【5月23日 16:12分】
飛鳥に乗せられ、成り行きでラジオの調査をすることになった祐希と健介。
人気もまばらな放課後の図書室。
三人は図書室の奥にあるテーブルを陣取ると、そこで初めての会議を始めた。
初回から色々な意味でダルそうな二人だが、祐希はともかく健介は自由研究の話がなければ確実にサボっていただろうという雰囲気であり、既に帰りたさそうにしている。
調査は飛鳥を中心として話が進められ、まずは状況の整理が行われた。
「さぁ、まずは状況を整理しましょうか。ラジオから声が聞こえるのは旧校舎だけ、旧校舎の外に持ち出すと声は聞こえなくなる。そしてその声は助けを求めている…ラジオのことで今ハッキリしていることはこの三点ね」
「なぁ、ちょっと待てよ。あれが人の声だってわからないだろ? 先生達が言ってたみたいに俺達の聞き間違いかもしれないぜ」
「またその話…」
状況を整理する飛鳥に、そもそも自分達が聞いたのが本当に人の声だったのかと再び尋ねる健介。
直接自分の耳で声を聞いているのにも関わらず、正体不明の不気味な音声よりも教員達の言うようにそれが聞き間違いだったという説も支持していたのだ。
しかし、その健介の問いに飛鳥は冷静に返答する。
「それはあり得ないわ! 私達三人を含めて最初は先生達も声だって言ってたじゃない! 大人達は理解できないから色々理由をつけて否定しただけよ。百歩譲って最初の声は聞き間違えだったとしても、特に二回目に旧校舎で聞いた声は全員が同じ声を聞いているじゃない」
ラジオの声を聞いた全員が人間の声と判断し、声の内容についても同様の理解だったことからラジオの音は確実に人の声だったと主張する飛鳥。
だが、それでも祐希達は完全に納得しなかった。
「でもさぁ…俺もあれが声だったことは認めるけど、あれから一回も聞いて無いんだぜ? ちょっと自信なくなってくるよ」
「あれを忘れる? 二人とも忘れたいだけじゃないの?…怖いから…」
「だから怖くないって! 何度も言わせなよ!」
二人が恐怖から意図的にラジオの声を否定していると考えた飛鳥だが、それと同時にできれば調査のためにもラジオの声をもう一度聞きたいと自分自身も考えていた。
すると飛鳥は怒る健介を無視し、教師達が持っているラジオを手に入れられないかとボソりと口走る。
「…そういえばあのラジオは今どこにあるのかしら? 捨てられてないといいけど…あぁ、あのラジオがあれば手っ取り早いのになぁ」
「お、俺はもう聞きたくないぞ! どっちでもいいけど不気味なんだよアレ…怖いってよりもあの声が気持ち悪いっていうか」
正直、もうあのラジオの声を聞きたくなかった。
立花は調査のために欲しがってるけど、俺はできればもう自分で二度と聞きたくない。
「はぁ、とりあえずあのラジオを入手するのは難しそうね。一先ずあれは【声】だったと仮定して調査を進めましょうか…これから旧校舎の中を探索よ! 声の手がかりを探さなくちゃ!」
「えー今から旧校舎に行くのかよ?」
「ここで話だけしていても意味がないでしょ? 今みたいに言い争うだけじゃない。それに、今日はちょっと試してみたいことがあるのよ」
「?」
結果的にラジオの入手は諦めてくれたけど、立花の判断でラジオから聞こえてきたのは人の声と仮定され、俺達はそのまま旧校舎に向かうことに。
しかも、立花は何か企んでいる様子だった。
どうやら手に持っている手提げに何か秘密があるようだ。
「さっきから大事そうに持ってるけど、何が入ってるんだ?」
「秘密兵器よ。旧校舎に着いたら教えてあげる!」
「?」
手提げのことを祐希が指摘すると、笑みを浮かべながらもったいぶる飛鳥。
結局、その場で中身はあかされずに三人は旧校舎への移動を始める。
「あぁ良かった! 昨日の騒ぎでもし封鎖されえていたらって思ってたけど杞憂だったわね」
旧校舎の前まで来ると、昨日同様に解放されている様子を見て安堵する飛鳥。
まだ生徒達の立ち入りは制限されておらず、旧校舎への立ち入りは基本的に出入りは自由な状態だった。
そもそも朝礼で南雲も口にしていたが、声の騒ぎが理由で引っ越し作業自体も完了していない状況なのだ。
「まだ荷物残ってるんじゃないのか? 先生も上級生で何かするって言ってたし」
「ラジオのことばかりで忘れてたわ…それじゃ行きましょうか!」
