第134話 ESCAPE
赤、青、黄色、緑、白を支配した瑠美奈。残るは二つ。
忌まわしき黒の宝玉、透明の宝玉を残し、今取り込んだ物も瑠美奈の力技で支配している状態だ。
鬼殻から差し出された透明の宝玉を手にした瞬間、瑠美奈の心臓は活動を停止した。
遠くで鬼殻と劉子が瑠美奈を呼ぶがその声に反応しようとしても身体が思うようには動かない。そう簡単にはいかなかった。
六つの宝玉を支配しようとした瑠美奈に下った罰。
――生きようとするなんて嘘つき。
――裏切りだ。
――代わってくれるって言ったのに……。
その声はかつて宝玉を支配していた者たちの嘆きの声。
宝玉の意思として閉じ込められる精神。解放されずに使われるだけ使われて、支配されては捨てられる。壊されることもない。壊れるほどの力を誰も扱えない。
――貴方だけだったのに。
――信じてたのに。
――どうして……裏切るの。
宝玉の中に留まる思念が瑠美奈を責め立てる。
「……」
その声に動じないままにふと瑠美奈は周囲を見回した。
そこは村だった。此処は、御代志町と名乗る前の村。
御代志村。父が滅ぼしたはずの村がある。
罪が生まれた場所。
瑠美奈は村を散策する。不思議な事で廃村と言うには、家々に洗濯物や野菜が干されている為、人の気配はあるのに、人の姿を見ない所為で不気味に思えた。
「こんなことしてるひまないのに」
早く目を覚まさなければ、筥宮が滅びてしまう。
「放っておきなよ」
「!? ……だれ」
振り返れば、やっと人がいた。だがその人は漂わせている雰囲気が普通ではなかった。
「どうせ、いつか滅びちまうんだ。そんな事よりさ。楽しもうぜ。歌を歌って、ゲームをして、踊って、男を口説いて、女を抱いて」
軽薄な考えのその人は、笑っていた。
瑠美奈はその人を知っていた。だが何処であったかは覚えていない。
その人の顔をはっきりとは見る事が出来なかった。
「だれ」
わからないのなら訊くしかないと瑠美奈は恥もなくもう一度、尋ねるとその人は「シュアン」と答えた。日本人ではないのかと首を傾げる。
だが日本人ではないからこそ、その軽薄そうな態度も納得がいった。
「シュアン、ここはどこ?」
「何処だって良いだろう? 俺とお前の二人きりなんだからさ」
二人きりの世界を楽しもうとシュアンは瑠美奈に手を差し伸べる。
まるでダンスを誘うかのような身の振り方をするシュアンに瑠美奈は流されてしまう。
その手を取ると自然と足が動いた。
「上手いじゃないか」
シュアンが褒めると嬉しくなり瑠美奈は「ありがとう」と感謝を口にする。
何処からともなく音楽が聞こえて来る。
こんな何もない村でシュアンと二人で踊る奇妙さに違和感を覚えないわけがないのに瑠美奈はシュアンに心を許してしまっていた。
「女は良いよな~。柔らかいし優しい。いい匂いもする。女に生まれて来なかったからこそ女を愛でる事が出来る。女も男として生まれて来なかったからこそ男を立てる事が出来る」
「……よくわからない」
今の状況も含めてシュアンの言っている意味がよくわからない。
ただこのままで良いと思わせるほどに心地良い声が耳に届き瑠美奈は堕ちて行く。
「このまま一緒に踊っていようぜ。もうお前を苦しめるものなんて何もないんだからよ」
全部忘れて溶けてしまえ。シュアンは怪し気に微笑んだ。
(もし、このままねちゃったら……どうなるのかな)
深淵の中で瑠美奈はもう目覚めることはないのだろう。
このまま眠れば、ミサイルの事、厄災の事、兄妹の事を気にせずに永久を迎える事が出来る。
シュアンの言う通り、苦しめる者からの解放が叶うのならこのまま身を委ねてしまっても誰も咎めないだろう。
「やだ」
「なんて?」
瑠美奈は、シュアンの胸を押して離れた。
シュアンはあり得ないと驚きの顔をする。
