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第112話 ESCAPE

『大丈夫ですか?』


 鬼殻は彼を救った。頭から血を流した彼を救ったのだ。

 それがたとえA型0号の為だとしても面倒を見てくれた。

 一人で暮らせる家を与えて、食事を与えて、帰れない事を共感してくれた。


 それだけで良かった。ただ自分の味方が欲しかった。

 それがいけない事だとは思わない。誰だってそう思うはずだ。

 家族に会うことも友だちに会う事も出来ないと言われて嘆いて叫んだ。


 筥宮研究所に引き取られた彼はただA型0号を捕える為に注力していた。彼だけが探していた。



 今日まで生き残って来た。普通の人生を奪われて彼はA型0号を殺す事しか眼中にない。

 今まで陰鬱な雰囲気を持っていた癖に突然、吹っ切れて友だちになろうなど殺意が湧かないわけがない。


(どうして俺の周りには誰もいないんだ?)


 どうして泥棒が人に囲まれていて、彼にはだれ一人としていないのか。



「俺の人生を返してくれっ……ッ?!」


 偽廬は突如胸を押さえた。カランっと宝玉が転がる。

 どうしたのか驚いていると偽廬は吐血した。

 宝玉が偽廬を拒絶したのだ。適合しなかった。

 一度に何度も宝玉を使って反動が来た。内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような感覚。口から吐き出される血は変色していた。


「は……はははっ。あっはははははっ!!!!!」


 壊れたように笑っていた。笑う事で身体に激痛がはしる。


「なんだよ。俺は世界にまで見放されるのか? この俺が、今までの苦労を水の泡にして、この偽物の贄になれとでも!? 冗談じゃない! 俺は俺だ! 糸識廬はこの俺だけだ!!」


 叫んだ。宝玉に見放された。

 鬼殻には相手にされず、使い捨てにされても尚、廬を殺そうと息巻いて生きて来た。

 だが廬は愛されている。周囲に愛されてそれを無自覚でありながら悲劇を謳うのだ。


 血を吐きながら偽廬は宝玉を拾いその力を発動し続けた。


「やめろ。それ以上やったらお前の身体が砕けるだけだ」

「知った事か。此処で刺し違えなきゃ…………そうじゃないと俺が今までやって来た事が無駄になるだけだ!」


 追い詰められていた。もう特異能力を発動するのも困難で弱々しく廬に近づく。

 痛々しい姿に廬は顔を顰める。


『廬! 救えっ!』

「っ……!?」


 真弥の叫びにハッと身体が動いた。

 乱暴に扱う所為で亀裂が走る宝玉を掴み偽廬の力を抑え込んだ。

 青の宝玉が全てを緩和させてしまう。全てを飲み込むように鎮静させていく。

 廬は偽廬を強く抱きしめた。


「ッ……離せっ!」

「離すものか。お前を死なせたくない」

「ふざけるなっ! 俺はお前を殺すんだ」


 まるで子供の我儘だ。筥宮の研究所でずっと一人だった男は成長出来なかった。

 嫌いな相手を消し去ろうとあの手この手を尽くそうとする。

 思い通りにならない事を嫌悪する。仕方ない事だ。そうなるように仕向けたようなものなのだから。


「すまなかった。俺がお前を奪ったんだ」

「今更、謝ったって遅えんだよっ」


 ダンっと廬の背を殴る。その力は強く小さく呻く。


「分かってる遅すぎたんだ。俺がもう少し早く、気が付いていたら良かったんだ。俺がお前の全てを奪った。すまなかった」


 血を吐いて死んでしまう前に救いたい。

 それが真弥に言われて衝動的だったとしても、今は廬の感情だ。


 偽廬も流石に血を吐きすぎて何も言えなかった。


「っ?! 廬っ」


 廬の身体は透けていった。驚きながらも廬は何とかその存在を留めようと躍起になるが意味がない。


「は、はははっ……もう俺は人間だって厄災に判定されたようだ」

「人間。お前は半分は新生物じゃないのか」

「血も与えられていないのに、新生物になれるわけがないだろ。俺は、ただあのぐちゃぐちゃの奴らにならなかった。それだけだ。確かに鬼殻の力で宝玉に耐えきるだけの力は貰った。だけど、本当にそれだけだったんだ」


