第132話 ESCAPE
「お嬢!!」
憐が一足先に屋上に到着した。無傷の瑠美奈を見て、安堵したのも束の間、鬼殻も無傷である事に気が付いて突っ込もうとしたが「まって!」と瑠美奈が止める。
しかし、突き出した手は止まらない。
空を飛んでいた劉子が何とか憐の腹を持って止めた。
その僅か数秒遅れていたら鬼殻の顔面に憐の拳が命中していた事だろう。
鬼殻も流石に突然で瑠美奈と話していた所為もあり宝玉を発動出来ずにいた。劉子が間に合わなかったら間違いなく命中していただろうと冷や汗を掻いた。
遅れてやって来た儡は、当然階段を使ってぜぇはぁと疲れていた。
憐が「旦那っ!?」と忘れていたように近づく。後遺症の所為で幻覚でしか支える事が出来ない不甲斐なさに気持ちを引っ張られながら鬼殻を警戒する。
「はあ……本当に僕も便利な特異能力が欲しかったよ」
なんて言いながら瑠美奈と鬼殻を見る儡はその様子に目を疑った。
戸惑っている儡に鬼殻はふふっと笑いながら「気が付きましたか」と呟いた。
「流石、人の心を覗き見る子ですね」
「……その開き直りは何なのかな」
「利害の一致。いえ、妥協案という事でしょうか。いま、此処で争っても政府が厄災を潰そうとしているので、それを先に対処してしまおうと言う魂胆です」
「その後はどうするつもりなのかな?」
「それはその時に考えますよ。貴方だって意味もなくこの街を滅ぼされたくはないでしょう? いえ、この街だけではない。この街にいる瑠美奈を失いたくはないでしょう?」
嫌な言い方だ。ミサイルを処理しなければ瑠美奈が死んでしまう。
儡は不機嫌な顔をして「瑠美奈」と呼ぶ。
「うん。きょうりょくする」
「……協力って言ったって何をしろって」
憐は話が見えないと困った顔をすると鬼殻が言った。
「黒以外の宝玉を瑠美奈に適合させてください。そうする事で、瑠美奈はこの世の中で最強の鬼となる事が出来るでしょう。全てを支配する事で、ミサイルを直撃しても簡単には死なないのではないでしょうか」
「っ!? てめえ、お嬢をミサイルの的にしようって言うんすか!」
「最後まで聞きなさい。全く、昔の方がまだ聞きわけが良かったのですが……成長ですかね」
鬼殻は憐の短気さにうんざりしていた。
「宝玉の力を使い。瑠美奈にはミサイルの進行方向を変更してもらうのです」
「変更?」
「ええ、流石に筥宮以外の都市に住む人々に避難指示は出ていないでしょう。私だって旧人類を滅ぼす気はありません。好ましいとも思っていませんが。ともかく、専門家でもない我々にとってミサイルの種類など分かるわけがない。ならば、もう上空に打ち上げるしかないでしょう」
「成功率は?」
「まず瑠美奈が、無事に宝玉を支配出来る確率が、8%です。そして瑠美奈が滞りなくミサイルを目視して打ち上げる事が出来るのが12%ですね」
「宝玉を支配するだけでお嬢の身体は持たないじゃないっすか!」
やはり鬼殻は瑠美奈を殺すつもりなのだと憐は唸る。
「瑠美奈、君は良いのかい? 死ぬかもしれない大仕事だけど」
「やる。このまちはけさせない」
決意は揺るがないようで儡は肩をすくめて憐に「宝玉を出して」と命じた。
「旦那! 冗談じゃないっすよ! これでお嬢が死んだら」
「もしも瑠美奈が死んだら、そこの大きな鬼にミサイルの的になってもらうさ」
瑠美奈にそんな大役を任せたくない。
「わたしだけじゃない。劉子だってあぶない」
「んぁ?」
睡魔で寝ぼけていた劉子が名前を呼ばれて間抜けな声が漏れる。
「劉子には、わたしをじょうくうにはこんでもらうやくわりがありから」
「私、吸血鬼だからですね~です」
眠気を払う為に頭を振る劉子。
「大丈夫です。瑠美奈さんを連れて行くだけなら燃えたりしないです」
吸血鬼だからこそ、陽の光で力が弱まってしまうのではないのかと危惧していた。
ミサイルを見つけるだけなら問題はないと劉子はぐっと親指を立てた。
瑠美奈のようにミサイルの方向を一時的に変えることは出来ない。だが瑠美奈を持って空高く飛ぶことは出来る。
「時間がないよ。憐、宝玉を」
「……」
憐は自身の分身を生み出して黄色の宝玉を瑠美奈に差し出した。
分身はもの言いたげな顔をしている。
「だいじょうぶ。しんぱいいらないよ」
「! ……ッ」
瑠美奈が黄色の宝玉を受け取ると分身は姿を消した。
本体である憐も姿を消していた。協力が出来ないと思ったから距離を取った。
瑠美奈が死んでしまうかもしれない。鬼殻が騙しているかもしれない。
何よりも――またかつての光景がそこに合ったのを憐は受け入れられなかった。
間違っていない。憐の抱く感情も、瑠美奈が持つ思考も間違いじゃないと儡は目を伏せた。
「全く、憐は……君たちはそのまま続けていて、戻らなかったら始めちゃって構わないよ」
見兼ねた儡は、瑠美奈たちにミサイルの件を任せて階段を降りた。
ぱたりと屋上の扉が閉じられるのを一瞥して瑠美奈は手元にある宝玉を見つめた。
黄色の宝玉は嘘偽りで出来ている。まがい物だが、そのまがい物が誰かを守る事もある。偽物だからと卑下する必要などないのだ。
瑠美奈は黄色の宝玉を受け入れる。
そして、すぐに黄色の宝玉が瑠美奈を拒絶する。胸を押さえて蹲る。
何もかも滅茶苦茶にされてしまう激痛に瑠美奈は何とか堪える。
「瑠美奈さん」
心配そうに劉子が名前を呼ぶ。外側からは何もしてやれない。
宝玉を与えられた者の末路をいやと言う程に見て来た。
身体から血を噴き出して倒れる。四肢が切り刻まれてしまったような錯覚。
精神が崩壊して自分自身を忘れてしまう。記憶を失って焦燥感に苛まれて自殺。
死に方は様々で内側だろうと外側だろうと宝玉の力を封じ込める為に抗って殺される。
青の宝玉で傷を癒したと言うのにまた傷が増える。
「やはり、鬼として本領が発揮されていないのでしょうね」
「本領です?」
「瑠美奈は本来、人間を食べなければ傷は癒えない。しかし今は青の宝玉によって傷を完治させてしまった。食事をする事で力が湧いて来る典型的な鬼。それなのに宝玉で傷を癒して、食事していないのに、新たに宝玉を取り込もうとしているのですから、自殺行為であることに間違いないですね。生憎と此処には今、瑠美奈が食しても問題ない肉は存在しないので彼女はあのまま宝玉を支配するしかない」
「……だから、8%って言ったです?」
「ええ、そうですよ」
劉子は瑠美奈を見る。今にも死んでしまいそうで劉子は心配でしかたなかった。
「瑠美奈さん! もう少しだけ頑張ってるです!」
翼を羽ばたかせてどこかへ飛び去って行く。