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第131話 ESCAPE

 現在。

 紆余曲折があり、劉子は憐を救出したが、その際にミライが消滅したところを目撃した。一度は死んでしまったのかと勘違いしたが、本来の世界に戻った事を憐は目を伏せて言った。

 憐の目元が赤い事を誰も追及しなかった。憐が初めて異世界人であっても旧生物に気を向けたのだ。それを茶化す者はこの場には誰もいない。

 本当は憐がヘマをしなければ、もっと一緒に居られたかもしれない。暴走していなければ、世界が呆れてミライを連れて行くこともなかった。もう少しだけ、この世界に留まる事も出来たかもしれない。

 後悔は後にも先にも報われない。それでも憐が誰かの為に感傷的になるのは本当に珍しくて見ていた儡は、場違いにも良かったと安堵していた。


「死んでいないんだ。もしかしたらまたミライに会えるかもしれないだろ。彼女は魔術師だ。俺たちにはない技術を持ってる」


 励ましになっていないかもしれない。

 ミライはまた遊ぼうと言ったのだ。

 だから、きっとまた会える。


「次に会う日まで、この世界がもっとまともな世界だったら良いんすけどね」

「その為には、今の状況をどうにかしないとね」

「です」


 ミサイルを止める時間はもうないかもしれない。けれど、厄災を止める時間はまだ残されている。


 廬は歩けない為、儡たちに瑠美奈と鬼殻を任せる。

 劉子の手助けで楽な体勢で居られる場所で待っている。


「大人しくしてるんすよ」


 憐もすぐには元気になることはないが、今は守る者の為に顔を上げた。

 三人は瑠美奈と鬼殻がいるであろうビルの屋上を目指した。



 一方で鬼殻を助けてしまった瑠美奈はどうしようかと頭の中で様々な事が巡っていた。


 崩れかけた屋上。端に行けば行くほど、崩落を促していた。

 暫くは崩れない中央でへたり込む瑠美奈と片足を立てて座っている鬼殻。

 互いに疲れたのだ。今ならば殺せる絶好のチャンスだと言うのに身体が言う事をきかない。

 宝玉を利用してこれほど膨大なエネルギーを操作するなどあり得ない。常人ならば身体の方が限界を超えて跡形もなく爆散している事だろう。


「いよいよ私たちは普通の人間ではないのだと突き付けられますね。これだけの激闘をしても五体満足なのですから」

「……」


 鬼殻は自身の美しさなど二の次に鬱陶しいと前髪をかき上げた。

 乱れた髪を直すこともなく目を伏せていた。


「残念ながら、私は貴方を殺す力をもう残していません。私を殺すのなら今ですよ」

「わたしも……もうむり」


 殺したい気持ちはあれど、もう動けない。


「かえって、ねたい」


 疲れたから帰りたい。ホテルでも、研究所でも、廬の家でも……瑠美奈の友だちがいる。家族がいる場所に帰り眠りたい。

 当然のように明日が来て欲しい。何もない日々に戻りたい。


 瑠美奈の言葉に鬼殻は何も言わなかった。言う権利などないからだ。

 瑠美奈の日常を、何もない日々を奪ったのは他でもない鬼殻自身なのだから。


「どうやったら……やくさいはきえてくれるの。どうやったらせかいはへいわになる? わたしは、しなないですむ?」


 先人の知恵を得たいのか、瑠美奈は鬼殻に尋ねる。

 そんなの鬼殻が一番知りたい事だ。


「私が知りたいですよ」


 そう心の内だけにとどめようとしたが、ついて出てしまった。

 もう隠す必要もないと鬼殻は顔を上げて瑠美奈を見る。


「宝玉を七つ全て破壊したとしても人間は罪を犯す生き物です。大なり小なり存在するもの。罪が集まり生み出される宝玉が厄災を呼び寄せる。人智の超えたエネルギーの集合体はいつか我々の住むこの惑星を破壊するまでに至るでしょう。仮に厄災が二度と出現しないとします。厄災の為だけに生み出された新人類たる我々はどうなると思います?」

「……しずかにくらす?」

「理想的回答をどうも。答えは、戦争に出されて抹殺対象となる。当然でしょう? 旧人類は優れている者を迫害する生き物なのです。特異能力を保有する私たちは、旧人類からしたら、いつ侵略してくるか分からない化物。新人類狩りが始まり、周囲は疑心暗鬼を生むでしょう。私たちは結局のところ、旧人類の都合だけに生まれて来たのです。旧人類が必要な時に生まれ、不必要になれば殺される」


