【5月23日 8:50分】
ラジオの怪音騒ぎの翌日。
前日中に旧校舎の捜索を終えた校長から、早朝の職員会議でラジオの件についての報告が行われた。
どうやら警察沙汰にはならなかった様子であり、その報告は各教師陣を通して全校生徒にも共有される。
「えーそもそも、ラジオから聞こえてくるのは人の声じゃないんだ。そういう風にたまたま…人間の耳で聞くと人の声に聞こえるだけで、実際には旧校舎のドコかにある実験器具などから発せられている電波が原因で―」
どうにも声の発信源を突き止められなかったのか、学校側はそんな解釈で強引にこの怪奇現象問題に終止符を打つ。
声はたまたまノイズがそう聞こえるだけであり、そもそもラジオから聞こえる声は只の空耳であると判断したのだ。
そして、その電波は旧校舎に残っている設備が何かしらの不具合で発信しているだけだと説明された。
また、問題は近々行われる旧校舎の解体で解決するとして、これ以上は変な噂を広げないようにと生徒達に注意喚起を促す。
「…以上だ!ラジオの件でこれ以上騒ぐんじゃないぞ。それと、旧校舎に残った僅かな荷物の整理は上級生であるお前達が率先して―」
実際にラジオの声を聞いた者であれば首を傾げるような報告なのだが、実際にラジオの声を聞いた生徒は祐希達の三名しか居なかったため、他の生徒達は何の疑いもなくその説明を受け入れた。
また、昨日にラジオの声を聞いていた教員達も校長の判断であればと、腑に落ちない点は存在しながらも南雲も含めて特に反論もせずにその指示を受け入れていたのだ。
それはまるで、事態の収拾に努めた校長と一部の教師達が【何かしらの理由】で問題の早期解決を図ったようにしか考えられなかった。
こうして昨日の件は大した騒ぎにも発展せず、旧校舎でのラジオの怪音騒ぎはあっという間に鎮静化していく。
唯一、南雲の説明を不満げな表情を浮かべながら聞いていた飛鳥を除いて…
「ねぇ、朝礼で先生の言ってた話だけど…どう思う?」
その日の休み時間。
担任である南雲の説明について祐希に意見を求める飛鳥。
どうやら実際にラジオの声を聞いた飛鳥にとって、教師達の下した結論は到底納得できない説明だった様だ。
「どうって…そもそも人の声じゃなかったんだろう? 俺達の聞き間違いだって先生が…それに、少なくとも生徒は全員無事だって」
俺も先生達の話を完全に受け入れた訳じゃないが、もうあのラジオが手元にある訳でもなくお手上げだった。
それよりも何だか立花がやけに興奮しているように感じられる方が気になる。
昨日もそうだけど、コイツはビビるどころかワクワクしているみたいだった。
「そんな訳ないでしょ! 祐希くんもハッキリ聞いたよね!? あれは絶対人の声だった…絶対にそうよ…先生達は何か隠してる。…ねぇ、ラジオの件だけど私達で調査してみない?」
未だ疑問への熱が冷めない飛鳥は、祐希に向かって自分達で調査を続けようと持ち掛けた。
実は飛鳥は無類のオカルトやミステリー好きでもあったのだ。
ラジオの件がより神秘性を増したことで余計に興味が深まり、不謹慎にも問題が解決しなかったことを逆に喜んでいる節も見受けられる。
昨日、飛鳥だけが最後まで南雲の言うことを聞かなかったのもそこに起因していた。
「ど、どうしたんだよ急に!」
「私ね…実はこういう話題に凄く興味があるのよ」
「えっ…はぁ!?」
「最初は普通に外部の緊急事態だと思ってたけど、発信元が旧校舎からで発信者も見つからないなんて不可解でしょ? これは絶対に何かあるわ…男子もこういうオカルト的な噂とか好きでしょ?」
「オカルトって…怪奇現象だとでも言うのか?」
飛鳥の意外な趣味に少し引き気味の祐希。
というのも、祐希自身はどちらかと言えばこの手のモノは苦手だからだ。
だが、ラジオの一件から飛鳥との距離感が縮まっていた祐希にとって、折角の飛鳥の誘いを断るのも何だか勿体ないと考える。
一方の飛鳥は一人で調査するのは心細かったのか、なんとか同じくラジオの声を聞いている祐希を巻き込めないかと考えていた。
「お願い! こんなチャンス二度とないと思わない? そもそも肝心の声も聞いて無いから他の子達は無関心なのよ…」
「きゅ、急にそんなこと言われてもなぁ…」
よりにもよって、あのラジオの調査に誘ってくる立花。
他のことだったら引き受けてたかもしれないけど、俺は苦手なこともあって即答出来ずに悩んでいた。
確かに立花の言っていることも理解できる。
あの声を聞いて、聞き間違えというのは無理があるからだ。
でも、俺としては聞き間違いとして終わらせたい気持ちもあって、どう答えたらいいか分からなかった。
飛鳥とは関わりたいが、ラジオのことには出来れば関わりたくない。
祐希はどうすべきかその場で思い悩む。
すると、近くで二人の会話を聞いていた健介が横から会話に割り込んで来た。
「おい、まだラジオのこと話してるのかお前ら? アレは聞き間違いだったんだろう?」
「聞き間違え? 健介くんがそう思いたいだけでしょ?」
