第114話 ESCAPE
良い子の眠る所に花が咲いた 赤い花
豊かな自然の中で良い子は眠る。
良い子の眠る所に鳥が舞う 青い鳥
安らぎの音色を奏でて良い子は眠る。
良い子の眠る所に虎が歩み寄る 小さな仔と一緒に
心強く傍に寄り添い良い子は眠る。
良い子の眠る所に風が吹く 草木を揺らして
揺りかごのように揺れて良い子は眠る。
良い子の眠る所に夜が来る 真っ黒な空
優しい常闇のもとで良い子は眠る。
良い子の眠る所に月が浮かぶ 真っ白な月
光が見守る闇の中で良い子は眠る。
夜が怖いと言う子供の為に作られた子守唄だと言う。
何も恐れることはないと、優しい声で口遊む。
母親の安心する声を聞いて安らかな眠り。
安直でありながら難しい言葉を使えば子供は理解出来ずに逆に目が冴えてしまうかもしれない。瑠美奈の母親、華之が考えたのだろうか。
よく寝るときは、鬼の伝説と一緒に子守唄を唄ってくれたと言う。
『おやすみ、廬』
「おやすみ、瑠美奈」
雨音は未だ響いている。瑠美奈の優しい声はノイズが混ざっていても綺麗に聞き取れた。眠気が襲って来るのは仕方ない。
明日の朝、早くにミライと病院に向かおう。
通信を終了した。
翌朝、雨上がりの快晴。
ミライと廬は急いで病院に向かった。
ミライから聞いていた通り、病院は半壊。正面入口の方は何とか形を保っているようだ。
「ギシギシと喧しいんすよ」
憐が病院の玄関ポーチに腰かけて言う。
眠れなかったのか、何度も欠伸をしていた。
いつ天井が崩れて来るか分からない為、無理もない。
「ピンピンしてるんすね。残念」
廬を見つけて憐は嫌味を言う。
死にかけたことを言ったとしても「そのまま死んでくれた方が俺的には良いんすけど」と言って終わるだろうと廬は何も言わなかった。
「怪我は?」
「別にどうってことないっすよ。俺よりもハンプティとダンプティの心配をするべき」
病院内に入ると儡が険しい顔をしていた。瑠美奈がソファで横になる下半身を失った周東ブラザーズを見ていた。二人はもう死んでいると言ってもいい。
「儡。さとると聡は?」
「……瑠美奈が宝玉の力で何とか痛みを緩和させているけど……流石に無理じゃないかなって感じだね」
宝玉は万能じゃない。人を蘇らせるなんて事は出来ない。だから死なせない為に延命処置を延々としていた。
「瑠美奈、青の宝玉の力でなら出来るか?」
「……わからない。だけどやらないとわからないまま」
廬は瑠美奈に青の宝玉を差し出した。
「俺が死にかけてる時に宝玉は傷を消してくれた。宝玉のお陰で俺は此処に立っていられる。もしかしたら救えるかもしれない」
「わかった」
瑠美奈は廬から宝玉を受け取ると瑠美奈の表情が険しくなる。
宝玉が抵抗している。宝玉の意思が瑠美奈の意思と反していたのだ。
無理もない話だ。今までの宝玉だって同じだ。強引に瑠美奈が支配した。
「これで赤、白、緑、青の四つ。君と憐が持っているので、六つになる」
「……鬼殻が、俺の透明の宝玉を持って行った」
鬼殻が透明の宝玉を使いこなすことが出来るかは分からないが万が一使いこなすことが出来てしまえば、誰も鬼殻に触れることは出来なくなる。無敵の盾を奪われたのだ。
「いまは、なげいてるひまない」
瑠美奈は何とか青の宝玉を支配した。若干顔色が優れない事を心配しながら瑠美奈はさっそく青の宝玉の力を使う為に周東ブラザーズに向かう。
死人は生き返らせられない。それは鬼殻も同じだ。
鬼殻は宝玉で生き返ったわけじゃない。ネクロマンサーでもない。
鬼殻は厄災その物。穢れから生まれた存在。
穢れの化身だ。人間として生き返ったわけじゃない。
そんなの屁理屈だと誰もが分かっている。
「厄災を阻止したら神様がご親切に全てを直してくれたら良いんだけどね。生憎、神様は敵だから無駄な足掻きだよ」
「禍津日神。本当なのか?」
「世界一汚物を嫌っている男がそう言うだからそうなんじゃない? 神であることを証明しろなんて言えば、彼は全人類を滅ぼすだろうね」
確認のしようがない。鬼殻の言う事を信じるしかない。
「それより、糸垂棉葉を知らない?」
「いないのか?」
