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第123話 ESCAPE

 憐が暴走する一方で廬はミライの足場で何とか瑠美奈がいるビルの屋上に来た。


「瑠美奈っ!!」


 貯水タンクが凹んでいるのは瑠美奈が叩きつけられたからだろう。

 倒れて動かないでいる瑠美奈に駆け寄り抱き上げると気絶していた瑠美奈が意識を取り戻した。


「い、おり?」


 まだ視界がはっきりとしないのか廬を凝視する。

 自分が鬼殻に負けたのだと気が付き瑠美奈の瞳が揺らいだ。


「よわいせいで、かてない。わたし、鬼殻をころせない」


 震える声で言った。瑠美奈では鬼殻を殺すことが出来ない。

 殺したくても、感情が左右されて殺せなくなる。


「ごめんなさいっ。わたし、きらいなのに……」


 鬼殻が嫌いなのに、そこには兄としての面影が確かにある。

 取り戻したいと思ってしまった。鬼殻ともう一度やり直したいと思ってしまった。

 相手にその気持ちがないのは承知しているのに、瑠美奈はまた皆で居られると思ってしまったのだ。その気持ちを偽ることは出来ない。


 瑠美奈は泣いた。鬼殻を殺せないなら役に立たない。

 今まで強がって、強いからと調子に乗っていた自分を恥じた。

 殺せると思った。殺意はある。殺したいと思っている。だけど、相手は兄だ。

 兄を殺そうとすると力が弱まって簡単に避けられてしまう。


「お前は、悪くない。仕方ないだろ。お前にとってはもうたった一人の家族なんだ。殺せないと言っても誰も叱らない」


 叱られたいのかもしれない。怒られて誰かにやれと命令されたいのかもしれない。廬はそんな事はしない。

 泣いている瑠美奈を抱きしめて泣き止むまでその背を摩る。

 もう時間がないと分かっている。泣いている暇がないと分かっている。


「瑠美奈はどうしたい? 鬼頭鬼殻をお前はどうしたい?」

「……っ。わたしは」


 出かかる言葉は飲み込まれる。

 素直な言葉を言えば廬を困らせてしまう。

 鬼殻は殺すべき相手だ。そうじゃなければならないのだ。


 禍津日神を消し去らなけらば世界は平和にならない。


「俺がお前の願いを叶えるよ。それがどれだけ相手にとって納得のいかない事でも、お前の為にお前の望むことをする。瑠美奈が笑っていてくれるなら、俺はそれで良いんだ」



 ――好きなだけ笑って、好きなだけ泣いて、君の感情をもっと見せてくれ。



「廬」


 瑠美奈を映す廬の瞳。

 英雄になりたいわけじゃない。この世界を救いたいわけじゃない。

 そんな大それたことは廬には出来ない。廬に出来るのは大切な子を笑顔にする事だけだ。瑠美奈の願いを叶えてあげることだけだ。無理難題でも構わない。


「……っ。わたしは、たおすよ。かみさまをころす。てつだって、廬」


 禍津日神を殺す。

 その為に暴走する憐を、無敵の鬼殻をどうにかするところから始めればいい。


「タイムリミットは迫ってる。瑠美奈は憐を頼む。俺は鬼殻を何とかしてみる」

「だいじょうぶ?」

「ああ、俺は鬼殻より先に生まれたA型0号だぜ? きっと何とかなる」


 冗談を言うと瑠美奈は笑った。瑠美奈ならば憐の暴走を止める事が出来る。


「儡が来るまで、持ちこたえてくれ」

「わかった」


 瑠美奈の視線の先には、頭を抱えて暴走している憐。

 青い炎が憐の周囲を漂っている。


「だいじょうぶ。憐はわたしがとめるから」

「頼んだ」


 涙目をしていた瑠美奈は目を拭って憐を見つめて向かう。

 それを一瞥した廬も鬼殻に会う為に再び降りた。



 瑠美奈と別れた廬が地上に降り立つ。

 鬼殼は廬に気が付き不思議そうな顔をした。


「おや? 廬君。戻って来たのですね」

「ああ、不都合だったか?」

「いいえ、少々退屈していたので丁度いいでしょう」

「あたしと居て、退屈って失礼なんじゃない?」


 ミライが不機嫌な声色をだす。


