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【番外編】マレビト来たりし番外地【裏設定】  作者: 真野魚尾
ifストーリー

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36/59

現代編:分岐点……その先へ。

 あの夏、夕暮れの校舎で、


「それってもしかして、告白?」

「……そうだよ。俺は、(さな)()さんのこと――」


 入山(いりやま)(けん)()は一世一代の告白をした。




  *




 あれからもう五年が過ぎた。

 二十一世紀が訪れ、世界は確実に前へと向かっているのに。

 それなのに、「俺」はちっとも前に進めてはいない。


「496円になります」

「……あ、ごめん。一万円で」


 高校の時から働いていたコンビニでのバイトも、もうベテランの域だ。


「ありがとうございました」




 ――ごめんね。私、宇野(うの)(みや)くんが好きだから……。




 フラッシュバックする真田(かおる)の声が本当に正確な記憶なのか、歪められた記憶なのか、最早区別がつかなくなっていた。

 あれ以来、彼女とは顔を合わせてすらいない。




 帰宅して、上着も脱がず、ベッドに身を投げ出す。


「入るよー」


 妹の声だ。


「何?」

「ハガキ来てた。献慈の」

「……同窓会?」

「知らん。あと、十五日どっか出かけてて。ウチ彼氏来るから」


 用件だけ告げてさっさと行ってしまった。実家住みは肩身が狭い。

 上着をハンガーに掛け、テレビを点け、時計を見る。無意味な時間稼ぎだ。


(何だって今さら……)


 おずおずとハガキに手を伸ばす。


(……幹事…………『宇野宮碧郎(へきろう)』……)