飛鳥を先頭に、そのまま旧校舎の中に足を踏み入れる三人。
祐希は整理が中途半端な状態の旧校舎を見渡しながら、また授業の代わりに整理に駆り出されるなら体育以外がいいなと考えながら足を進める。
(どうせ潰れるなら理科か算数がいいかなぁ…)
それから暫く校舎の中を進んでいると、健介が何を調査するのかと飛鳥に尋ねた。
「なぁ、さっきの試したいことって何だよ? わざわざ旧校舎まで来てよ」
「…これを使えるか確認してみたかったのよ」
文句を言う健介にそう返答しながら、昨日に一番強く声を聞いた旧校舎の階段付近で手に持っていた手提げ袋から何かを取り出す飛鳥。
そして、手提げから取り出された【秘密兵器】を見て祐希と健介が思わず声を上げる。
「うわぁああぁ!」
「お、おい! なんでソレがココに? 盗んだのか!?」
二人の視界の先には、なんと昨日の騒ぎの元凶でもあるラジオがあった。
実際にはそれは【よく似た古いラジオ】なのだが、細かい違いなど咄嗟に判断できる訳もなくラジオを目にして驚く二人。
「どうしたの二人とも? そんなに驚いちゃって…フフフ」
「お前! さっきラジオは手に入らないって言って―」
「【あのラジオ】がでしょ…」
「!?」
二人の慌てふためく反応にクスクスと笑う飛鳥。
その直後に取り出したラジオのことについてネタばらしを始める。
「…安心しなさい。これはあのラジオじゃなくてウチのおじいちゃんのラジオなの。わざわざ借りて来てあげたんだから感謝してよね」
「え? 別のラジオなのか…えっと、つまりそれを代わりに使うってことか?」
まさか立花が似たようなラジオを持ってくるなんて思いもしてなかった。
絶対にあのラジオだと思ったから、色々な意味で驚いて心臓がまだドキドキしている。
自前のラジオだと聞き、ホッとしつつも教師達が持っているラジオの代替品として使うのかと尋ねる祐希。
すると飛鳥は黙って頷くと、他の理由についても語り始めた。
「あのラジオが特別なのか、それともラジオならなんでもいいのかも知りたかったのよ。それに多分同型だから機種違いで受信できないこともないハズ」
そう言いながら持ち込んだラジオのスイッチを躊躇なく入れる飛鳥。
「わぁ! 急に電源入れるなよ!」
「こ、心の準備が!」
ラジオからノイズ音が鳴り響き、それを聞いた二人は反射的に構える。
「ッ!?………」
「さて、あの声は聞けるかしら…」
期待を胸にラジオのスピーカーに耳を当てる飛鳥。
だが、ラジオからは耳障りなノイズ音は聞こえるものの、いくら耳を澄ませても例の不気味な声が聞こえて来る様子はない。
その後、ラジオの設定を弄りながら色々な周波数で試行錯誤するが、昨日の現象が再現されることは一度も無かった。
結論としては代替品での再現は不可能だったのだ。
「……駄目…何も反応しない。どうやらあのラジオじゃないと声は聞こえないみたいね。まぁ、それが分かっただけでも収穫かな…いや、そもそも発信源が失われていたら…うーん、やっぱりあのラジオがないと結局何も調査が進まないのかなぁ」
一人でブツブツと独り言を呟きながら思考する飛鳥。
発信元自体が既に失われている場合も考慮し、やはり手っ取り早く現象を調査するためにはやはり例のラジオが必要不可欠だと考える。
一方、代替品のラジオで昨日の奇妙な現象が再現されなかったことに顔を見合わせながらホッとした表情を浮かべる祐希と健介。
「な、なぁ…もうこの辺で十分じゃないか立花。いつまで放課後に旧校舎を探し回るんだよ…折角のラジオも空振りだった訳だし…なぁ、祐希?」
「…うん。他のラジオでダメならお手上げじゃないかな」
飛鳥がラジオを弄っている最中は酷く緊張していた祐希と健介だが、何も起きないと察するや否やもう帰ろうと言い出す健介。
そもそも健介は元から調査には消極的であり、無意味に旧校舎を探す気力も無かったのだ。
それは祐希も同じであり、健介ほど投げやりではない様子だが早々に調査の手詰まりを指摘する。
「ちょっと、まだ何も解決してないじゃない! 声の正体もラジオの秘密も!」
「いや、もう適当に幽霊の仕業とかって報告しようぜ…ほら、テレビとかでも最近よくやってんじゃんか」
「あー確かに最近よくやってるよなぁ」
自由研究を適当に切り上げたい健介は、ラジオから聞こえた音をいっそ心霊現象として報告しようと提案する。
