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第119話 ESCAPE

 鬼殻を追いかける瑠美奈。

 血を流して瑠美奈は息を上げる。


 廬たちに怪我をさせない為に何とか距離を取る。

 鬼殻を殺す為に理性まで失ってしまう前に瑠美奈は追いかける。ふつふつと沸き上がる憎しみが瑠美奈の心を蝕む。完全に飲み込まれる前に目の前の男を殺せなければならない。

 もう厄災を消し去る方法が無いと知っている。

 瑠美奈が死んだってまた厄災が来るのなら瑠美奈は生きることを選んだ。


 コンクリートを破壊して、停車している車を潰して、ビルを半壊させる。

 鬼殻はそれでも笑い続ける。その笑みが嫌いになりそうだ。


「死んで気が付きました。死後の世界こそ永遠なのだと……死ぬ事はなく、穢れが無い純粋に感情が吐き出される世界」


 瑠美奈に殺されて、石を積み上げて蹴り壊される。賽の河原。

 そこで鬼殻が見て来た地獄の数々。身に受けた屈辱。

 だがそれこそが真理なのだ。地獄に巣食う鬼どもは人間に罰を与える。


 穢れに満ちた人間の為の禊。


「美しさは必ず終わりが来る。それが私の持論ですが、それでは余りにも浮かばれない。生まれたばかりの無垢な赤子のように美しく、不浄を知らない無知な少女のように美しい存在としてこの世に保ち続けることは不可能。いつか穢れてしまう」


 穢れてしまうのは恐ろしい。

 美しいものが腐ってしまうのは惜しい。


「私はね。厄災が無くなることを望んでいた時期も確かにありましたよ? 厄災が無くなれば世界は平和になる。しかし同時に傲慢で穢れた人間が蔓延ってしまう。幸福を不幸と錯覚する者たちが蔓延る。そこで気が付いたのです。厄災がある事で生き延びたことで幸福を謳うものが現れることを」

「おかしいしんこうしんはやめて」

「信仰? 面白い事を言いますね? 私は神ですよ? もっとも望んでなったわけではないですが……年頃の男の子なら好きでしょう? 自分を神だと名乗るものをわざとらしく崇め奉る。馬鹿らしいと思いますが、純粋に楽しめるのは良い事だと思いますが?」


 神となってしまった鬼殻に信仰心などない。


「宝玉を支配して死んだとしても厄災が消えない。異世界人が気が付かなければ貴方は素直に死んでくれたと言うのに、彼女のお喋りにはほとほと手を焼いていますよ」

「どこにいるかしっているの」

「知りませんよ。彼女の行方を知るものなど誰もいないでしょう?」


 棉葉は必要なことを言った。ミライに託して姿を消した。

 劉子が言っていた棉葉は裏切りものだと。しかしそれを信じ切れていない所もある。劉子を信じていない訳じゃない。劉子も棉葉も信じている。

 どこかで無事にいる。今、この状況を楽しんでいるかもしれない。


 瑠美奈のその気持ちを理解してか鬼殻は笑った。


「信じているんですか? 戻って来てくれると」

「もどってくる。もどってきて、みんなでりょこうにいく」

「それは楽しそうですね。その夢を叶えられるように私を殺さなければ、またあの時と同じようにね」


 反乱を起こした日のように瑠美奈はまた同じように鬼殻を殺せばいい。


「貴方はまた家族を殺すのです。その心を偽ってね。そうなればどうでしょう? 貴方の中にある白の宝玉は貴方をそのまま受け入れてくれるのでしょうか? 殺したくないのでしょう? 私のことを」


 もう兄を殺したくはない。鬼殻は殺したいと言う矛盾。

 今後こそ、兄を殺せば戻ってこないだろう。

 純粋な気持ち、嘘偽りない気持ちを持つ者を宿主と認める宝玉を持つ瑠美奈にとって鬼殻を殺すことは、失いたくない兄を殺すことだ。

 鬼殻を殺してしまえば、達成感はありそれが目的だったが、その後に襲って来る罪悪感を宝玉が受け入れるわけがない。宝玉の意思に反した瑠美奈を拒絶するかもしれない。


「貴方も死ぬ事になりますよ?」

「かんちがい。わたしはおまえをころす。だけど、おにいちゃんはころさない」

「? 貴方の兄はこの私でしょうに……」


 言っている意味が分からないと鬼殻は困った顔をする。

 後にも先にも兄は鬼殻一人。瑠美奈も鬼殻以外の兄も弟もいない。

 それなのに鬼殻を殺して兄を生かすなんて矛盾が出来るわけがない。


「わるいひとになるまえにもどれば、きっともどってきてくれるから」

「悪い? ……くふふっ。あっははははっ」


 鬼殻は肩を震わせて声を出して笑った。

 これほどまでに面白いことはないと笑った。


「まさか、私が正気ではないと思っているのですか? A型0号に気を狂わされたと? それこそ、勘違いですよ。私は私の意思で此処にいるのです。宝玉の意思を克服して貴方同様に原初の血を持つ者として全てを支配したのです。此処にいるのは正真正銘、貴方と日々を過ごした兄であることを自覚してください」

