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第133話 ESCAPE

 瑠美奈と鬼殻が協力している姿を見ていられなかった憐は階段の踊り場でふてくされていた。儡は呆れた様子で「何をしているんだい?」と尋ねると憐は顔を上げた。


「お嬢は、兄貴が戻って嬉しそうだったんすけど……兄貴も嬉しいんすか?」

「嬉しいと思うよ、多分ね」

「……そうっすか」


 二人が嬉しいならそれでいいと憐は目を伏せた。

 それでいいなんて心から思っていることではない。すべてを水に流して心から思えるほど単純な話ではないのだ。


「別に僕たちが嬉しいからって君も同調する必要はない。君が嫌がっているからって僕たちは君を突き放したりしないよ。瑠美奈だってそれは分かってる。君が反対する事を分かっていて、ミサイルを引き受けたんだよ。そこには鬼殻への憎悪はない。憎悪を抱く暇がないほどに街の寿命が近づいている。君だって、ミライと会ったこの街が無くなるのは嫌だろう?」

「俺はっ……別に……」


 やせ我慢なのはすぐに分かった。次第に肩が震えて堪えていた涙が漏れた。


「……憐」

「こんな街、どうだって良い!! 俺はお嬢が生きていたらそれで良いんすよ!! お嬢が守ったからなんだって言うんすか! お嬢がいないと、意味がないのに……」


 目を押さえて涙を止めようとしても涙は流れて手を濡らした。


「どうして、なんでなんだッ。俺はただお嬢を救いたいだけなのに……どいつもこいつもお嬢を殺そうとする。お嬢じゃなくても良かったはずだ。鬼殻でも良かった、廬でも良かったはずなんだ。それなのにどうしてお嬢じゃなくちゃならないんだよ。誰でも良かったのに……」

「誰でも良いから瑠美奈が名乗りを上げた。それだけの事だよ」


 階段に腰かけて儡は言う。

 瑠美奈だって好きで死に近づいているわけじゃない。生き続けたいが誰かが犠牲になるのなら自分を犠牲にすると決めた。憐の反感を買っても、やると決めた。

 世界を救って厄災を終わらせようと決めたのだ。


「一度で良いから反対しないで受け入れてみたら? 勿論、それは瑠美奈が死ぬ事じゃない。瑠美奈が成功する方を信じてみたら良いんじゃないかな? そして、失敗したら僕を叱ればいいよ。僕もそれを甘んじて受ける」

「俺が旦那を叱るわけがないっすよ」

「そう。君は僕を叱らない。つまりそれは瑠美奈は失敗しないと言うのと同義だ」

「そんな無茶苦茶な」


 儡らしからぬ理論に憐は苦笑いをする。

 瑠美奈は、守らなければならないほど弱いわけではない。寧ろ男よりも男気がある人物だ。

 憐が「お嬢、お嬢」と連呼しているだけで、憐自身だって瑠美奈をか弱い少女だと思ってるわけではない。

 か弱ければ此処まで来ていないだろう。心の強さに惚れ込んだからこそ憐は瑠美奈を「お嬢」と慕う。瑠美奈の食事になる予定だった狐が此処まで強くなれたのもそんな強い瑠美奈を守りたいが一心だった。


 強いと分かっていた。だが、強い存在は誰に守ってもらうのか。ずっと考えていた。

 誰も瑠美奈を守ってくれないのなら憐が守るしかないのではないのかと……そんな浅はかな考えで憐は一度も瑠美奈の考えを肯定していないとなっては少しだけ恥じた。


「兄貴なんて関係ない! 俺はお嬢と旦那を信じてるんすから」


 踏ん切りと言うには少し違うが、瑠美奈は失敗しない事に信じる。


(これで瑠美奈が死んでしまったら、酷く後悔するんだろうな。まあ、そんな事は絶対にないけどさ)


 儡も瑠美奈を信じている。瑠美奈なら成功する。




 病院にて。

 劉子は病院に戻って来ていた。

 佐那には会わずに東の病棟に飛んだ。その先にあるのは、景光の亡骸。


 劉子は景光を瑠美奈に喰わせようとしていた。


「本当に喰わせちゃって良いのかにゃ?」


 景光を抱き上げると突如聞こえて来た声に劉子は「猫さん」とその名を呼んだ。


「B型の贄になるにゃんて、ソイツは受け入れるかにゃ?」

「景光さんはもう死んでるです。このまま遺体を放置したら後が面倒です」

「あと? 政府がどうにかするのにかにゃあ?」


 姿の見えない猫はきっとニタニタと皮肉な笑みを浮かべているだろう。

 同じA型だとしても、劉子は猫とは相容れないと思っていた。これほど皮肉を込めて言葉を言う癖にその言葉に深い意味などない。ただ誰かを茶化したいだけだと知っている。


 景光の遺体を持ち上げる劉子に猫は笑っていた。


「相棒を後輩に喰われる気分はどうかにゃあ?」

「気分で片付けられるほど簡単ではないです」

「ふふ~ん。本当? オレからしてみれば、わざわざあの鬼っ子に喰わせちまうのは惜しいと思うけどにゃあ。この街だってオマエがその気になれば簡単に脱出できんでにゃーい?」

「皆でこの街を出るです。そして、皆で平和に過ごすです」

「平和ね~。まっ! オレには無縁の話だにゃあ~。鬼っ子がこの街を守ってくれるならオレも無事にお昼寝ができるにゃあ~」


 間延びした口調は、今の危機的状況を理解していないのかという程に穏やかだった。

 遺体を落ちないように抱えて劉子は再び外に飛び出していく。猫はその様子を眺めて鼻歌をしながら気配を消した。




 劉子は、遺体を運ぶ。瑠美奈の喰わせて力をつけてもらう。

 ビルに戻って来るとまだ瑠美奈は宝玉を対峙していた。鬼殻が劉子が戻って来るのを見るとその手にあるモノを見て察した。


「よろしいのですか?」

「です。もし怒られてもあの世です」

「貴方がそう言うのならいいでしょう」


 鬼殻は遺体を食べやすいように遺体に触れて形を変えた。

 人の形を失い丸い肉の塊となる。


「こんなものでしょうか」


 同胞に力を使う事に躊躇いを感じていない鬼殻に劉子は内心信用ならないと思っていた。

 鬼殻が景光だった肉の塊を瑠美奈に持っていく。

 吐血して瑠美奈の周囲は血の海となっている。


「さあ、瑠美奈。劉子さんが持ってきてくれたエネルギー源です。食べてください」


 鬼殻が言うと瑠美奈は反射的に差し出されたものを口にした。

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