その当時、90年代初頭からちょっとしたオカルトブームが始まりかけており、世間的なブームを逆手にとって話題性のある心霊現象をでっち上げようと言い出したのだ。
すると、それを聞いた飛鳥の態度が目に見えて不機嫌になる。
「あり得ない…そんなこと出来る訳ないでしょ! 私に嘘の報告をしろって言うの?しかも、そんなことしたら調査する意味ないじゃない!」
「なにムキになってんだよ! そもそも俺は声の正体とかどうでもよくて、自由研究の宿題が減るから話しに乗ったんだ!あと、全然ビビってなんかないからな!」
「二人ともやめろって…」
飛鳥と健介が火花を散らす中、慌てて二人の仲裁に入る祐希。
唯一この場で双方の主張が理解できる祐希なのだが、それ故に飛鳥にその場で選択を迫られる。
「ねぇ、祐希くんはどうなの? ラジオの声…ちゃんと正体を知りたくないの!?」
「えっ…俺は…」
声の正体自体は俺も気になっていたが、それを自分達で突き止める行為自体は最初から乗る気じゃなかった。
つまり【ラジオの件は気になってるけど、自分で探るのは怖いから嫌だ】というのが俺の本音だ。
でも、そんなことを立花に言えば嫌われるかも…どう答えようかと再び悩んでいると、ふと健介の言っていたことが頭に浮かぶ。
(他の奴に調査させる…テレビの心霊特集…そうだ!)
何かを閃いた祐希は、言い争う二人にある提案を持ち掛ける。
「あ、あのさ。このラジオの話をテレビ局に送るってどうかな? 健介も言ってたけど、最近そういう番組多いからさ…その…番組で取り上げてくれるかもって…思ったんだけど。そしたら霊能者とか来て解決してくれるんじゃないか?」
『…』
祐希の突拍子もない提案を聞いて真顔で黙る二人。
一寸の間をおいてそれぞれ返答する。
「いいわねそれ!」
「面白そうじゃん!」
その場しのぎの提案のつもりが、意外にも二人からは肯定的な意見が返ってきた。
健介はともかくとして、立花はテレビなんてインチキだと言うかと思ったら、予想外にノリノリの様子だ。
「そうと決まれば早速応募してみましょうよ! テレビ局の人の目にとまれば専門家が来てくれるかもしれない…」
メディアの力を使ってラジオの秘密を解き明かせないかという斜め上の結論に至った三人。
思ったが吉日と言わんばかりに飛鳥はその日の調査をそこで打ち切り、二人にさっさっと別れを告げて帰っていく。
「手紙の方は私の方で出しておくわね! どの局に送るのかは任せてね!」
当時、インターネット環境や携帯電話などが普及していない頃は手紙が主な連絡手段の一つでもあった。
飛鳥はテレビ局宛に手紙を送る役を引き受けると、そう言いながら旧校舎の入り口の方に向かって足早に駆けていく。
「行動力だけはスゲェよなアイツ…というか立花ってそういう番組も見てたんだな」
「確かに意外だった。しかも、なんか応募する番組も決めてる感じだったし…」
飛鳥の反応に驚きながら、旧校舎の中に残された二人もそのまま帰路につく。
そしてその帰り道、ふと健介が本当にテレビ局がやってきたらどうするのかと祐希に尋ねた。
「で、ホントにテレビ局が来たらどうするんだよ祐希?」
「昨日もそんな話をしてなかったか健介? でも、テレビ局なんて来るわけないだろ。今は証拠も何もないんだから…あれだけでこんな田舎までこないって…」
さっきは咄嗟に提案しただけで、本気で俺はテレビ局に頼る気は無かった。
それにラジオの話だけでテレビ局が取材に来るなんてあり得ない。
ラジオの声を録音したカセットでもあれば可能性はあったかもしれないけど、そんなものは用意していないのだから。
あと、立花の性格を考えると嘘の証拠で呼び出すことも考えられなかった。
「だよなー。でも、テレビに出れるのは凄く無いか?」
「えっ!? 心霊特番のインタビューで顔出しとか嫌だろ流石に…親にも怒られるぞ」
「そ、そうだな…アハハ…」
「だろ? でも、立花はあの性格だからモザイクあってもクラスの連中にバレそうだよな~」
「確かにな! アハハ!」
その場凌ぎの提案だったハズのテレビ局への応募。
健介と他愛もない笑い話をしながら帰路につくこの時の祐希は、取材の応募をしても絶対に無駄だと思っていた。
だが、事態は予想外の展開に発展していくことになる。