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第135話 ESCAPE

 シュアンを倒して此処から出て行きたいのに手を出すことが出来ない。

 ふらふらと根無し草のない事をデタラメに言う。


「瑠美奈。俺様と仲良しこよししてくれね?」

「ぜったいにいやだっ!」


 瑠美奈はシュアンを倒すことが出来ないのならと踵を返して出口を探した。

 しかし、どういうわけかシュアンは追っては来なかった。

 わからないことだらけで瑠美奈は混乱する。


 早く現実に帰り、ミサイルと厄災を対処して平和を取り戻すんだ。

 長い道を駆ける。気が付くと御代志村が消えて、草原が広がっていた。


 草原の中央では青年が寝転がっていた。

 心地良い風が吹く。


「……だれ?」


 シュアンのように尋ねると溜息をつかれた。


「まずは自分の名前を言うのが礼儀だって母親に教わらなかったのか?」

「あ、……瑠美奈」

「瑠美奈。なに?」

「え? 瑠美奈だけど」

「君たち人間には、苗字と名前があるものなんだろう?」

「……鬼頭瑠美奈」

「俺は、萌黄もえぎだ。よろしくな」


 身体を起こして萌黄と名乗った青年は言うが、瑠美奈は先ほどの言葉で追及した。


「みょうじは?」

「シュアンには会ったんだろ? 俺に苗字はないよ」

「そんなのずるいよ」


 それでは瑠美奈が苗字を名乗る必要などなかったはずだと抗議するときょとんとした顔をする。


「ずるい? 俺は別にあるものと聞いただけで、君に苗字があるかどうかなんて知らない。君がないのなら、無いとはっきりと言ってくれたら俺だって引き下がったさ」


 萌黄は、意地悪く言うわけではなく、至極全うな事を言っているかのように瑠美奈を見る。


「それで? 君、何をしに来たんだ?」


 この草原には萌黄しかいない。

 だが、瑠美奈は決して萌黄に用事が合って此処まで来たわけではないのは互いに知り得た事だ。


「……わからない。きがついたらここにいる」

「気がついたら? まるで自分の意思では来ていないと言い草だな。此処は意思がなければ来ることなんて叶わないんだが……」

「わからないものはわからないんだから、しかたない」


 表面上は優しい青年とは思う。

 しかし、直感的に関わってはいけないような気配を感じた。


「仕方ないか。……それで今まで生きて来たって言うなら君はまだ子供だな。見たまま、中身がどれだけ時間を過ごしていても、中身は成熟していない。言い訳を考えるだけ考えて、保身に走る。そこに殉教なんてないし、ましてや世界の為なんて嘯くんだろう。これじゃあ、君の為に死んでしまった海良が浮かばれないんじゃないか?」

「海良?」


 どうしてそこで海良が出て来るのか分からず瑠美奈は首を傾げる。

 海良の名前を出した時、萌黄はどこか悲し気な表情をした。


「海良はずっと外の世界を憧れていたんだ。多分、誰よりも外の世界に憧れを抱いていただろうな。だけど、結局誰にも外に連れて行ってもらえずに息絶えた」

「……」

「確かに海良は愛する人の腕の中で寝ることは出来た。けど、それじゃあ死ぬのは決定されてる。彼女の死が意味のないものにされるのは、ちょっとだけ気に喰わない」

「そんなこといわれても」

「君にとってはそうだ。何も間違っていない。俺が勝手に君を恨んでいるだけなんだからな」


 言われて瑠美奈は身構えた。

 欠伸をする萌黄は警戒する瑠美奈を見て少しだけ笑う。


「俺は、寝る事が好きなんだ。こうやって綺麗に整えられた芝生の上で寝転がって目を閉じる。そうすると風の音と草木の揺れる音が聞こえて心地良い。……けど、いつの間にか、その音も聞こえなくなった。どうしてだか、わかるか?」


 知るわけがないと瑠美奈は首を振った。


「音が途絶えたのは、海良が死んだ日。あんなに綺麗な音を奏でられる人だったのに、君の為に死んでしまったんだ」

「……また、海良。おしえてくれないとわからないよ。あなたはだれなの」

「少しは考えてみたらどうだ? 君を教育した親の顔が見てみたいよ」


 萌黄は一瞬のうちに瑠美奈に近づいた。

 好意的な笑みを浮かべている癖にその瞳は感情を宿していない。


「シュアンの奴は自分の正体を明かさなかった。なら、俺も君に正体を明かさない。もっともシュアンは、君に意地悪をしたいわけじゃないだろうけどな。俺は君に意地悪をする。何故なら俺は君の事が大嫌いだからだ」