「あのな、俺だってあの場に居たんだから幽霊の仕業かもって一応考えてんだぞ。お前の言い方だと俺がビビってるみたいじゃねーか!」
祐希と同様に健介もラジオの件は終わったことだと話すが、飛鳥はそんな健介を挑発するような言い様で煽る。
「ふん、とにかく私は幽霊でも何でも声の主が知りたいの…先生達の言うことも信じない! 怖気づいて聞き間違えで済まそうとする健介とは違うの! ねぇ、祐希くんは違うよね?」
「えっ!? でもほら、もう先生達も忘れろって言ってたし…怒られるのは嫌だろ?」
健介を煽りながら祐希も巻き込もうとする飛鳥。
祐希は教師達の言いつけを盾にして話を流そうとするのだが、その思惑は直後に儚くも崩れ去る。
「おい! お、俺は全然怖くないぞ! 何だったら徹底的に調べてやるよ…なぁ祐希?全然余裕だよな? 幽霊の正体を暴いてやろうぜ!」
「えっ!? あ…あぁ…お、俺も別に怖くなんてないよ…全然!」
「ふふ、それじゃ決まりね! 私達で声の正体を突き止めるのよ!」
断れば気になっている女子に臆病者と馬鹿にされ、逆に提案に乗れば不気味な怪奇現象の調査に付き合わされる。
どちらを選んでも結果は最悪だった。
だが、飛鳥の挑発に乗せられた健介に巻き込まれる形で、結局は祐希も勢いで調査に加わることになってしまう。
(健介のヤツ…勢いで調子のいいコト言いやがって! どうしてこんなコトに…)
ちんけな男のプライドを保持するため、勢い任せに調査を引き受けたことを後悔する祐希。
チラりと横目で健介の顔を除くと、健介も引くに引けない状況に祐希同様に困っていた。
そして、そのまま調査の話は飛鳥が主導になってどんどん勝手に進んでいき、調査にあたって飛鳥がある提案を二人に持ち掛ける。
「じゃ、折角だから自由研究ってことにしましょうか? 夏休みの…その方が二人もヤル気でるでしょ」
『自由研究?』
二人は声を揃えて飛鳥に尋ねる。
それはラジオの調査を夏休みの共同自由研究にしようという提案だった。
飛鳥は調査を宿題の一部にすることで、勢いで巻き込んだ二人が早々に調査を放り出さないように予防線を張ろうと考えたのだ。
「夏休みの宿題が先に1個消えてお得だと思わない? どうせ二人とも夏休みの終わりに焦って片付けるタイプでしょ?」
立花の提案自体は悪くはなかった。
健介も俺も去年の夏は色々苦労していたからだ。
そもそも【自由】っていうのが厄介で、自由っていう割にはゲームの裏ワザのことを書いたりすると先生が怒る。
ただ、この件も宿題にしたら絶対に怒られる気がした。
宿題自体はどうせ立花が全部勝手に終わらせるだろうが、ラジオの件は先生達が騒ぎにするなって言ってたからだ。
「おい、それ先生に怒られないか? 宿題として認められなかったら意味ないじゃないか」
「自由な研究なんだから問題ないでしょ? それに【調査してはいけない】なんて一言も言われてないわ」
ラジオの調査をして怒られないかと尋ねる祐希だが、飛鳥は自由研究なのだから気にする必要はないと自論で一蹴。
「そうだけど…絶対なんか言われるだろう。俺と健介のゲーム研究も怒られたし」
自信満々の飛鳥に、昨年の自由研究の際にTVゲームを題材にしたことで南雲に怒られたことを引き合いに出す祐希。
それは自由研究というよりは、只のゲーム攻略の裏ワザを紹介するようなものだった。
「あーそれは研究の中身が空っぽだからでしょ? 去年の二人の共同研究酷かったもんね。えっと、ゲームの攻略で…1-2から他の先のステージにワープできる方法を見つけたって大騒ぎしてたのよねぇ。つまりゲームというより中身の無さが問題だったのよ」
「おい立花!あれ見つけるのスゲェ大変だったんだぞ!」
昨年の自由研究で祐希達が怒られたのは、題材よりも研究内容が余りもチープだったからであると指摘する飛鳥。
それを横で聞いていた健介は思わず反論するのだが、飛鳥は全く興味がなく話を強引に終わらせる。
「とにかく! 何かあったら私が全部責任を取るわよ。私たちは真面目に調査したいだけなんだから先生達に文句は言わせないわ。中身がしっかりしていれば先生達だって頭ごなしに否定しないでしょ」
「お、おう…ならいいけど」
「そこまで立花が言うなら…俺もいいかな」
結局、そんな飛鳥に押し切られるままに夏休みの自由研究としてラジオの件を調査することになった祐希達。
こうして早速その日から自由研究のための調査が始まり、三人は放課後に新校舎にある図書室に集まることになった。
(まぁ、あのラジオも今は先生達が保管してるんだし、ちょっと旧校舎をウロつくだけで済みそうだな。宿題も立花がそれっぽくまとめてくれるだろうし…)
肝心のラジオも手元になく、自由研究も立花が勝手に完成させてくれるだろうと思った俺は最終的に調査に参加することに決めた。
後はほんの少しだけ、立花と一緒に何かができることも理由の一つだ。
あの不気味なラジオ絡みじゃなかったらもっと良かったけど…