「ミライ、瑠美奈が憐を正気に戻す間、落ちないようにしてくれ」

「はあ。了解」


 ミライは鬼殻にべーっと舌を出して瑠美奈のサポートに向かう。


 一対一となった廬と鬼殻は対峙する。


「貴方とこうして対話するのは、久しぶりですね」

「そうだな」


 鬼殻と廬だけで話をするのは、かつて鬼殻が廬を見つけて保護した時以来だ。

 それか、廬が動けなくなった時か。あれが対話に含まれているのかどうかは怪しい所だ。


「ところで、貴方自身と決着がついたんですね」

「……ああ、お節介な誰かが本物の俺に余計な事をしてくれたからな」


 偽廬が此処に居なければ、何も解決していなかった。

 今、解決しているかと言われたら微妙だが……。


「まだ、ふわふわと覚束ないと思っている。けど、俺は俺だ。A型0号でも、糸識廬になっている誰かでもない。俺は瑠美奈や儡が廬と呼ぶ男だ」

「そうですか。それは何より。自分を見つける事でただの人となった貴方に何が出来るのか楽しみですね」


 口元に手をやりふふっと笑う鬼殻。

 その余裕の顔が気に入らないと思った人は多いだろう。

 鬼殻の表情が歪んだ所を見たことがあるものはいるのだろうか。


「お前のその余裕そうな顔を、お前の計画もろ共崩してやる」

「出来ると良いですね」


 鬼殻は終始笑っていた。


 瑠美奈とミライが憐を正気に戻すまでの時間稼ぎ。儡がアンチシンギュラリティを完成させて持ってくるまでの時間稼ぎ。鬼殻に一撃を与えようと思うな。


 傷を負わせようとしても、鬼殻には無敵の壁がある。

 透明の宝玉を鬼殻が支配出来るという事は鬼殻は何も感じていない。

 何も思っていない。確実なものを手にしていない。


「お前は何が欲しいんだ?」

「欲しいものですか?」

「お前は神となったんだろ。厄災だってお前がその気になれば操れるんじゃないのか? 神となった今、お前は何を欲する」

「厄災として生まれ、穢れから作られた神たる私が求めるものですか。それを口にした瞬間、宝玉が拒絶すると思っているのですか?」

「出来ればそうしてくれないかなと」


 浅はかだと承知で鬼殻に自滅してくれないかと思ったがそこまで馬鹿でもない。

 欲望が駄々洩れだったなら二つも宝玉を支配出来ないで黒の宝玉に支配されて終わっているだろう。


「そうですね。世界平和、でしょうか」


 考える素振りをして鬼殻は答えた。白々しい。

 平和なんて求めていない癖に、よく言えたものだ。


 ……しかし。


「本心なのか」

「はい。私の紛れない、穢れも不満もない素直な気持ちです」


 鬼殻は純粋に思ってる事だ。

 揺るぎない願い。世界平和。白でも黒でもない。

 中途半端と言うわけでもない。本気で思っている。

 儡ならば、鬼殻の気持ちを知る事が出来ただろう。


「故に、宝玉は私を罰せない。献身的な私を罰するなんて出来るわけがない。出来たとしても、私は禍津日神なのですから、手を出すことは出来ないでしょうね」

「結局そこに行きつくのか」


 なら。と廬は地面を蹴り鬼殻に近づいた。

 鬼殻も流石に突っ込んで来るとは思わず目を見開いた。

 近づく廬に鬼殻には壁がある事を知っているはずなのにと行く末を見守る。


「っ!」


 鬼殻は飛び退いた。


「どうした? 無敵の壁があるんだろ? どうして逃げた?」

「……」


 反射的と言うべきなのだろうか。鬼殻は廬から距離を取った。

 直感的に、廬に近づいてはいけない。廬に触れられてはいけないと思った。

 触れられるわけがない。宝玉が鬼殻を守っている以上、廬は鬼殻に指一本と触れることが出来ない。


「不思議ですね。先ほどの貴方からは予想できなかった気配です」


 廬を疑う。疑い続ける。

 だが、それをかき消すような何かを感じる。一体廬に何が起こったと言うのか。


 鬼殻は廬を凝視した。

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