第125話 ESCAPE
一方で憐を正気に戻そうとしている瑠美奈は、憐の特異能力に圧されていた。
「……憐っ!」
見えてない所為で憐は正気を失っている。暴れるだけ暴れて見えてしまう存在を消し去ろうとする。
このまま憐が瑠美奈を傷つけてしまえば、憐は自分を許せずに死んでしまう。ミライのサポートを受けながら炎を受けずに近づく。
「大切な人を傷つけてしまう程、気が狂うって馬鹿じゃないの」
「それでも、憐はがんばってるんだよ」
何を頑張っていると言うのか。
暴走している時点で諦めても良いだろうとミライは魔術に集中する。
炎を消しながら、消しきれなかったものが建物を燃やす。
ミサイルよりも先に憐が筥宮を滅ぼしてしまうのではないのかと疑う。
瑠美奈は憐に手を伸ばす。
近くに来ると憐のぼそぼそっとした声が聞こえて来た。
「俺は弱くない。俺は……俺は泣き虫じゃない」
「憐」
「俺は、俺は……やめろ俺はそんな奴じゃない」
「憐っ!? めをさませ!」
憐の頬を叩く。
憐はその衝撃に驚き瞬きをする。だが視力は戻らない。
目の前に瑠美奈がいることは理解出来ているようで「お嬢」とか細い声が聞こえるがすぐに幻影が声を発する。
『瑠美奈ちゃんっ』
「黙れっ!」
自分が嫌いだ。弱っちい存在だった憐は、瑠美奈たちに助けられてばかりで泣き虫な子ぎつねの所為で指をさされて笑われる。
高い所に居ればすぐに見つけられて笑う。地上に近づいたら燃えてしまうかもしれない。死にたくないが、目立ちたくない。
守られたくない。守りたい。瑠美奈と儡を守りたい。
二人を守って、二人の笑顔を繋げていきたい。二人が生涯一緒に居られて幸せであってほしい。それ以外何も望まない。その為には強くなくてはならない。
弱い狐など足手まといで置いて行かれる。置いて行かれない為に憐は強くなるしかないのだ。だから、強引に自分を偽った。
嘘が嫌いだと言うのに、今日まで嘘をつき続けた。
「っ……憐」
「やだ」
瑠美奈は憐に突き飛ばされる。幻影だと錯覚したのだろう。
暗闇に支配された瞳には涙が滲んでいた。
「お前が俺だって言うなら、俺は……二人に置いて行かれる」
弱い所為で前線で指揮を執る儡に置いて行かれる。
弱い所為で宝玉を支配出来る瑠美奈に呆れられる。
二人に捨てられる。捨てられたくない。置いて行かれたくない。
「憐っ! 憐は憐だよっ! ぜったいにおいていったりしない。わたしたちには憐がひつようなの!」
「もう黙ってくれ。俺はもう何も……」
聞きたくない。
耳を塞いだ。聞こえて来る声を拒絶しても頭に響いて来る。
憐が持つ宝玉が暴走を促す。瑠美奈はその力の圧に押されてミライの足場から落ちる。
落下する瑠美奈はそれでも憐に手を伸ばしたが憐は頭を抱えて力に飲まれていった。
「あんた、脳漿をアスファルトにぶちまけたいわけ!?」
ミライが浮遊魔術で瑠美奈を受け止める。
「憐が」
「今は状況が最悪なのは、あんたがよくわかっているじゃない」
状況把握をして憐に挑むしかないとミライは憐の力が及ばない場所に避難する。
瑠美奈を憐と一緒に力の渦に飲み込ませるわけにはいかない。
「憐が自分の闇を克服しない限り、あのまま……宝玉も憐の特性を理解している所為で力が増幅状態にあるわね。外部からの干渉は、闇を刺激するだけ」
「ほうっておけっていうの!」
「そうは言ってないわよ。ただ、チャンスを待つの。無駄な戦いほど死期を早めるものはない」
長生きの秘訣だとミライは言うが瑠美奈は悔しそうに俯いた。
確かに無計画で叫び散らし我に返るようなら宝玉などその程度で脅威でもない。
憐が暴走している事で、周囲で起こる危険性は分からない。
憐の力は、制御しているから安全であれど暴走状態ならば、何が起こるのか分からないのだ。それこそ筥宮の地形を作り変えてしまう可能性がある。
万物をも化かす狐。他者の感情を知らずに洗脳出来てしまう。
その人が見たいものを、その人が恐怖するものを見せる。
思い通りに動かすことが出来る憐の力は、儡も一目置いていた。
