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【5月22日 14:20分】

小野小学校の新校舎は旧校舎に並行して建設されており、鉄筋コンクリートで建築された真新しい校舎だ。


所々に近代化が施され、旧校舎とは比べものにならない程に設備も整っている。


その校舎は祐希達の様な移住者による児童数の増加を見越して建設され、新校舎は旧校舎の数倍の大きさを誇っていた。


飛鳥はその新校舎の真新しい廊下をラジオ片手に担任の教師が居る部屋を目指して走り、その少し後を祐希と健介が息を荒げながらダンボールを抱きかかえながら飛鳥の後を追う。


廊下は三人の上履きと地面との摩擦で聞こえるキュキュッという独特の音が鳴り響いていた。



「二人とも、廊下は走っちゃ駄目でしょ!」



俺達の前を走っていた立花が後ろを振り返りながら、廊下は走るなと偉そうに注意してくる。


自分だって走ってるのに言ってることがめちゃくちゃだ。



「お、お前がぁ…言うなよぉ…はぁはぁ…」


「私は緊急事態だからいいのよー!」


「あっ! 待てよ立花ぁ!」



自分は緊急事態だから問題ないと告げ、そのままどんどん二人との距離を離していく飛鳥。


やがて飛鳥の姿は祐希達から完全に見えなくなってしまう。



「ダメだぁ…遠すぎる…荷物持ったままじゃ無理だ…はぁはぁ…」


「ちょ…ちょっと休憩しようぜ祐希ぃ…」



旧校舎から全力疾走で飛鳥を追いかけてきた二人だが、流石に荷物を持ったまま走り続けることができずに道中の水飲み場で休むことに。


二人は息を切らしながらその場に腰掛けると、休憩がてらに周囲を見渡しながら新しい校舎のことについて話し始める。



「あぁ…息が…苦しいぃ…それにしても…馬鹿デカい校舎になったよな。俺達みたいな移住組が増えるから…はぁ…新し校舎を建てたって聞いてるけどさぁ」


「でも…キレイだからいいじゃん。前の学校が…はぁ…こんな感じだったから全然こっちの方がいいよ」


「確かに…あの旧校舎のトイレとか最悪だったもんなぁ。引っ越してきた頃は慣れるまで大変だったぜ」



そもそも移住組の二人は旧校舎の古びた設備が苦手であり、以前通っていた学校に近い雰囲気の新校舎については気に入っていた。


旧校舎自体は戦時中から既に存在してとも言われており、何度かの改築はされていたがやはり都心の設備の整った校舎と比較すると劣る部分も多かったのだ。


都会から引っ越してきた二人にとっては尚更である。



「さぁ、そろそろ立花を追いかけようぜ祐希。…もう先生にラジオを渡してる頃だろうけどな」



それから一息ついた二人は改めて飛鳥の後を追って目的の部屋に向かうのだが、健介の言った通り部屋に辿り着いた頃には既に飛鳥がラジオのことについて担任の南雲に説明を終えた後だった。



「あら、意外に早かったじゃない二人とも。 最初からそんな感じだったら荷物整理もすぐ終わったのにね」



汗だくになりながら部屋に到着すると、振り返って疲れ切った二人に嫌味を言う飛鳥。


実は飛鳥はラジオの手柄のことはどうでもよく、ラジオをエサに遅延していた荷物運びを終わらせようと考えていたのだ。


また、飛鳥は二人が旧校舎から戻ってこないことで確認のために校舎を余計に往復させられたこともあり、その仕返しも兼ねていた。



「立花ぁ…お前よくも…はぁはぁ…」



だが、そんな飛鳥の心中を知らない二人は息を荒げながらギッと飛鳥を睨みつける。


辿り着いたその部屋は旧校舎から運びした荷物の集積所として用意された部屋であり、室内には運搬を終えて雑談を楽しむ10人程度のクラスメイトと飛鳥の隣には担任の教師である南雲の姿があった。