 偽廬は、佐那のような半新生物ではなかった。鬼殻に細胞を作り変えられてしまっただけで、形而上の生物にならないと言う抗体があった。

 世界を騙した。厄災を騙した。


「なんて顔だ」

「えっ……」

「俺が人間でそんなに安心したのか? ふざけやがって……」


 本当に安堵していた。人間のままでいてくれたことに安心して、気持ちが和らいだ。


「ああ、お前が人間で本当に良かった。お前だけは俺のようになってほしくはない」

「ははっ……よく言う。自分の事だってわかってない癖に」


 幽霊のように透けて抱き留めている事に違和感すら感じる。自分の掌が見える。


「何も死ぬわけじゃない。厄災がこのまま進行を続ければ死ぬかもしれないが、お前が止めるんだろ? 瑠美奈と一緒に」

「……」

「人間である俺たちを、真弥を救うんだろ? そう俺に息巻いたのに情けない顔を晒してみろ。マジでぶっ殺すからな」


 そう言い切ると完全に偽廬は消えてしまった。


 偽廬は、人間だった。

 人間である為に、形而上の生物にならないように廬を怨み続けた。

 存在を確固たるものにし続けた。宝玉を持つだけの力を、宝玉の力を使えば身体が滅びてしまうかもしれない危険を冒しても廬を怨み続けた。そうしなければ存在出来なかったからだ。


「……ああ」


 まだ自分の事だってわかっていない。だけど、自分の感じているものは本物だ。

 廬の今感じている気持ちは本物で、偽廬が消えた後に残った焦燥感と喪失感は計り知れない。

 何よりも厄災を阻止する事が廬の人生の全てだと改めて認識した。


「真弥。俺は間違っていないと思う。だから俺は、間違ってない道を突き進む」


 偽廬が持っていた透明の宝玉を拾い上げる。


 本当ならもっと廬を痛めつけたかっただろう。こんな呆気ない終わりで偽廬は満足していないだろう。厄災を阻止して、復活した時、偽廬はまた廬を探して殴りに来る。それまでにやり残した事を全て片付けてしまおうと立ち上がる。


「真弥、廬。もう少しだけ待っててくれ」


 絶対に救うのだと心に誓って病院に向かおうとした時、突如として廬に頭痛が襲う。

 まともに立っていられなくなりその場に倒れてしまう。


 身体が痙攣しているわけでもないのにどうしてと廬は起き上がる事も出来なかった。

 持っていた透明の宝玉が手から離れて何者かに取られてしまう。

 何者か、なんて曖昧ではない。言わずもがな鬼殻だ。

 汚れ一つない黒い靴が廬の視界に移る。


「な、なにを……したっ」


 透明の宝玉を眺める鬼殻は「何もしていませんよ」と言った。


「貴方は自我を確立した。糸識廬と言う仮初の人格ではなく確固たる意思。自分と言う概念を見つけたのです。おめでとうございます。今日は貴方の誕生日と言っても良いでしょう」

「なにを、いって……」

「糸識廬を装った数年。関わって来た人間関係では貴方は成長しなかった。どこもかしこもやはり人間と言うのは理解に苦しむものだと貴方、もといA型0号は思っていた。なので、貴方は曖昧なままふわふわと彷徨っていた。しかし、瑠美奈との出会いで貴方は、貴方自身を認識する機会を得たのです。そして、我々と言う敵対勢力の存在で貴方の存在を証明する機会を得た。この宝玉は、何もない者にしか扱えない。ですが、貴方は知った。今ここで廬君に許されてA型0号でも、糸識廬でもない誰かになった。皮肉ですね。その感情の意味を理解したかったのに、理解した結果宝玉が扱えなくなる」

「……」

「無能となったのですよ。透明の宝玉が使えない以上貴方に無敵の盾は存在しない。あれ程頑張って習得したと思われていた宝玉支配も貴方は貴方自身を手に入れたことでその代償に失った。これでは瑠美奈を守ることも出来ないですね」


 無駄話はこれくらいにしてと鬼殻は言う。


「瑠美奈と話をしましてね。今日は互いに干渉しないと言う方向性に決まりました。なので、間違っても私を探したりしないように。私だって休息が必要ですからね」


 明朝まで鬼殻も瑠美奈も手出ししないと言う約束がされた。

 そして、その事を偽廬に伝えようとやって来たら見事に消失したと言う。


「まあ、彼が居なくと私の予定に狂いはないですから消えても問題はないのですが。青の宝玉は預けておきます。どの道、瑠美奈に適合させなければ意味がない」


 鬼殻は透明の宝玉だけを持ち去ってしまうが少しして「ああ、そうそう」と思い出したように言った。


「暫くしたら起き上がる事が出来ると思いますよ。私もそうでしたし、瑠美奈も経験しています。新生物の誰もが経験したことです。激しい頭痛に、身体の硬直。タイミングが悪ければ死んでいましたね。全く以て運のいい人だ」


 笑いながら鬼殻は今度こそ行ってしまった。

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