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第107話 ESCAPE

 聡は瑠美奈に拳を向けた。単細胞ゆえにそう言う方法しか知らない。

 少しでも訴える事が出来るなら聡のしている事は無駄じゃない。


 当然、そんな漫画のような展開を期待していたわけじゃない。

 最強の鬼の娘を説得しようと言う方がどうかしているのだ。心優しい鬼は全てを諦めて、終わりを待っている。


 小さい鬼は、強い癖に何もしない。それが腹立たしいと思った。

 聡の拳は簡単に掴まれた。少しでも握れば聡の手は潰れて使いものにならないだろう。瑠美奈はそんな非道じゃない。鬱陶しいが相手にしなければ良い。


 掴んでは放り出される。部屋の中に戻されてまた殴ろうと振り上げる拳を掴まれて戻される。


「ここにいたら、鬼殻がくる。しにたくないなら、とおくにいったほうがいい」


 忠告のように瑠美奈は言う。

 しかしながら離れた所で厄災が無くならなければこの街は消える。


「瑠美奈、お願いやめてっ」

「なら、そのこをとめて……なぐられたくない」


 怪我をしたら治らないのだ。聡の能力など瑠美奈の力に比べたら微々たるもの。

 それでも少しの怪我も瑠美奈にとっては致命傷になりかねない。

 此処に居たら鬼殻に殺されるかもしれない。だから、離れるように忠告しているのだ。後の事など分からないが、きっと瑠美奈はいない。

 それでも厄災もないなら構わない。


「瑠美奈! 糸識さんが、瑠美奈の為に頑張ってるの……厄災が無くなったら皆で旅行に行くって約束もしたの。その中に貴方がいないと意味がない」


 口約束でも佐那は楽しみにしている。この災厄が終われば平和が続く。

 何事もないように佐那が頑張れば良い。政府の意向など知った事ではない。

 瑠美奈が心から笑える日常を迎えられるように佐那は最善を尽くす。


「死にたがる人に何言ったって無駄だよハニー」


 聡が起き上がり言う。何をしたって無駄だ。分からせなければ意味がない。


「生きてる有難みって奴を教えないとさ!」


 床を蹴り瑠美奈と距離を詰める。その速さは佐那では追う事が出来なかったが瑠美奈は容易に捉えることが出来た。

 蹴りを入れようとしたが掴まれまた放り投げられる。


「痛っ……!! クソっ。生きたいって言えよ!」

「……」

「あんたが一人で死ぬのは勝手だ! だけど、人魚姫を悲しませるようなことは俺が許さない!!」


 怒りを感じた。聡から感じる怒り。


「……」


 その怒りに心を痛めるほど瑠美奈に余裕はなかった。これから来るであろう男を殺す為に策を講じなければならない。鬼殻を出し抜く方法を見つけなければならないのに、こんな事で時間を割いている暇はないと思ってしまう。


「瑠美奈っ」


 佐那が泣きそうな顔をする。彼らはきっと瑠美奈が手助けをしてくれると信じて此処まで来てくれた。助けを求めに来てくれた。

 それを考えたのは廬なのだろう。廬以外に瑠美奈のもとに佐那を向かわせるものがいるとは思えない。


「稲荷さんと傀儡さんが死んじゃってもいいの! 瑠美奈の大切な家族でしょう? ずっと一緒だったじゃない!」


 幼い頃からずっと一緒だった。それは鬼殻だって変わらない。


「……瑠美奈。変わっちゃったね。こんなの瑠美奈じゃないよ」


 鬼殻の事になると目の色を変えて突っ込んでしまう。

 心優しい鬼は何処にもいない。


『誰か! いないのかい!! こちら病院! 景光君が襲撃してきた! 一旦は閉じ込めたんだ。だけど、怪物になって襲って来た! 誰か、手が空いていたら救援に来て欲しい。劉子君が負傷してどうにもならないんだ』


 そんな時、トランシーバーから聞こえて来た棉葉の声に聡と佐那は驚愕する。

 病院が景光に襲撃されている。

 劉子が負傷しているという事は、さとると棉葉を守ってくれる人は誰もいない。


「さとるっ」


 その事をいち早く気が付いたのは聡だった。

 自分にまだ異常が無いのは逃げきれているからだろう。

 しかしそれも時間の問題だ。


「あたしたちが病院に行っても足手まといになる。無駄な犠牲を増やすだけ、お願い瑠美奈。鬼殻を殺したい気持ちは私にはよくわからない。父親を殺されたって事しかあたしにはわからない。だけど、今助けられる命があるのに見捨てるの? 家族でしょう。瑠美奈にとってA型もB型も平等に家族じゃないの? 家族を捨てたら、鬼殻と同じになっちゃうよ。絶対に後悔する。あの時、動いていたらって後悔するってわかる。瑠美奈は優しいから、一人でも欠けたら泣いちゃうかもしれない。あたし、そんな瑠美奈を見たくないよ」


 影ながらずっと見て来た。瑠美奈は強いが泣かない訳じゃない。


「全員を守る強い鬼になるって……。糸垂さんたちを助けて」


 独りぼっちだった佐那を瑠美奈は見つけてくれた。

 海良と瑠美奈だけが佐那の心の拠り所だった。瑠美奈が消えてしまったら佐那は生きていけない。だけど今はもっと多くの大切を見つけてしまった。

 仲間を見つけてしまった。この環境に馴染んで慣れてしまったらもう戻れない。昔に戻るのを恐れて死んでしまう。


「……っ」


 瑠美奈は動揺した。佐那が泣いていたのだ。泣かせたいわけじゃない。離れて欲しい。もうじき此処は戦場になる。鬼同士の殺し合いが始まる。

 きっと瑠美奈は鬼殻しか見る事が出来ず周囲に気を配る事が出来ない。だから離れて欲しかった。


(こんなのわたしじゃない。わたしならもっとできる)


 鬼殻は殺す。それは決定したことだ。

 しかし、目の前で友だちが悲しんでいる。友だちを傷つけてしまった。

 瑠美奈が望んでいる事じゃない。傷つけてまで遠ざけたいわけじゃない。

 出来る事なら一緒に居て欲しいがそれが出来ないから安全な場所にいて欲しい。

 一人は嫌だと言いながら、二人だと気まずくなって離れたくなる。この感覚は一体何なのだろうか。

 泣かせたくなかったのに泣かせてしまった。結局何も出来ないと自暴自棄。面倒くさい性格をしているからだ。


 ――美しさは必ず終わりが来る。


「っ……!」


 終わりが来たらもう会えないのだろうか。

 もう一度会うことはできないのだろうか。

 もう一度会って、次も会うことはできないのだろうか。

 明日会うことは、明後日会うことは、会う約束はもう出来ないのだろうか。

 

「痛っ、ああぁああっ!!」

「聡っ!?」


 突如聡は自身の足を押さえた。激しい痛みに襲われたのだ。

 何もしていないのに聡は足を押さえる。

 病院で景光がさとるを傷つけているかもしれない。佐那は急いで病院に戻らなければと聡に近づく。

 瑠美奈は手を伸ばそうとしたがすぐに下げた。


(まにあわない。ここからびょういんまでわたしがどれだけがんばってもまにあわない)

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