 恐れている。どれだけ愛されていても、結局旧人類にはない力を持っている事で殺される。抗っても相手はそれ以上の力を以て制圧してくるだろう。


「だから……さきのばしにするの? やくさいをくるわせるの?」


 新人類を殺させない為に、瑠美奈を宝玉の意思にしないように鬼殻は孤軍奮闘していた。


「どうしていってくれなかったの?」

「言ったところで貴方は理解しないでしょう?」


 父を殺した男の言葉など聞くわけがないだろう。


「父も賛同してくれていましたよ」

「えっ……」

「……あの人は分かっていたのですよ。私がしようとしている事を、この先を憂いた行いに目を瞑ってくださいました」


 鬼殻が瑠美奈の身に起こる事を受け入れらないと気が付いた。

 瑠美奈は動じない子供だ。後遺症が発症しないのは、感情制御が上手い所為だった。瑠美奈に過剰なストレスを与える事できっと瑠美奈は新生物としての不完全な部分が現れるはずだ。

 その為にはどうするか。何をしたって瑠美奈は「しかたなかった」と受け入れてしまう。

 ならばもう、父親を殺すしかなかった。殺したふりでも良かったが、その時には既に鬼殻の中では、厄災を停める事しか頭になかった。

 A型0号の特異能力によって頭の中の計算式をデタラメに書き換えられてしまい父親を殺す結末へと流れてしまった。


「廬君の言う通りなのですよ。こんな世界と憂うくらいならば、私が宝玉を支配してしまえば良かった。全てを集めて手にする事だって容易だったはずです。それなのに、私は貴方を殺そうと躍起になってしまった。殺したいと言うよりは、このまま残したくなかったのですよ。宝玉を破壊出来ずに死んでしまえば、貴方は宝玉の意思となりこの世を未来永劫彷徨い続ける事になる。そんなの受け入れられるわけがない。……それなのにこの有り様ですか。一体何がしたかったのでしょうね、私は」


 鬼殻は妹を救えなかった事に目を伏せた。


 瑠美奈は身体を何とか動かして鬼殻に近づいた。俯いていた鬼殻は気が付くのが遅く顔を上げると瑠美奈が間近にいる事に驚いた。

 声を上げようとする前に瑠美奈は鬼殻を抱きしめていた。

 頭を抱きしめるように、後頭部を撫でる。


「っ!? なにをしているのですか」

「ありがとう」

「え?」


 ぼそりと呟いた瑠美奈の声に鬼殻は咄嗟に訊き返した。

 別に聞こえていなかったわけじゃない。しっかりと聞こえた感謝の言葉だ。

 瑠美奈は聞こえなかったのだろうと思ったようで「ありがとう」と再度言った。


「なんで……咎められることはあれど、感謝されるようなことは何一つしていないでしょう?」

「わたしのためにがんばってくれたよ」


 一度は捨てようと思った兄の存在は、捨てきれず、鬼殻を嫌っていても兄は嫌いじゃない。大好きなのだ。たった一人の家族を捨てきれなかった。

 捉え方次第では鬼殻は瑠美奈を殺すことしか考えていないろくでなしだ。感謝されるようなことは何もしてない。

 父を殺している時点で感謝の文字など出て来るわけがないのだ。


 瑠美奈は青の宝玉で互いの傷を癒した。


「お人好しを通り越して愚か者ですね。貴方は」

「それがわたしのちょうしょだから」


 短所の間違いではないのかと思いながら鬼殻は立ち上がる。

 瑠美奈も怪我は完全に消えている為、少し離れて服の土を払う。


「これからどうするつもりですか?」

「……どうしよう」

「政府がミサイルを発射するのも時間の問題ですね。生憎この厄災の領域内では時間の概念が無秩序になっています。気が付いているとは思いますがね」


 もう一時間もないかもしれない。ミサイルがこちらに向かっているかもしれない。

 かもしれないなんて曖昧じゃない。確実に向かっている。


「貴方がもう少しだけ頑張る事が出来るなら、忌々しい穢れた球体がこの街を救うかもしれませんよ」

「……? どういうこと」


 言っている意味が分からないと瑠美奈は首を傾げた。

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