「劉子が寝ているからね。事情を聴くことが出来ない。さとるも見ての通り」
棉葉が行方不明。いつもの事だと思うが今回ばかりは何処で何をしているか。
今日の日没には政府の命令でミサイルが飛ばされる。
そうなれば、棉葉がこの街内にいる限り生き残れないだろう。
「もしミサイルが発射されたら僕は瑠美奈を優先する。多分、憐もそのつもりだ」
「わかってる。発射される前に厄災を、この街の壁を消せばいいんだ」
出来るか分からないがやるしないのならやるだけだと廬は儡に言う。
その後、瑠美奈が周東ブラザーズの治療を終えて戻って来た。流石の瑠美奈も医療の知識は持ち合わせていない為、誠心誠意尽くしたが、息を吹き返すことはなかった。
「後遺症の被害者が増えたね」
死に直結させてしまう後遺症。周東ブラザーズのように何の力もない新生物でもこうして片方が死ねばもう片方も死ぬと言う意味の分からない後遺症が付く。
ただ片親が怪物と言うだけでこの様だ。遺伝子の突然変異で仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、やるせない気持ちになるのは当然だ。
「……理不尽だと思わない? 何もしていないんだよ。彼らも僕らも、ただ生まれて来ただけなのに後遺症で苦しんでいる。それなのに特異能力を恐れて戦争に出される可能性があったなんて許されると思う?」
宝玉の適合者が現れなければ戦争に出す為の兵器として作られる予定だった新生物たち。瑠美奈たちの反乱でその事は白紙となったが、かつては世界戦争への引き金として使われていた。
「今日、明日生きられるか分からない。狭い部屋に押し込められた僕たちは今みたいに外の世界を知らないで生きて来た。もう誰も失わないように、寿命で人生を終えるようにって頑張って戦って来たのに……それでも後遺症に苦しめられるんだ。後遺症には勝てないものだね」
どれだけ戦争行きを阻止しても、どれだけ特異能力を使いこなしても、結局は後遺症が新生物を襲う。廬や儡のように命に関わらない後遺症ならば生きられるがそうじゃなければ、生きづらい。
「よく此処まで生き残っていたよ。死んでもおかしくはないし実際今回、二人は死んでしまった。悲しいけどこれが現実だよ」
「……やるせないな」
二人は何もしていないのに、死んでしまう。
「君、自分が巻き込んでしまったなんて自惚れないでよ」
「言わない。もとから二人の問題でもあったんだ。新生物の問題であり、俺たちの問題。厄災は誰の問題でもない世界の問題だ」
「世界ね。規模が大きすぎるけど事実なのがまた面白い所だよ」
今は筥宮だけで留まっているが、次は本当に世界規模かもしれない。
その事を努々忘れてはならない。
現実的な事を言えば、今回のチャンスを逃したら次は何処で目に見えた厄災が起こるか分からないという点だ。だからこそ、此処で全てを終わらせなければならない。
「儡。厄災は止める事が出来るのか?」
「現実的じゃない。だけど出来ないと断言もできない。何故なら厄災がなかった過去が存在するからだよ」
かつては存在していなかったもの。突如として現れたのならこの世から抹消する方法も見つけ出せるはずだ。病原菌を消し去るのと同じように抗体する何かを探せばいいのだ。
「現実的じゃない事を現実にするのが僕たち新生物だと、僕は信じてるけどね」
「結構夢を見るんだなお前」
「まだ若いからね。どこかの誰かと違って」
「お前の年齢が幾つか知らないんだが」
新生物の年齢なんて分かるわけがない。外見で判断のしようがない。
「教えてもいいけど、君の実年齢が不明であることを踏まえれば僕が教えるのは余りにもアンフェアだと思うけど?」
「それもそうだな」
なんて気が付けばくだらない話をしていた廬は苦笑する。
現実的じゃない事を現実にするのが新生物。
言い得て妙だと思った。
旧人類によって勝手に生み落とされて、過酷な使命を背負いながらも生きている。
その中で必死にありもしない幸福を得ようと抗って存在させてしまった。
「……助けたい」
「え?」
廬は踵を返した。儡が廬の脈絡ない行動に何事かと首を傾げながらあとを追いかける。