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第105話 ESCAPE

 さとるは呼吸をしていなかった。包帯を巻いても生きてはくれなかった。


「……遅かった、です」


 涙が流れそうになるのをグッと堪える。

 此処で泣いてはいけない。ぐすっと鼻を鳴らす。


「大丈夫です。此処は守るです」


 数回翼を羽ばたかせる。まだ動く、寧ろやっと調子を取り戻したと風を起こす。


「すぐに戻って来るです」


 足がふわりと浮き上がる。誰かを救うことが出来ないのなら、誰かを傷つける存在を消し去ってしまおうと劉子は怪物がいる方へと飛び立つ。


『俺は、劉子には勝てないけどぉ。劉子以外には勝てるんだよぉ』


 景光は確かに影を操る事が出来るが瑠美奈を殺すことはできない。

 吸血鬼である劉子は、景光よりも優れた力を持っている。


「ンゴォオオォ!!」


 耳を劈くような雄たけびを上げる怪物に劉子は翼を羽ばたかせて俯瞰する。

 瓦礫をよじ登り病院を半壊させている。余り暴れられるとさとるが眠っている場所にも被害が来る。それに夜になれば、皆が戻って来る。早くこの怪物をどうにかしなければ。


「劉子は、戦うです。たとえ、意思のない相棒でもです」


 怪物に向かう。

 怪物が劉子に気が付くと大きな口を開き食べようとするのを容易に回避してその目に鋭い爪を突き立てた。


「ンギャァアアア!!」


 甲高い悲鳴。右目を奪う。身体が堅いのはひと目でわかるならば動きを視力を奪い鈍らせて徐々に削っていけばいいと劉子は翻弄するように飛び回る。

 痛みで暴れまわる怪物はデタラメに腕を振り回すとタイミング悪く劉子はぶつかってしまう。


「ぎゃっ!」


 瓦礫に叩きつけられ背中を痛めるがこの程度どうって事ないと起き上がろうとすると怪物が劉子の悲鳴で居場所を突き止めたようで巨大な足が振り下ろされる。


「ッ!? あがっ!」


 許容できない重量が劉子を襲う。

 骨が砕けているのではと思う程に潰され凸凹な瓦礫の上で圧迫され背中も傷つく。

 それでも起き上がり這い上がるように足から逃れて飛ぶ。

 ふらふらとまともに飛べないが逃げられないほどではない。


「景光さん、いい加減にするです!」


 大きく開く口に向かっていく劉子。片目が生きている怪物はその様子に好機と思ったのか口を開いたが口内に入る直前に劉子は怪物の口をガシリと掴み押えた。

 開き切る前に劉子の手で開閉が出来なくなる。劉子は自身の腕力で怪物はひっくり返すとどしんっと軽い地震が起こる。

 怪物は起き上がろうと四肢をばたばたとさせるが上手く起き上がる事が出来ない。

 劉子は一旦高く飛び上がる。夕暮れになりかけた空が見える。そして、俯瞰する先にいる怪物。その腹に向かって突っ込んだ。

 ずしんっと劉子は怪物の腹を殴る。腹は劉子の一撃に耐えきれなかったのか血が噴き出す。その微かな穴を見逃さずに劉子はもう片方の手を突き刺し強引に開いた。

 生温かい血が劉子の身体を汚す。怪物の咆哮を聞きながら腹を抉る。火傷してしまう程の熱さ。劉子の手は溶けてしまうのではと痙攣が起こる。


「っ……諦めるなです」


 小さな身体が飲み込まれていく。怪物の再生能力なのか劉子を取り込もうと赤い触手が劉子に絡みつく。

 痙攣する手で払いのけながら何度も抉り中を開く。

 開いた場所も再生していく為、幾ら内蔵を外に掻き出しても意味がなかった。劉子は徐々に飲み込まれてしまう。


 数分もすると完全に劉子は怪物の腹の中に納まってしまった。

 怪物はやっと痛みから解放され起き上がる事に成功する。


「ンゴォオオオッ!!」


 自身の勝利を確信したように咆哮した。……が暫くして身体が可笑しいと気が付いた。満足している。脅威である吸血鬼の娘を喰らってもう自身を殺す相手はいなくなったのだと愛する女も食べた。もう何も望むものはない。


