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【番外編】マレビト来たりし番外地【裏設定】  作者: 真野魚尾
第六章

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第91.5話 青春は一度きり

 華奢な背中へ垂れた亜麻色の髪、飾りっ気のない三つ編みがかすかに揺れる。

 皆が去った後の調理場で、女将は一人食器を洗っていた。


「手伝いましょうか?」


 (けん)()が声をかけると、オリーブ色の瞳がこちらを向いた。


「ンァ? 今日ワタシ当番なだけだから気にするナ。それよりオマエ、カノジョほっといていいのカ?」

「澪姉は……(ラーメン三杯平らげて)部屋で休んでるので」

「そうカ。ありがとナー」


 少女然とした屈託のない、それでいてどこか儚げな笑顔だった。


「お構いなく」


 献慈はシャツの腕をまくり、流し台に向かう。


「…………ンー……」

「…………」

「……ナカナカ筋がいいネ」

「どうも」

「フフッ……」

「…………」

「…………」

「♪~ヤスタデ~イ、ノォーゥ! ィヤスタデ~イ、ノォーゥ!」

「ンァッ!? イキナリ何の歌ヨー?」

「あ、すいません。静かだったのでつい……」


 不思議な安心感からか、思わずいつもの癖が出てしまった。


「そうだったカ。ワタシも急に黙ったりして悪かったナ」

「いえ、そんな……」

「思い出してた。ついこの間まで、リョージと二人でこうして並んで……料理作ったり、お皿洗ったりしてた。リョージ初めて会ったのトキ、ちょうどオマエと同じぐらいの歳だったナーって」

(『ついこの間』――か)


 エルフとヒトとの間に横たわる時間の流れが一様ではない事実を、献慈はこの時垣間見た思いがした。


「リョージ若いの頃、たくさん、たくさん愛してくれた。一日中……愛してくれた。でもリョージ、大人なってくつれて、いつの間にか距離取られるなった」


 二人の手はとうに止まったままだった。

 蛇口から流れ落ちる水が、どんぶりの縁を虚しく打ちつけている。


「だんだんリョージ、お兄サンみたい、お父サンみたい態度取るなった。ワタシ子ども扱い……もう抱きしめてくれない。愛してくれない……だから、ワタシ……」


 小さな肩が、震えていた。


「ピロ子さん……」

「ワタシ頭きた!! だからリョージのヤツ、叩き出してやった! ザマーミロ!」

「えぇ……」


 絶句する献慈をよそに、ピロ子は溜め込んでいたであろう怒りをあらわにする。


「人をソノ気させといてホッタラカシするのほうが悪いヨ! ゆっくり頭冷やして、オメオメとワタシところ戻って来ればいいヨ!」

「言いにくいんですけど……戻って来てないですよね?」

「ウッ……タシカニ。でも手紙はショッチュウ寄越すだから、たぶん未練タラタラ……と思う。きっと帰って……来て……ほしいだけど、どうすればよいかワカラナイ。ナァ、何でだ? ソモソモ、どうしてリョージ、ワタシ遠ざけるなった?」


 こうもしおらしく出られては、茶化すのも気が咎める。かといって、適切な助言を与えるだけの自信も経験も献慈にはない。

 今はただ、率直に答えることだけが誠実となりえた。


「両児さん、遠慮してるんだと思います。自分がどんどん大人に、おじさんになっていくのに、ピロ子さんは若くて可愛らしいままだから……」

「ン? どうしてワタシ可愛いのに遠慮する? ワタシ街歩くと、オジサンたちに大人気ダゾ? たまに写真撮らせてくれトカ頼まれるだし」


 お願いだから真面目に話をさせてくれ、と献慈は思った。


「そ、そういうところが問題なのかと……。両児さんは多分、そんなオジサンたちみたいになりたくないって思ったから……」

「ナルホドー。リョージ自分オジサンで恥ずかしいだから、ワタシに手出せないなったダナー? ソッカー。ういヤツういヤツ」

「…………。何かもう……それでいいです」


 ピロ子が嬉しそうなので、献慈はその結論を受け入れることにした。




 二人は食器をすべて洗い終えていた。晴れ晴れとした面持ちで、ピロ子は献慈に礼を告げる。


「フゥ……今日はナニカト世話になったナ。リョ……ケンジ」

「皿洗いぐらい、お安い御用ですよ」


 献慈は返すも、ピロ子はかぶりを振った。


「ワタシ、決心ついたヨ。もう少しリョージの気持ちも聞いてみるって」

「あぁ……」

「前みたいにはいかないくても、新しいの関係築けるかもしれない、考えられるなった。それにコノ先……リョージがお爺サンなって……最期まで看取ってあげられる、ワタシだけ思うだから」


 ピロ子は小さな花瓶に水を注ぎ、小窓の前に吊るされたハーブスワッグから香草を一本、その中へ挿した。


「〈漏刻(クレプシドラ)〉――」


 囁く唇に触れた指先が、香草の茎をそっと撫でた。青々とつやめく葉っぱを押しのけるように、鈴なりになった黄色い小さな蕾たちが一斉に花開いてゆく。


「それって、たしか……()(はん)(そう)

「生き急ぐのも、足踏みするのも自由だけど、時間巻き戻すだけはデキナイ。……青春は一度きりヨ」


 そう言って女将は、恋人の部屋へ向かおうとする少年に花瓶を手渡した。

 逆光のせいだろうか。あどけなかった彼女の顔立ちが、心なしか大人びて見えた。

お話のつづき


【本編】第92話 意気地なしなんかじゃない

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