知らない。そろそろ、黙っているのも出来ない。時間は迫っているんだからね」
わからないなんて言えるわけがない。
自分を大切にする方法など知らない。知らないがやらなければ帰れない。
「わかった。がんばる」
そんな幼稚な言葉を信じるほど人は優しくはない。
瑠美奈の精一杯の言葉だ。
「今後は破らないでよ。僕たちの約束を」
白の意思の言葉を聞くと瑠美奈は眠気に襲われる。
歪む視界の先には、先ほどあって来た三人が見えた。
もう何も心配いらないと言いたげにこちらを見ている。