  *




 会場は、カジュアルなイタリアンレストランだった。

 たまたまイタリアンが食べたくなっただけ、今日はただの気まぐれだ。


「何気にすごくね? 全員出席とか」

「それな。幹事優秀すぎる」

「酒はナシねー。車の人いるからー」


 会話に加わることなど、とてもできそうにない。元より、同じ教室にいたというだけの別階級の人間たちだ。

 むこうから声をかけられれば話は別だが。


「よっ。マッケンジー先輩」

「……峰岸(みねぎし)……さん?」


 高校三年間、なぜか一緒のクラスだった女子生徒。事あるごとにちょっかいをかけてきたのを、昨日のことのように思い出せる。


「相変わらずお一人様? ヘッキー呼んで来る?」

「いいって。メシ食いに来ただけだから」

「ちゃんとこっち見ろし。……ど? ウチ可愛くなったっしょ?」


 社交的な割に、当時は髪も染めておらず地味めな外見だった。それが今はすっかり垢抜けている。


「ん……まあまあ」

「マ!? んじゃ付き合うか」

「それはいい」

「メアド交換しようぜ」

「それもいい」

「……んだよ! もう!」


 もしかすると、これも分岐点だったのかもしれない。

 だが入山献慈とは、そうしたチャンスをも平気でふいにしていく男なのだ。


「くそー! フラれたー!」

(ひめ)()がっつきすぎ。パイセン怯えてっから」


 言い得て妙だった。献慈は、恐れているのだ。




 高卒後、隣県の音楽専門学校に入ったはいいが、一年持たずに中退した。

 ただ好きというだけで目指した道の、ほんの入口で、本物の才能をいくつも目の当たりにした。

 あまりにも場違いで、滑稽だった。




 おめおめと逃げ帰って来た者への、罰。


「そういや剣道部に真田先輩っていたじゃん? あの人今、駅前の交番勤務らしいよ」

「あー、知ってる。オレ職質されたし」

「は? ……は?」

「近くで見たらめっちゃ可愛かった」

「職質どしたよ? 今サラッと言ったけど」

「そのまま逮捕されっかどうか迷ったわ」

「オマエの職質された経緯が謎」

「あれ絶対ポスター盗まれるレベルな」

「職質……」


 こうして聞き耳を立てていると、教室の机に突っ伏していたみじめな学生時代がよみがえってくるかのようだ。

 こんなとき、あの頃ならば――


「おいおい、今日は元気ねーなー? 献慈」

「……碧郎」


 二年ぶりに会った親友は、何も変わっていなかった。

 変わっていないが、きっと前には進んでいる。


「来てくれて助かったわー。お前全然連絡よこさねーし」

「……悪い。ケータイ変えたり、いろいろ」

「ホントかよ~? 年賀状の返事もずっとくれなかったじゃん?」

「年賀状……絵、上手くなったな。いや、失礼か。プロ相手に」

「んなことねーよ。お前に褒められんのやっぱ元気出るわ。サンキュな」


 碧郎はグラフィック系の専門学校に進み、卒業後は絵の仕事に就いた。

 今は――在学中からの縁で、インディーズバンドのカバーアートやイベントのポスターなどを手掛けている――と年賀状には書いてあった。


「べつに……俺は……何もしてないから」

「何もしてないって?」

「そのまま。何もしてない。フリーター」


 この男は、わかっているのだろうか。


「で? 今もメタルは聴いてんだよな?」

「聴いてるけど……それ関係ある?」

「ある! ギターも続けてんだろ?」

「まぁ……弾いてるよ」

「んじゃ良し! 何も問題ねー!」


 やはり、わかっていないのではないか。


「良くないって……ただの惰性だよ。弾かずにいられないから弾いてるだけで」

「いいじゃん、そういうの。カッケーよ、むしろ。オレクラスになると時間なくてドラム叩けねーとか言い訳すっから! カッコワリっつーの!」

「……フッ」

「ギャハハ!」


 どちらでもよかった。親友と笑い合える日がまだそこにあったことを確認できたのだから。


「っつーか何で地元(こっち)戻って来たし? 隣県(あっち)で一人暮らししてたんだろ?」

「そりゃまぁ、いろいろ……」


 負い目も何もかも、碧郎になら吐き出せた。




「あー、わかるわー。専門って、技術習う場所じゃねーのな。元々デキるヤツらが、その技術をメシの種にする方法学ぶトコっつーか」


 そうと知りながら挑んで、挑み続けて、乗り越えた者の姿は眩しかった。


(お前は……カッコ悪くなんかないよ)

「……でよー、これ。献慈さえよければ考えといてくんね?」

「何の話?」




  *




 帰り道を歩く間、頭の中をずっと親友の言葉が回り巡っている。




 ――メタル詳しいヤツいねーらしくてさー、連載枠空いちまうんだわ。




 原稿さえ送れるなら、このまま実家にとどまるのも問題はないらしいが。


(地方雑誌のライターか……急な話だな)


 編集部のある隣県にいたほうが何かと都合がいいだろう。幸い、短期間とはいえ住んでいた土地でもある。

 今こそが踏み出すべき時ではないのか。


(……いつまでも尻込みしてたんじゃ、前に進めなくなる)


 立ち寄った公園のベンチに腰掛ける。街灯の下で、碧郎から貰った雑誌のサンプルをペラペラとめくってみた。

 後半に固まったコラム記事。ページを遡る。見知った楽器屋やライブハウスの紹介。前半には怒濤のグルメ記事。


(うぐ……張り切って食べすぎたか)


 ベンチに横になる。こんな時間だ。どうせ人通りも少ない。

 と、思っていたのだが。


「――だから! 仕方ないんだってば!」

(……独り言か……? いや)

「カノジョと同棲するからってドタキャンされて……うん」

(……ケータイで話してるだけか)

「お父さん先に連絡しとけばさぁ! せっかく迎え来たのに……」


 背の高いスーツ姿の女性が、こちらへ近づいて来――


(えっ? 嘘だろ…………え、えぇえええぇ――――っ!?)

「……わかった。今から電しぃひゃあぁああああ――――ッッ!!」

「むぐぅ……っ!!」


 座り込んで来た女性の臀部が、献慈の顔面へとのしかかった。

 からの、土下座。


「ごっ……ごめんにゃしゃはいっ!! よしょ、よそ見して、してまして!」

「……いえ、俺こそ。こんな所で寝ててすみませんでした」


 長い黒髪と鳶色(とびいろ)の瞳が、一目見ただけで深く脳裏に刻まれた。


「……あ。その雑誌、私の地元。あなたも?」

「え、これはその……」

「……?」

「…………近いうちに引っ越そうかと」


 止まっていた時の、その先へ。献慈は再び歩き出す。

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