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第101話 ESCAPE

 劉子はさとるの手を引いて景光から逃げる。

 此処でB型は確かにさとるだけであり、景光が狙っているのはさとるただ一人。


「劉子君。お仕事の時間だよ」

「です。お二人は安全な場所に隠れるです」


 景光から逃れる為に二人は手近な扉に入り劉子が先を行く。


 押し込められた部屋は仄暗く明らかに病室と言うには埃っぽい。

 もう景光は劉子を追いかけて行ってしまっているから明かりをつけても問題ないだろうと棉葉は壁にあるであろうスイッチを探す。

 明かりがつくとそこには、物置部屋だ。


「必要なくなったものを入れて行く場所だね。処分しようとして忘れられた場所って感じ」


 棉葉が埃っぽい事に顔を顰めている。だが此処から出たら景光に見つかってしまう為、此処で劉子が片付けてくれるのを待っているしかない。


「うわっ!」

「さとる君?」


 突然、聞こえて来たさとるに悲鳴にどうしたのか棉葉は駆け寄ると人体模型に下敷きになっているさとるがいた。


「何を遊んでいるんだい?」

「あ、遊んでないです!」

「そう。じゃあ、人体模型に潰されるのが好きって事かい? 流石の私もそこまでは知り得なかったよ。日々精進だね!」

「だから違いますって!」


 さとるを揶揄うのもほどほどに棉葉は人体模型を起き上がらせてさとるを助ける。よく見ると人体模型の他にも人工呼吸の練習をする人形もある。


「病院なのか、理科の実験室なのか分からないね~」

「劉子さん、大丈夫かな」

「あの子は景光君と一緒に生活していたし大丈夫じゃない? あの子の心配より自分の心配じゃない? 君が死んだら、瑠美奈君を説得しに言っている聡君も死ぬ。つまり、佐那君を守る人はいなくなって、鬼殻の手に落ちる可能性があるって事だよ」


 此処で死ねば、佐那は一人になり瑠美奈を説得する以前の問題となってしまう。


「どうしたら良いんでしょうか」

「劉子君が景光君を殺すのを待ってるだけだって」


 どうにかしたいがどうする事も出来ない。


「さっきの話と同じ。君が戦えるようになったら死ぬ」


 さとるが死ぬと聡も死ぬ。さとるは大人しく物置の中でじっとしているしかない。


「……っ。いや、僕にも出来る事があります!」




 一方で景光に追われている劉子は、見知らぬ病棟に来ていた。

 病院に詳しくない劉子はとりあえず、さとるから離すことは出来たと安堵する。


「景光さん、考え直すです!」

「何にぃ?」

「B型は皆が皆悪い人じゃないです。もっと寄り添うべきです」

「寄り添って結局殺されんじゃんよぉ。知ってるか? 劉子ぉ。俺たちがどんだけ頑張っても意味がない。厄災を消したら俺たちは結局、殺されるんだよぉ」

「廬さんがどうにかしてくれるです。だから、もうやめるです」


 新生物が死ぬのはもう過去の話だ。今は大丈夫だと劉子は言う。

 しかし景光はそれを認めたりしない。罪もない仲間が死んだのは事実だ。


「なんだって良いんだよ。もう俺たちは敵って事で」

「……です。問答無用です」


 劉子はその背に人間では持ちえないものを生やした。

 黒い膜の張った翼。鋭い牙に灰色の瞳が怪しく光る。

 敵と言われているのならもう逃げるのはやめた。劉子は本来の姿を晒した。


「劉子は、瑠美奈さんの従姉です。瑠美奈さんの従姉らしく頑張るです」


 夜の支配者の娘。東ヨーロッパから徐々に世界中に恐怖を与えた怪物。


 吸血鬼。


 瑠美奈が日本の鬼ならば、劉子は海外の鬼。互いに鬼同士従姉妹同士だ。

 それは鬼殻にも言えたことだが、劉子が気に入っているのは瑠美奈だった。


 ふんわりと空中に浮いたと思えば途轍もない速さで景光に向かった。だが景光もただでは喰らってやるものかと影の中に隠れる。しかし、劉子はその事も読んでいた為に蠢く影を手で押さえると景光は地上に戻ることも影を動かすことも出来なくなった。