 それなのに満たされない。

 こんなはずじゃなかった。


 そんな言葉が浮上する。怪物は暴れる。可笑しい満たされない。満たされるはずだった。何もかも全て手に入れる事で何もかもを壊す事で殺すことで満たされてこの飢えは消えるはずだった。飢餓感が膨れ上がる。


 怪物となってしまった景光ではその感情の意味が理解出来なかった。ただ捕食する為だけに、生き続ける為に、それなのにそれで良いはずなのに、足りない。何かが足りない。物足りない。

 物足りない。もう面倒なことは何もない。欲しいものは手に入れたのに……。


(劉子ぉ?)


 相棒がいない。ずっと傍にいた相棒が何処にもいない。当然だ。自分が殺したのだからいるわけがない。腹の中で消化されてしまうのを待つしかないのだからいるわけがない。


(違う。違う違う違う違う違うッ!! 俺は、劉子を喰う為にこんなことしたかったわけじゃねえよぉ)


 我に返った。

 自分がこんな事を、こんな姿をしているのは、何もかも食い尽くす為じゃない。

 B型を滅ぼした後、生きているA型を集めてひっそりと暮らす為だ。それなのにどうして自分はこんな正反対の事をしている。大切な相棒を喰らい、好意を寄せた女性を躊躇なく喰らった。


 怪物は暴れた病院を全壊させるように暴れ続けた。

 こんなはずじゃなかったと、後悔に苛まれて二度と人の姿に戻れない事に後悔する。


 片目の視力を失い、生きている目から涙が流れる。

 死ぬに死ねない。厄災が消してくれるかもしれない。

 早く厄災が来い。早くこの罪を罰してくれ。


「ンギャァアアア!!」


 突如として身体が痛んだ。腹が痛かった。

 どうしたのか分からずに叫び散らすと怪物の身体は内側から八つ裂きにされていた。


 そこから這い出て来るのは、真っ赤に染まった吸血鬼。


「……生臭いです」


 聞き覚えのある声。劉子は怪物の腹の中で喰い続けて来たのだ。

 血を飲み、肉を喰らい本来の力を発現させた。


 意識が朦朧とする怪物はその姿を見て何故か安堵していた。

 自分を殺した相手だと言うのに、これほどまでに嬉しいと思ったことはない。


「景光さん。もう終わりです」


 劉子が少し手を振ると怪物の身体は粉々の肉片へとなり飛び散った。

 もう再生する力も意味をなさないだろう。身体が八つ裂きにされ残された頭部は支えを失い落ちてくるのを劉子は抱きしめた。

 怪物の頭部は徐々に景光のもとになる。


 身体が無い所為で言葉を発する事は出来ない。右目を失っているが残った左目で確かに劉子を映していた。

 儡のように真意を読み取る事が出来ないのがこれほどまでに辛いとは思わなかった。


「やっと眠れるです」


 不眠症。眠ることで景光は死ぬ。だが、やっと眠れるのだ。

 眠ると言うことがどう言う事なのか分からない景光が生まれて初めて眠れる。


「やっと……自由になるです。もう逃げなくて良いです。あとは劉子が引き継ぐです。A型の皆さんを見つけて、劉子がA型の皆さんを守るです」

「…………」

「景光さん?」


 口が微かに動いているが、何を言っているか分からない。


『ただ……みんなと、いっしょに、暮らしたかったんだよぉ』


 何とか読み取れた。それが正解なのか分からない。

 分からないがそうだと良いなと劉子は思いながら景光の頭を強く抱きしめた。


「景光さんがいるだけで劉子は良かったです。何も望まないです」


 それが聞こえたのか分からない。ただ景光は満足げに微笑んで絶命した。


「……やっと眠れない日々からお別れする事が出来たです。劉子も長く起きていたい、で……す…………」


 ばたりと劉子は倒れた。久しぶりに本領を発揮した所為もあるが、何よりも行動限界が来たのだ。すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てる劉子だったが景光の頭だけは離さずに持っていた。

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