第120話 ESCAPE
瑠美奈が鬼殻と攻防戦を続けている中、置いて行かれた廬たちはどうするべきか考えていた。ミライはただ吹き飛ばされただけで魔術も使えている。
しかし憐は後遺症ゆえに身体が思うように動かなかった。
「どうにかして、彼に宝玉を使わせなければ良いんだけど……そんな事僕たちには無理だね」
「諦めるのが早いっすよ。旦那」
儡の言葉に憐は突っ込むが流石に鬼殻を相手にして来たのはいつだって瑠美奈だった為に、儡たち新生物では鬼殻をどうにかする事は出来ない。
「新生物って言うが仇になったわね」
「だから、良いんじゃないっすか」
人間ではないから簡単には死なない。だが今回は殺さなければならない。
憐は常に新生物の優秀さを説くソレが仇になっていることを自白しているようで儡は「やめよう」と止める。
「提案はないのかな? 新生物の0号さんは?」
「何もないと言わせないつもりか?」
「何もなければ此処で皆ミサイルの餌食で終わるだけさ」
「……瑠美奈が少しでも鬼殻の気を引いてくれるなら時間はまだある」
儡は廬に何か策があるのかと疑いの目を向ける。
「研究所に行きたい」
「行って何を?」
「確かめたい」
「……僕たちはどうしろって? まさか、鬼殻に気が付かれないようにしろって言わないよね?」
「一緒に来るか?」
「俺はお嬢を守るっすよ。あんたがなにしようと」
「あんたが動くとあたしも行くしかないんだけど」
どちらにしても鬼殻をそのままにしていられない。瑠美奈を守る為に憐は動きたいだろうし、その面倒をミライは見なくてはいけない。
「はあ……憐、君は瑠美奈を守ってあげて」
「うっす。……旦那は?」
「僕は、彼と行くよ。何を企んでいるのが興味があるからね」
そう言った四人は二手に分かれた。
研究所として使われていたビルの地下へ向かう廬と儡だったが、エレベーターは止まっている。
「そりゃあそうだよね。最新鋭ならエレベーターも時を刻む。開いたら君、落下死確定だよ」
嫌なことを言う儡に階段を探そうと歩き出す。
下るだけなら楽だが地上に戻る時が大変だと儡はげんなりする。
「君と僕がこうして話をするのも、回数を重ねて来たと思わない?」
「そうだな。事あるごとに俺を茶化すのはお前くらいだ」
階段を下りながら二人は世間話に興じる。
少しだけ速く階段を下るがやはり沈黙を続けているのは息が詰まると儡は言う。
「楽しいからね」
「楽しい?」
「僕はこう見えて恐れられているんだよ。まあ黒の宝玉を持っていた所為もあっただろうけどね。佐那にも嫌われているようだし」
「それはお前の所為だろ。宝玉の所為にするな」
宝玉を持っていた所為で怯えていた新生物も多かっただろう。しかし佐那の場合はシンプルに儡を怖がっていたに違いない。
「仲直りしろよ」
「僕に命令なんていい度胸だね?」
「俺は0号だからな。お前に命令する権利はあると思うが? なんて冗談だ。俺に命令権なんてない」
「当然だよ。もしそのまま言い切るつもりなら憐に言って君の抹殺依頼を出していた」
「どれだけ俺の事が嫌いなんだよ」
苦笑して最下層まで行くが扉一つもなかった。
段ボールが積み重なり完全に不用品を置く為だけにある空間だ。
「袋小路って奴だね」
「この先には確かにあの研究所があるはずだ」
壁に触れてなにか仕掛けが無いのか探す。
その様子を見ていた儡が「そんな仕掛け屋敷じゃないんだから」と呆れている。
「エレベーターで行けて階段で行けないなんて事はないはずだ。万が一、災害が起こった時に逃げ遅れてしまうだろ?」
「もとから逃げる気が無かったら?」
階段に腰かけて廬の様子を見物する儡。