「このまま死ぬです?」


 出来る事なら殺したくない劉子は景光にこちら側で手を貸してほしいと言うが了承の様子はない。

 かつては相棒だった。今は敵同士。誰の所為でもないのに、どうして喧嘩しているのだろうかと劉子は悲しくなる。

 このまま劉子が手を振り上げたら終わると行動に移そうとした時だった。


「あまーい」

「!? ぐぅっ」


 景光が劉子の頭を掴んで床に叩きつけていた。


「俺は影を操るんだよぉ? 劉子の影の中にも入れるに決まってんじゃん」

「景光……さん、っ」

「劉子の本気を見たら俺もつい本気になりかけたぁ。さて、俺はB型を殺さないといけないから此処で劉子を殺しても良いけど、生憎君に怨みはないんだ。だから」


 翼の根を掴み景光は強く引いた。


「ギィ!? やめっ」

「翼を折られた鳥はどうなるんだろぉ。もっとも蝙蝠が鳥なのかわかんないけど」


 ミチミチと劉子の翼がちぎられる。左翼が劉子の背中から引き離され血と共に引き剥がされた。眠気も吹っ飛ぶほどの激痛。劉子の断末魔が病院に響くのは当然の事だった。


「痛いっ景光さんっ。やめてです!」

「敵同士なんだから情けは無用だろぉ? 次は残った方を取る。そうしたら俺の速さには付いてこられない」


 右翼を引き剥がそうとすると「こっちです!」とさとるの声が聞こえた。

 振り返ればさとるが膝を震わせて立っていた。


「僕が狙いですよね。劉子さんを殺す必要はないですよね」

「……それもそうだねぇ。なら死んでくれるの?」

「ぼ、僕を捕まえることが出来たら素直に殺されます」


 鬼ごっこで勝負だと言ってさとるは走り出した。

 暫く痛みで動けないであろう劉子を一瞥して鬼ごっこを開始する。


 さとるは、持久走は当然と得意じゃない為、景光にはすぐに追い抜かれて呆気なく捕えられてしまう。そうなる前にとさとるは急いで走った。

 後ろから音もなく迫り来る景光にさとるは必死に足を前に突き出す。


 息が上がる。呼吸が乱れる。足がもつれそうになる。

 逃げなければ、劉子を救ったのだから自分が救われるなんて思ってはいけない。



 さとるが走って行き着いたのは、入り口に少し段差のある部屋だった。

 景光も続けて入室する。真っ暗な部屋だったが廊下から少しだけ光が差し込んでいる為、部屋の中はかすかに見えている。景光が影から地上に戻って来ると自身の髪が濡れていた。気にせずにさとるを探すと部屋の奥の方に隠れているのに気が付いた。


「ねえ~。そこで隠れてるのダサい」


 男ならもっと強気で来いと景光は奥に行き、さとるの服を掴み上げた。


「ほーら、捕まえたぁ…………あ?」


 景光が掴んだのは、さとるの服を着た人体模型だった。

 それに気が付いた時には既に扉が閉じられる瞬間だった。


「俺を騙したのかぁ!!」


 影に入り外に出ようとするが間に合わず扉にぶつかり激しい音を立てる。

 再び地上に戻り景光はバンバンっと扉を殴った。


「開けろ!!」


 一切の光がなく景光は影に入ることも扉の隙間から出る事も出来ない。

 影を強みとしている景光は光が無ければ力を発動できない。

 そこですぐに明かりをつけようと壁に手を沿わせた。凹凸を見つけてやっとこの暗い部屋から出られると明かりをつけた。


「ッ?! ア"ぁ"ア"ア"あぁッッ!!!!!」


 部屋に焦げた匂いと僅かな火花が散った。濡れた景光に電流が流れる。

 雷撃の激痛に景光は状況を理解する前に感電する。

 扉の向こうから棉葉の声が聞こえる。


「君の弱点は光のない所であり、さとる君が無力ながらに此処まで君を誘導した。君はまさか、さとる君が此処までの仕掛けを短時間で作っているなんて想像していないだろうから、簡単にこの部屋に入って来る。そして、さとる君の服を着た人形を見つけて罠だと気が付いた時には君は既に電気部屋の虜ってわけさ!」


 段差がある事でこちらに電流が流れて来ない。そして、棉葉と協力して水を敷き詰めた。景光が影で移動していたとしてもさとるを捕まえる為に一度は地上に出て来る。もし出てこないで影の状態で出入りしたらさとるは死ぬ覚悟をしていたが、運が味方してくれた。

 無事に計画通り景光は部屋に入り人形に気をとられているうちに扉を閉める。

 そして明かりを求める為にスイッチに手を伸ばすのは当然の事だ。此処で、さとるがまだ部屋にいる状態でも死ぬ覚悟はあった。

 さとるを殺すチャンスが二度、景光には合ったが全てさとるの思惑通りに事が進んだのだ。

 これは力技ではなく、知能で勝ったと言える。

 扉の中では焦げた匂いがする。景光がスイッチを切らなければ電流は流れ続ける。

 景光は自分で自分を焼き殺そうとしているのだ。

 もうこれでは、ブレーカーを落とさない限り景光を救う術はこちら側にはない。


「……っ。ごめんなさい」


 さとるが呟いた。まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。足を犠牲にする覚悟だった。言わずもがな聡にも被害は出ているが、それでも殺しに特化した特異能力を持ったA型とやり合って無傷など奇跡とさとるは思った。

 そして、そんな型は違えど同族を焼き殺そうとしている。

 恐ろしくなった。自分で考えたことだったが人を今、殺そうとしている。


「ごめんなさいっごめんなさい……。僕なんてことを」

「後悔をするならやらなければ良かったのにね~」


 頭を抱えて絶望に打ちひしがれるさとるを横目に棉葉は笑っている。

 人が死んでしまうかもしれないのに笑っている。


「でもま、仕方ない事さ。命を狙っている以上、相手だって死を覚悟していたはずだしね」


 景光だって死を覚悟していた。さとるを殺したら聡と佐那を殺しに行くつもりだったのだろう。此処に来たのは相棒がいるから。


「……僕は、A型の人と接点はあまりないです。だから彼らが僕たちを怨んでいるのは良く分からないけど……っ」

「人間は等しく仲良しにはなれないのさ。私が廬君に好かれていないようにね」


 だから気にする事はない。万人に好かれることは不可能だ。

 万人に聴かれる音楽が無いように佐那だってどれだけワールドツアーをしたって嫌う人は出て来る。仕方ないと言えばそれは逃げだが、同時に心を守ることになる。


 暫く後悔に苛まれていると景光がいる部屋が静かになった事に気が付いた。

 もう死んでしまったのだろうかとさとるは顔を背けた。

 部屋を開ければさとるも感電してしまうと触れないようにその場を離れた。

 劉子の手当をしなければと心の残る罪意識に押しつぶされながらも足を前に出した時だった。


 破壊音。もしくは破裂音が聞こえた。

 棉葉もこれには予想外だったようで驚愕してさとると同時に振り返った。

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