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第124話 ESCAPE

 廬は鬼殻の背後に回りその腕を掴んだ。


「っ!?」

「これは、神の冒涜に入るのか?」


 なんて言いながら廬は鬼殻の背を蹴り上げた。

 よろめき鬼殻は悔しさから歯を噛み締める。


(一体、何があると言うのでしょう。宝玉がない彼では私に触れるなど不可能なのですが……)


 無敵の壁を前に絶対的力を持ち合わせていない廬では鬼殻に傷を負わせることなど出来ない。

 それなのに鬼殻は廬に蹴られた。それが信じられない。慢心だったか。

 ただ体術に優れているだけでは触れられることはない。廬が何かしたはずだ。鬼殻が知らない間になにかを得たのか。此処にいない儡が要因なのか。

 だが、儡だって他者に何か出来る特異能力をしていない。ただ人の心を見透かすだけで特別な事は何もできない。虫しか殺せないような男に何ができる。

 それか未知の力で言うのなら異世界人で魔術師のミライが何か廬に施した可能性がある。


「随分と悩んでいるな? そんなに難しい事だったか? 一応言っておくがミライに何かしてもらったわけじゃない」

「……そうですか。なら何をしたのか教えてくれるのなら、是非にお願いしたいですね」


 わからないと素直に両手を上げた。

 これだけ考えたのだ、分かるわけがない。

 ならばもう本人に訊くしかないだろう。

 そこに恥など無い。


「俺自身の力だ。お前を書き換えた」


 廬の力、A型0号の力は複写。

 しかし、廬はその自覚をしていないはずだ。廬は自分の事を糸識廬としか感じていないのだから、力を発動など出来ないと鬼殻は考えていた。

 もしもそうじゃないとしたら、廬はいつでも他者の記憶を書き換える事が出来る事になる。


「まさか、この一瞬で、私の認識を変えたと言うのですか? 特異能力に不慣れである貴方が?」


 冗談と言いたげに鬼殻は別の方法があるのだろうと疑う。

 その疑いこそが、廬の思惑通りだと気が付く。


「俺を侮るなよ。俺はお前よりも制御が外れている個体だ」

「……だったら何だと言うのですか。貴方が無能な事は周知の事実でしょう」

「随分な言われようだな。俺はお前の弱点を知っている」

「知るわけがない。私にはそれがないのですから」

「生きていたら弱点の一つや二つ出来る。俺があの子を大切に想うように、お前だってあるんだろ?」


 下手な脅しだと鬼殻は平然とする。

 神である鬼殻に弱点などありはしない。


「俺が、俺の弱点をお前に複写する」


 自分の弱点を鬼殻に複写する。

 瑠美奈をこの世から消させない為に、瑠美奈を守るために敵ある鬼殻に廬の弱点を、瑠美奈を守りたい気持ちを複写する。


「出来るわけがない。そんな事をして、何になると言うのですか? 気色悪い。完璧な私を穢そうと言うのですか?」

「それがお前の弱点だ」

「っ!?」

「お前にとって、完璧であることが全て、俗物的でもなければ信仰的でもない。お前は、お前自身の美意識に依存しているだけだ」


 美しい事に執着するから穢れる。

 穢れている事がいつの日か美しいと思うようになり、気が付かない。


「禍津日神。お前を消し去って鬼頭鬼殻を救う」


 書き換えられる事で鬼殻の言う美しさが崩れる。

 何もかも壊してしまえば良い。そうすれば、黒と透明の宝玉は鬼殻を拒絶して弾きだされる。


「くっ……ふふっ。あはははっ!」


 鬼殻は肩を震わせて笑った。


「ああ、実に愉快です。…………廬さん、貴方を侮っていた事をお詫びしましょう。今この時、貴方は私と同等です。ええ、貴方の力は完璧です。美しい事を認めましょう。……何としても殺さなければならなくなった」


 複写。廬が描く妄想を他者に複写する。

 その力は脅威だと鬼殻は廬を殺すことに決めた。


「過去を清算した貴方はもう悪夢を見る事もないのでしょう。黒の宝玉も意味がない。ただ守るだけの透明の宝玉も無価値。ええ、構いませんよ。貴方の形そのものを作り変えてしまえば良いのですから。糸識廬をこの世から消し去りましょう。政府よりも先に、厄災よりも早くね」