「死ぬ気で研究に没頭しているかもしれない。研究者と言うのは探究が全てだと聞くしさ」
「そこまで殊勝な奴なら新生物を自由にしたりしないだろう。一人だって逃がさないで死ぬまでしごきあげると思わないか?」
「一人だけでも残っていたら問題ないかもしれない」
「共倒れか?」
「もしくは、研究対象が外に出ることを恐れて全てを封鎖したのちに皆殺し。だから、自らの足で此処から出ることは出来ないって言う事もあり得る」
「来るもの拒まず去るもの許さずか? だとしたら、この空間は、非常口を作る予定だったが、却下された名残か?」
「無駄足だね。地上に戻って憐と合流しよう」
結論が出たと儡は立ち上がり階段に足を乗せた時だった。廬が何かを見つけた。
「儡! これを見てくれ」
そう言って段ボールの山を移動すると床下の蓋があった。
「ただの倉庫と見るか。研究所に通じる道と見るか」
「隠してあったんだ。研究所に通じる道で間違いないだろう」
エレベーターでは直通だが、階段から行く場合は、一階分足りないのだと気が付く。廬が蓋を開けば案の定、鉄梯子が続いている。
足を踏み外さないように慎重に梯子に足をかける。続いて儡も梯子に足をかける。
下りきるとやはり研究所の通路に出る。
「此処は……」
形而上の生物が徘徊している。
廬たちが出て来たのは、壁に偽装していたようで、閉じないようにストッパーを探す。
「本当に面倒な特異能力を持っているよ。カレらだって好きでこんな姿になっていないだろうに」
「元に戻せないのか?」
「無理だね。時間が経ちすぎてるし、何よりカレらを人に戻したら、真弥君よりも最悪な結末になるんじゃない? 植物人間と言うより、流動動物になって行方知れず。訳も分からず事故に遭って死ぬのが落ち。それなら、このままの方が幸せだよ」
「……報われないな」
形而上の生物にさせられて、人間に戻せたとしても自分を認識する事なく歩き彷徨う。三大欲求すら感じないかもしれない。口に何か運べば口は開き拒むことなく飲み込んでしまう。
生かすことは出来るが、生活させることは出来ない。
「真弥君がそうならなくて良かったんじゃない? 君は彼の事を考えていたら良いんだよ。他人の事なんてどうにもできない。なら出来ることをするしかない」
真弥だって下手をすると鬼殻によって形而上の生物になっていたかもしれない。
「青の宝玉の中に真弥の生気がある。それだけを真弥に戻すことは出来ないのか?」
「出来ない事はないだろうね。瑠美奈が支配出来るのなら、扱うことは出来る。だけど、生憎と真弥君に会う前に宝玉は消滅させるからその考えは不可能だと言っておくよ」
この騒動が終わった時に宝玉は完全にこの世から消えていると言うのが計算上で出来上がっている。
「なんだっていいけど、今はそれよりどうして此処に来たのか知りたいな。僕は」
廬が何を目的に此処まで来たのか尋ねる。
「お前たちは銃器は効かないんだろ」
「効かないってことはない。撃たれたら痛いし、貫通したら血だって流す。だけど、それだけじゃあ簡単には死ねないってだけ。頑丈に出来てるから身体をバラバラにしない限りは死なないとだけ言っておくよ。すぐに治る便利な身体をしているのは親に感謝だね。僕にはいないけど」
「そのバラバラにしている間に動けるなら、逃げられてしまう。だから、研究所はお前たちを動きを封じる」
「回りくどい事を言わずにはっきりと言ったら? そこまで察しないといけないの?」
「お前だって似たようなことをするだろ」
「僕は愛嬌があるから」
どこにそんなものがあるんだと廬は苦笑して言う。
「お前たちの動きを封じる光線銃を探している」
「……ああ、アンチシンギュラリティ」