 そう言われた瞬間、快晴だった空は曇り、突風が吹き荒れる。


「っ……」

「もう気が付いていると思うが、俺も君を此処から出す気はない。君が此処から出て行ったらまた誰かが怪我をするだろ? 最悪死ぬ事になる。君がいないだけで誰も死なないなら俺は君を引き留め続けるよ」


 萌黄は突風の中で瑠美奈をドンッと押した。

 尻もちをついた瑠美奈を見下ろすその瞳には、一切の気力が感じられない。

 瑠美奈を人とも思っていないような瞳に恐怖を抱く。


 座り込んでいる瑠美奈の首に茨の蔓が巻き付いた。


「ッ!?」


 驚いて解こうとしても棘が抵抗する手や首を傷つける。

 しかし、傷は自然と癒えた。此処が現実ではないからなのかと戸惑う。


「痛みは感じる。徐々に疲れていくのに怪我はしていない。奇妙な感覚だと俺も思うよ。だけど、それは海良の感じた苦しみよりは楽だ。少しだけ我慢してくれ」


 たびたび名前が挙がる海良とどう言う関係なのか。

 瑠美奈は困惑しながらも茨から脱する事に集中する。

 動けば動く程に茨は瑠美奈に絡みつく絞めつける。


「先に裏切ったのは、そっちだろう。俺たちは平凡を求めていた。それなのに君が勝手な事をしてその秩序を犯した。これは流石の俺も許せない、君は死ぬべきなんだ。このまま死んでくれれば海良もきっと報われる」

「……海良はそんなことぜったいにおもわない」

「理想的な偶像を生み出すのはやめてくれ。彼女はずっと一人で、……あの地下室が人生の全てだったんだ。君たちと違って他人との関わりすら閉ざされた。その孤独を君に理解出来るか?」


 足があればどんな手を使っても研究所の外に出られる。しかしながら、海良は後遺症の所為で生まれながらに足がない。仮に合っても腐ってしまう。

 外の全てが有害で海良の世界を狭くする。瑠美奈が鬼だから生きづらいなんて甘えだ。鬼ならば、その力で全てを退けてしまえば良い。

 海良はそれすら出来ないのだ。


「自由を得る君が嫌いだ」

「……っ」


 足掻いても茨は解けない。激しい痛み。

 棘が瑠美奈の肌を傷つける。血が滲めば完治して、また血が滲む。

 瑠美奈は強引に蔓を断ち切る。刺すような痛みを堪えて蔓をぶちぶちと音を立てて千切る。


「何かに囚われていた方が幸せだっただろ。どうして君たち人間はそうやって面倒事を背負い込もうとするんだ?」


 全く理解出来ないと萌黄は首を傾げる。


「きめたことはさいごまでやる。しんだっていい」

「死んだことがないから言える事だな。一度死んだら戻って来られないんだ。……君のように何でも出来るわけじゃない。人間は、海良は二度と戻ってこないんだ!」


 海良は死んだ。その事実は揺るがない。

 鬼殻が復活したとして、他が復活するわけじゃない。

 瑠美奈が求めていたのは、鬼殻であり海良ではないのだ。


 何よりも瑠美奈は海良の死にぎわすら見ていない。廬から与えられる情報でしか知り得ないのだ。本当に死んだかどうかも瑠美奈には判断しようがない。

 海良が死ねば、何も残らない。腐り果てて塵しか残さない。そんなものに命が宿っていたなど、誰が信じる。

 誰よりも外に憧れを抱いてモニターを眺めていた女性のことを誰か一人でも気にかけたことはあるのか。


 茨の拘束から解放された瑠美奈を茨の檻が閉じ込めた。


「死を軽んじている君が、世界を統制させようなんて馬鹿げている」


 茨は棘を鋭くしてまるで昔の拷問器具のようだった。


「先に友だちを見捨てたのは、君じゃないか」


 萌黄が手を振り下ろすと茨の棘は瑠美奈を四方八方から突き刺した。



 焦げた。

 ぱちぱちと言う何かが燃える音。瑠美奈の目の前で起こった発火。

 瑠美奈に突き刺さる前に棘の先が燃えたのだ。

 熱さは感じるが瑠美奈を焼き尽くす炎ではなかった。

 ただ茨を燃やすだけに炎は存在していた。


 炎々と燃える檻にぽかりと穴が空いた。

 瑠美奈はこれ以上萌黄を相手にしていられないと煙に紛れてその場を離れた。


 草原の炎は跡形もなく消えた。

 当然、煙もすぐに消えて瑠美奈が逃げ出すのは見えていた。

 背中を見つめる萌黄は追うこともせずに行先を見守る。


「一途だな。その想いが報われないと知っていながら……それでもなお、持ち主だった人の感情に左右されてしまう。俺も君も……本当に難儀な事だ」


 突風が静まり、また気持ちの良い風が萌黄の頬を撫でる。

 萌黄は寝転がり快晴を見つめた後、目を閉ざした。

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