表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/227

第130話 ESCAPE

 劉子が憐を受け止めた。吸血鬼の翼が羽ばたいている。


「あんた、なんで」

「佐那さんに行けって言われて、儡さんに向えって言われて、廬さんに受け止めろって言われたです」


 劉子が地上を見る。倣うように憐も見ると儡がアンチシンギュラリティを持っていた。

 アンチシンギュラリティで憐を撃って暴走を強制的に止めたのだ。


「寝起き急いで大変だったです」




 少し前、筥宮研究所にて。

 儡はアンチシンギュラリティを組み立てる事に成功した。

 しかし、時間を確認する事は出来ず、今から儡の身体能力的に研究所から地上に上がるのは無理だった。


「完成したけど……もう無理じゃないか」


 間に合わない。どれだけ時間をかけたのか分からないが、三十分で完成なんてしていないのは明白で、一時間以上時間を有している。


 喪失感に苛まれた。瑠美奈を救えない。憐を救えない。

 厄災を止める事が出来ない。アンチシンギュラリティが正常に作用するかもわからない。


「いや、こんな事じゃダメだよね」


 間に合わなくても構わない。足を止める事こそが時間の無駄だと自分を奮い立たせる。

 儡は形而上の生物たちにお礼を言って地上に向かった。隠し通路の扉を抜けて梯子を登って階段を駆け上がる。

 頭の中では絶対に無理だ。間に合わないと嫌な言葉が浮かび上がる。

 地上についた途端、ミサイルが飛んでくるかもしれない。厄災が起こっているかもしれない。


 死にたくない。消えたくない。そんな臆病な心が足を重たくする。

 この気持ちが嘘偽りであると儡は足を前に突きだす。本当はまだ行けるんだ。作られた。刷り込まれた感情なんかに惑わされるものかと、あと一歩、もう少しだけ。そう思い続けるが、思考が巡る中で注意散漫になり階段を踏み外した。

 階段から転がり落ち振り出しに戻される。


「ッ……」


 顔が、腕が、足が。

 身体全体を階段にぶつかり起き上がる事すら億劫に感じてしまう。

 もう立ち上がりたくないと思いながらも何とか痛む身体を起き上がらせる。

 呼吸が乱れる。アンチシンギュラリティが壊れてしまっているかもしれないのに地上に向かおうとする。


「瑠美奈」


 愛する少女の為に階段を上がらなければならない。

 それは彼女の為であり自分の為だ。一緒に生きていきたいと思った少女。

 黒の宝玉に支配されてしまった儡を助けようとしてくれた。

 瑠美奈を傷つけてしまう結果になった。そんな事は望んでいない。

 何も感じていない事を知らなければ良かったと後悔した。

 そう思いながら、どうして瑠美奈を突き放すことが出来なかったのか。

 恋心は本物だったのだろう。いや、恋心だけじゃない。今感じていることすべてが本物だ。これら全てが儡を作り出す糧になっていた。


 足を前に出す。手すりを強く掴んで身体を引っ張る。


「憐」


 臆病だった狐の少年。事あるごとに泣き出して手が付けられない。

 それでも小鳥のように後ろをついて来る。

 一緒に歩けない事を悲しそうにしていた。

 彼の存在が自分たちを励ましてくれている事に気が付かない。

 いつか戦争に出されてしまう恐怖を和らげてくれたのは他でもない憐だ。

 自分たちが彼を守らなければと思っていたのに、気がついたら強く逞しい青年になっている。

 儡の親友はいつだって正しい。間違っていた儡を正してくれた。

 嫌いな旧生物と協力してまで儡をこちら側に引き戻してくれた。


 一歩一歩確実に階段に足を乗せる。もう落ちないように、もう戻されないように。


「役に立たない僕だけど、君たちと一緒にいたいんだ」


 新生物は、結局のところ実力が全て。厄災を諦めていた研究者たちもいた。

 憐のように化かすことも出来なければ、瑠美奈のように鬼化して全てを破壊することも出来ない。そんな儡は戦争に出したって役に立たない。処分されてしまうのも時間の問題だった。