「やだ」


 困った子だと鬼殻は瑠美奈を見る。

 その瞳は揺るぎない。鬼らしい二つの角。鋭い爪。純粋無垢な少女は実は鬼だった。なんて笑えない冗談だ。


「わたしがいっしょにいたのは、鬼殻なんてひとじゃない」

「ついに存在すら否定されてしまいましたか。なら誰だと言うのですか?」


 鬼殻と言う一人の男を否定し続けることは不可能。

 瑠美奈だってそれは分かっている。否定し続けるわけじゃない。

 瑠美奈は、鬼殻にある兄の部分だけを手に入れようとしている。

 兄だった頃、優しい兄だった頃、瑠美奈の兄で、誰かの憧れだった存在を取り戻したかった。


 もう一度、兄に会いたかった。鬼殻と言う敵ではなく、瑠美奈の兄に会いたかった。


「わたしのなまえといっしょに、おにいちゃんをかえしてもらう」

「本当に面白い子ですね。だから、飽きないのかもしれません」


 鬼殻は少し目を伏せた後、顔を上げて「良いでしょう」と両腕を広げた。


「なら、貴方の言う兄を取り戻してみなさい。そして、貴方自身を取り戻しなさい。私が納得するものがあるのなら、引き下がりましょう。もっともその前にこの街は消し去られてしまうかもしれませんがね」


 鬼殻は子供の遊びに興じる。

 どの道、この意味のない堂々巡りをしている間にミサイルは飛んできて筥宮を滅ぼすのだ。その光景を見るのもまた一興。そして、それを終えた後、厄災が筥宮を跡形もなく消し去る。人の記憶から、地図から、ネット上から、物理法則を無視して厄災は筥宮を消して、筥宮にいる人々を消し去る。


 瑠美奈は宝玉を使う。鬼殻が悠々と避ける。

 同じことを繰り返す。鬼殻の調子は崩れない。


(どうして彼女は白の宝玉を使わない? 私を改心させたいのなら、白の宝玉を使えば造作もない事でしょうに……。それとも、私が黒の宝玉を使うことを警戒しているのでしょうか)


 瑠美奈が一番初めに手に入れた宝玉を使わないことに違和感を覚える鬼殻。

 防戦一方である鬼殻が言う事ではないが、もう少しなにか仕掛けてきてもいいはずだと疑う。


(……まるで何かを待っている?)


 廬たちを置いてきた瑠美奈がなにを待つと言うのか。下手な勘繰りだ。


「……っ」


 思考に気を向けていると瑠美奈の爪が頬を掠める。

 僅かな痛みに鬼殻は我に返る。間近にいる妹の顔。

 全てを支配する鬼の瞳に自分が写る。

 妹とは違う。黒紫色の髪にエメラルドグリーンの瞳。

 どうして自分は彼女と違うのか。考えなかったことはない。何度も考えた。その答えは見つからなかった。

 仕方ない事だと受け入れた。似ている所が無くとも兄妹だと受け入れた。

 

「わたしはあきらめないよ」

「そうですか」


 そう鬱陶しいほどに諦めの悪い子だと鬼殻が一番知っている。

 儡でも憐でもない。ましてや廬でもない。生まれた頃から一緒にいた。

 鬼殻が一番知っている。


『おにいちゃん、みつけた!』


 かくれんぼをしていた。逃げたかった。あの洞穴での暮らしをやめたかった。

 だから、瑠美奈を鬼にして逃げようとしたらすぐに見つかった。

 待ち伏せをしていたように瑠美奈は鬼殻の前に現れた。

 純粋無垢な少女は、大人となっていく兄の邪魔をする。

 逃げたいのに彼女の所為で逃げられない。最悪な結末が待っている。

 子供ながらに分かっていたし、別に未来を知っているわけじゃないが、それでも彼女と一緒にいて良い事なんて何もない。


「本当に鬱陶しい」

「ッ……ぐっ!」


 鬼殻は瑠美奈を蹴り飛ばした。


「貴方のしている事は、自己満足であり他者の事を一切考えていない。貴方が満足するだけの自慰人形となるつもりはありませんよ」

「……そんな、つもりない」

「貴方はそうでしょう。ですが、白の宝玉の意思はそうじゃない。貴方と言う何も知らない無知を利用して、満足するだけの汚らわしい球体。白ほど穢れたものはない。何色にもなり、染まり切ってしまえば二度と元には戻らない。嘆かわしい。貴方の意思と宝玉の意思は本当に同一だと思っているのなら、私は貴方をこの世から消さなければならなくなる」

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