 鬼殻は地面を蹴り上げて廬に向かった。

 その目にも止まらぬ速さに廬は尻もちをついた。

 間近にいる鬼殻に廬は驚く。


「貴方がどれだけ私の記憶と感情を操作したとしても、貴方は自分自身を守る為に複写していない。貴方を殺すことできっとこの特異能力も消えてくれる事でしょう」

「分からないだろ。俺が死んでも永続的にお前の感情は変わらないかもしれない」


 鬼殻は廬の首を掴み持ち上げた。息苦しさに襲われる廬は顔を顰めて抗おうも鬼殻は微動だにしなかった。


「ぐっ……」

「美しくしてあげましょう。貴方が研究所で見たカレらのようにね」

「あいつらを、戻せよ」

「それは出来ません。皮膚を溶かしてしまったので、ああ。どうやら私の力は少々熱いようですよ。高熱を出しているような気分になるそうですよ」

「実体験、でも……ないんだろ」

「ええ、協力者のお陰です。彼女のお陰で色々知る事が出来ました。私の力のことをね」


 協力者が誰なのか廬は分からない。それ以前に思考すらままならない。

 呼吸が途絶えて嫌な音が口から出る。


 首筋から熱さを感じる。身体が溶けるような熱さ。

 錯覚だと分かっているのに身体が痙攣する。手が動かない。


「ッ……ぁ"あ"あ"ぁあッ!!!!」


 足が焼けるほどの痛みを感じる。廬の断末魔に鬼殻は嘲笑する。


「ぐぅっ……」

「! まだ抗いますか? 此処まで来ると大抵の人は死を受け入れて諦めるのですがね」


 廬は何とか感覚のない手を持ち上げて鬼殻の腕を掴んだ。

 たとえ身体が溶かされて形而上の生物になろうと廬は鬼殻を止める。


「俺がお前に、触れた。それだけで、十分だ!」

「っ……!?」


 そう言われて鬼殻は全てを理解して廬を投げ捨てた。

 足の感覚を失って、両足が熱い廬は立ち上がることは出来なかった。

 上半身を何とか起き上がらせて呼吸を整えてしたり顔をする。


「お前は、思い込みが激しいんだな。俺がお前に力を使ったなんてハッタリを信じて」

「……ハッタリ。全て嘘だと言うのですか」


 廬が瑠美奈に抱く気持ちを複写したなんて嘘で弱点だって分からない。

 ただ鬼殻が完璧に拘ることに賭けたのだ。

 廬が出来るのは、触れたことで複写する事であり、触れずに複写は出来ない。

 鬼殼を背後から蹴ったときは鬼殼に触れられるように力を使った。それによって鬼殼は自分が特異能力を使われたのだと錯覚する。


 最後に鬼殻が廬を形而上の生物にする為に首に触れたことで廬も特異能力の発動条件は整っていた。


「お前は、一度俺の力に触れているのに忘れたのか? 俺はお前に宝玉を触れられそうになった。その恐怖で俺はお前の欲望を表に引き出したんだ。俺の恐怖をお前に複写したんだ。その瞬間を忘れたのか」


 触れていたから、鬼殻は狂った。鬼殻の感情全てデタラメになった。

 今度こそ廬が感じている瑠美奈への気持ちを鬼殻に複写した。


「貴方、本当に気持ち悪いですね」


 もう立ち上がる事が出来ない廬を睨みつける鬼殻。

 やっと明確に表情を変えたことに何処か達成感すら感じてしまう。


 忌々しいと歪む表情。顔を覆って信じられないと拒絶する。

 鬼殻の頭にある情報が書き換わっていく。

 いや、もとからA型0号が鬼殻を狂気的な男に変える前の情報が戻ってきた。


『おにいちゃん』

「っ……瑠美奈。ああ、アナタがいる所為で」

「……?」


 このまま大人しくなる計算だったが、それとは明確に違っている。


「アナタの所為で……っ」


 鬼殻の様子がおかしくなる。

 光を通さない黒いオーラを放つ鬼殻に廬は驚愕する。

 一体どうなっているのか見当がつかない。


「ええ、そうですね。もう十分でしょう。あの子が何をしたと言うのですか」

「何を言っているんだ」

「白の呪縛から解き放つ。その為に私は此処にいるのです」

「……呪縛? 何の話だ」


 脈絡がないと困惑する。鬼殻が言っている意味が分からない。


「黒の宝玉は寄り道をしたつもりのようですが、私の目的は変わっていない。瑠美奈を殺し、奴を殺します」

「奴? 誰の事だ」


 話が見えない。

 鬼殻は瞳の色を変えた。瑠美奈が持つ鬼の瞳に変わった。

 今まで鬼殻が手加減をしていたと分かっていたが、それを体現されたのだ。


 恐ろしいほどに美しい爪が廬の頬を撫でた。


「ESCAPEを望む害玉を私は始末します」


 そう言って、鬼殻は廬ではなく瑠美奈に向かって行ってしまう。

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