瑠美奈たちが物陰で憐を心配して見ていると視界が歪んだ。
憐の力が影響を及ぼしている。
「ミライ?」
一緒に居る事で影響は同じだと思っていたがミライの姿がない。ミライまで隠されてしまった。
もしかすると憐の力が黒の宝玉によって操作された可能性がある。
ミライを探そうにも、どうも身体が重たい。鬼化している瑠美奈を押さえつける何か。
流石憐の特異能力だと称賛せざるを得ない。どれだけ脅威的な新生物と言えど憐の力の前には及ばない。化かされているのだ。思考が滅茶苦茶にされている。
「でぐち……。ないか」
憐の特異能力は憐が支配しているだけで掛けられている相手に解く方法はない。
特異能力を受けてしまえば最後だ。どれだけ強力な特異能力を所有しているモノだとしても抜け出すことは出来ない。
本来なら憐がその闇を克服するまで待っているが流石に筥宮の存亡がかかっている。厄災だって憐を待っていられるほど利口でもないだろう。
強引にでも憐に正気に戻ってもらう必要がある。
「詰みましたね」
「!?」
瑠美奈の思考を読むかのように鬼殻の声がした。
廬が相手にしているはずだがどうして此処にいるのか。
「……げんかく」
それは憐が瑠美奈に見せているもの。憐と言うよりは黒の宝玉の意思だろう。
憐が悪夢に囚われている為、力の制御が出来ていないとなれば、似た力である憐の特異能力を宝玉が操作して見せている幻だ。
瑠美奈が呟くと鬼殻の幻は困ったように笑って「すぐに当てますか」と詰まらないと言った声色をしていた。
このまま本物だと嘘を言っても瑠美奈は信じないだろうと溜息を吐いた。
「私は、言ってしまえば貴方が理想としている兄ですよ。貴方が求める私の虚像」
「……そう」
瑠美奈は偽物ならば興味はないとそっぽ向いた。
早く憐に呼びかけなければ、憐を起こさなければと焦燥感に苛まれていた。
「つれないですね。こうして貴方の理想で顕現したと言うのに甘えに来ないのですか?」
「そんなじかんないから。はやくしないと」
「筥宮が厄災に消されてしまう。ええ。承知していますよ。貴方が急いている理由はわかっています。私は貴方が生み出した幻。貴方に関して分からないことはない」
記憶の中の鬼殻らしく優しい笑みを浮かべる事に瑠美奈は機嫌を悪くする。
「それがわたしのあくむ?」
「私が此処にいるのがそう言う事だと言うのなら、そうなのでしょうね?」
悪夢を見せると言うのが暴走の一つだと言うなら、鬼殻の幻は瑠美奈の悪夢と言っても差し支えない。
(わたしも、あくむをみるんだ)
そこは意外だったと瑠美奈は思う。幸せな夢を見続けて来たわけではないが、別段悪夢と呼べるものを見て来た事がないと自負して来たつもりだ。まさか実の兄が悪夢だとは皮肉が効いている。
よく考えてみると確かに悪夢だったかもしれないと思い始める。
鬼殻が死んでいるのはわかっている。瑠美奈が殺したのだから間違いはない。
しかし、もしかしたら死ぬと分かっていて用意した影武者だったかもしれない。
実はどこかで生きていて、瑠美奈たちの生活を見守っていて、時期が来たら姿を見せてくれるかもしれないと期待もしていた。
鬼殻が現れて家族が揃ってくれたら瑠美奈は心から喜びに満ちるだろう。
鬼殻がもう何も考えずに兄をしてくれたら……そう思うと同時に鬼殻がいる事で誰かが不幸になってしまう。現れる事で父が死んだ光景がよぎる。それが嫌で、現れて欲しくもなかった。
二律背反だ。
「おまえがわるいことをかんがえなかったら、わたしはおまえをすなおにうけいれることができたのに」
「悪い事なんてとんでもない。私は純粋にこの世界の事を想っていた。それが貴方とは相容れなかった。互いにこの世界を想っているのに方法が違う所為でいがみ合う。貴方も分かっていたと思っていましたが、また説明しましょうか?」
「……いらない」
その言葉は耳に胼胝ができるほどに聴いた。
必要ないと言っても鬼殻は口を開いた。
「白の呪縛からの解放。それが私のやり方です」