「ねない。ねたらみんなをたすけられない」
「助ける。……ちょっと待てよ。どーでもいい奴らを助けようって? 俺と踊るよりも、そいつらに構った方が良いって言うのかよ」
「あなたはきっといいひとなんだとおもう。だけど、いまはあなたとあそんでいるひまはない」
「遊び。俺が遊ばれたってわけ? この俺がお前に遊ばれていたって? あっはははっ! なかなかのプレイガールじゃん」
シュアンは瑠美奈に拒絶されて悲しかったのか目を伏せたがすぐに顔を上げて豪快に笑った。
「流石、小鬼ちゃん。少しだけ掛ったけどすぐに目が覚めたのか」
「……なに」
「改めて、俺はシュアン。この世全ては俺の物であり、俺の虜になるべき。そうだろう? 新しいのも古いのも、人が欲する欲望が俺を作り上げる。欲して欲して、欲望を曝け出していけ! その感情も俺の物なんだからな。そう弱音すらも俺の物」
最後の言葉に瑠美奈の心は動揺した。
――戦いたくない。傷つきたくない。もう責任を押し付けられるのは嫌だ。
――もう関わらないで欲しい。放っておいて欲しい。誰も相手にしたくない。
――お父さんに会いたい。お母さんに会いたい。
そんな弱音が溢れて来る。
違う。そんな事は思っていない。
「両親に会いたいんだろ? だけどもう何処にもいねえよな。会う為にはどうするか分かってるだろう? そう! お前には、この世の誰にも成し遂げることが出来なかったことが出来る。兄貴にそうしたようにな」
ひらりと柔らかく身体を動かして瑠美奈の背後に回って肩に手を置いた。
「厄災として両親をあの世から引っ張り出しちまえば良いのさ」
「っ!?」
弾かれるように瑠美奈はシュアンを睨みつける。
細い指が糸を手繰り寄せるような動きをする。
「だってそうだろう? 厄災は何も善悪が定められてるわけじゃあない。力の暴走。お前らがよく起こしている事だ。厄災だって同じなんだよ。お前たちと同じ。仲良くしようぜ? 地球だって独りぼっちは嫌だってよ」
厄災は、地球の力が暴走している結果だとシュアンは言う。
そんな話は聞いたことがないと言えば「そりゃあそうだ」となんて事ないように言う。
「地球に力があるなんて誰も考えないからな。お前らが特異能力を持っているのと同じく惑星だって生きてるんだ。持っていたっておかしくはねえだろう? そんな可哀想な地球ちゃんが、力を暴走させない為にどうしたら良いか。俺が教えてやるよ。欲望を曝け出して、思うままに願っちまえばいい。飯が欲しいなら、豪華なコース料理を。眠たいなら、陽の光を吸ったふかふかのベッドを。性を満たしたいなら、好みの女男を作り出しちまえばいい。思い通りに、誰にも逆らわせるな! この世の欲望はお前だけが叶えられる。そう思わないか?」
「……わからない」
「逃げるなよ。もう分かってるんだろ? なあ、兄貴を蘇らせちまったお前が無垢な少女を気取るなよ」
逃げることは許さない。
厄災の事なんて誰よりも知っているはずだとシュアンは決定的な事を口にした。
「何度も願っていたんだろ? 兄貴さえいたら、兄貴が生きていたらこの状況を打破出来たのにってな。だから、地球はご親切に地球上でも銀河系の先でもない。何処にも存在しない世界から兄貴の魂を引っ張り出した。だから、お前は兄貴と会うことが出来る。殺し合うことが出来る。便利に使い捨てて、殺しちまえば良い」
「ちがう」
「何も違わないぜ? お前ほど強欲な人間は俺様以外にいない。仲良くやろうぜ? このまま、何ごともなく。この寂れた村じゃあ味気無い。大都会の繁華街、夜もネオンが照らす街で酒を被って女を引っかけて抱き捨てちまおう。男を脅して金を集めりゃあいい。いや、金なんざ必要ないか。お前が手を伸ばせば何でも手に入るんだ。かぁーっ! いいねえ、そんな人生、俺も体験してみたいもんだぜ」