 弱音なんて吐いてやるものか。その気持ちが嘘偽りならばかなぐり捨てて抱きたい感情を口にする。


 地上で頑張っている二人を放置して諦めるなんて出来るわけがない。


「本当に嫌になる」


 廬が脳裏によぎる。あの男ならどんなことが合っても諦めない。

 自分自身が消えてしまうかもしれない。自分が偽物だと気が付いて死んでしまうかもしれない危機的状況でも動いている。踏ん切りがついたわけでもない。

 踏ん切りなんてついてみろ、廬は自殺して終わる。


「お前にだけは……負けたくない」


 頭を振って儡は地上を目指す。



 それから暫くして儡の足に限界が来た。酷く震えていた。

 もう走れない、歩けない、動けない。どれだけ愛する人たちの名前を口にして気持ちを昂らせても、それは結局偽物だ。まやかしだ。


「くそっ……ふざけないでよっ」

「そんなに激情しているなんて珍しいです」

「っ!?」


 窓がないこの場所で儡の髪が揺れた。その声に顔を上げると黒い翼を羽ばたかせる劉子が下りて来ていた。


「迎えに来たです。儡さん」

「君は、病院にいたんじゃ?」

「そうだったんですけど、流石に鬼殻さんだけなら、瑠美奈さんと相手しているだろうという事です。何かお役に立てることがあれば、良いなと匂いを追いかけて来たです」


 重要な事がない限り目覚める事がないと思っていたが、佐那が強引に叩き起こしたらしい。


(まさか、彼女に救われるなんて……)


「申し訳ないけど、これを廬君に渡してくれないかい?」


 アンチシンギュラリティを劉子に渡そうとするが劉子は「儡さんを運んだ方が早いです」と言って儡を持ち上げた。

「わっ」と声を出すが劉子はその反応を無視して階段を強く踏み跳び上がった。

 儡が走っていた速度など比にならないほどの速さで地上に近づいて行く。


 一分もしないで地上についてしまう。唖然としながら、何とか言葉を絞り出す。


「廬君がいる方に向かって」

「です」


 儡を抱えたまま劉子は廬を探す。研究所のビルから少し離れた場所に両足を液状化させた廬が座り込んでいた。

 羽ばたく音で劉子たちが近づいて来る事に気が付いた廬は「儡、完成したのか」と尋ねる。


「完成かはわからないよ。ただ、形而上の生物たちが協力してくれたお陰で何とか形にはなったかな」


 マニュアル通りに組み立てることは出来たが、機能するかは別問題だ。

 儡は、今どう言う状況なのか尋ねる。


 気絶していた瑠美奈の代わりに憐が鬼殻と戦っていたが黒の宝玉の力で憐が暴走してしまった。意識を取り戻した瑠美奈が何とか暴走を止めようとしている。

 廬は、憐が正気に戻るまでか儡が来るまでの鬼殻の足止めをしていたが、逆鱗に触れてしまい見事に両足を使えなくなった。その結果、鬼殻は瑠美奈の所に向かってしまった。


「……無能かな? 足止めになっていないんだけど」


 自分を嘲る廬に「はあ」と溜息を吐いた儡は、アンチシンギュラリティのトリガーに指を引っかけてクルリと弄ぶ。


「誰に撃てばいい?」


 暴走する憐を説得しようとしているミライ。

 鬼殻と二人きりで黒い悪夢の渦に閉じ込められてしまった瑠美奈。


 その二組を交互に見る。


「すぐに撃つことは出来るのか?」

「出来ると思うよ。多分ね」


 アンチシンギュラリティの性能的に言えば、連射は不可能じゃない。

 光を凝縮させて放出する。予想だがその光を新生物に放射した際に拒絶反応を起こすエネルギー物質に変換しているのだろう。


「あの黒いの撃った後、憐を撃て」

「……憐を先に撃たない理由は?」


 儡は撃つ準備をしながら尋ねる。


「鬼殻と瑠美奈を二人きりにしていられるか?」

「いられないね」


 憐には少し我慢してもらおうと儡は銃口を瑠美奈と鬼殻が閉じ込められているであろう黒い渦に向けた。


「瑠美奈、これで怪我をしたら僕の腕をあげるからね」

「それはちょっとキモいです」


 劉子が突っ込むのを聞こえないふりをして儡は黒い渦に向かって引き金を引いた。

 放たれた閃光は球体に直撃する。鬼殻と瑠美奈が遠くに見える。


「次だね」

「劉子、儡が撃ったら憐を受け止めてくれ」

「です」


 特異能力が使えなくなる以上、憐は地面に叩きつけられてしまう。劉子が飛べるのなら憐を受け止める事が出来る。


 劉子が憐の暴走が収まったのを見計らい飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