そして、南雲は遅れてやってきた二人に呆れ顔で声をかける。



「里中に工藤、遅いぞお前ら~。で、ラジオがなんだって立花? その、誰かが助けを求めってるってどういうことなんだ?」


「ですから!…そのラジオから助けを求める人の声が…」



南雲は遅れて来た二人を軽く叱ると、飛鳥から受け取ったラジオをジロジロ眺めていた。


飛鳥は南雲に緊急だと伝えてはいたのだが、南雲はラジオの声に関して半信半疑の様子だ。



「おい、あのラジオ…」



そのやり取りを見ていた二人はみすみす飛鳥に手柄を取られまいと南雲に声を掛ける。



「そのラジオは俺達が先に見つけたんだぜ先生!」


「そうだよ、立花が勝手に持っていたんだ!」


「そんなこと今はどうでもいいでしょ! 緊急事態なのよ!」



その場でラジオの件で揉め始める三人だが、南雲は片手を差し出しながら無言で言い争う三人を静止する。



「三人ともちょっと静かに!…声が聞こえないだろう…」


『…』



三人を黙らせた後、南雲はゆっくりラジオに耳を近づけた。


だが、実はこの時すでにラジオは沈黙しており、先ほどまで鳴り響いていた不快なノイズ音すらいつの間にか止まっていたのだ。


南雲は沈黙したラジオのスピーカーに耳を当てるが、勿論何も聞こえる訳がない。


すぐに声のことについて飛鳥に問いただした。



「……んー何も聞こえないぞ立花? ホントにここから声が出てたのか?」


「えっ…そんな…間違いありません! 祐希くんと健介くんも声を聞いてるんです!」



この時、ラジオが沈黙していることにやっと気が付く飛鳥。


意外にも二人との追いかけっこに夢中になっていて、肝心のラジオが停止していることを見落としていたのだ。



「嘘…これ止まってる!? ねぇ!二人も声を聞いたんでしょ!?」



慌てて自分だけではなく、他の二人も声を聞いていると改めて大声で告げて二人の方に振り返る。


それを聞いた南雲は遅れてやってきた二人にもラジオの声の件を確認した。



「おい、そうなのか二人とも?」


『…』



手柄を独り占めしようとしていた立花の困り果てた顔は見ものだった。


俺達を出し抜いてイイ気になってたのにザマぁない。


でも、もしあの声がホントに助けを求めている人の声だったら…



祐希はその場でどう返答すべきか悩む。

ラジオから声が聞こえたのは確かだが、飛鳥に恥をかかせたいなら黙っていた方がいい。


だが、嘘をつけばラジオの声の主に何かあれば自分達の責任になる。



(あの声は普通じゃない…正直に話そう…)



一瞬迷ったけど、俺は正直にラジオのことを話すことにした。



「…うん! 確かに俺がラジオを最初に見つけた時、そのラジオから変な声が聞こえたんだよ先生! …なぁ健介?」


「えっ…あぁ……おぉ、俺も聞きました!」



一瞬の沈黙の後、二人は自分達も確かに声を聞いたと南雲に伝える。


健介の方は飛鳥を懲らしめるために黙っているつもりだったが、祐希の証言に合わせて自分も声を聞いたと話す。


飛鳥も二人が正直に話してくれたことにホッと胸を撫で下ろした。


そして、他のクラスメイト達はよく状況が理解できずにポカンとした表情で黙って三人に視線を送る中、南雲が二人の証言を聞いて口を開く。



「そうか…二人も立花と同じ声を聞いているのか…」



【村生まれ】と【移住組】。


普段は中々意見が合わないそれぞれの生徒の意見が合致したことから、三人の証言を半信半疑ながらも南雲は信じることにした。


このような形で両者の隔たりが活用されるのは南雲も業腹に感じていたが、話の信憑性が増していたことだけは確かである。



「…となると、声が急に聞こえなくなったのは場所の問題かな?…そもそも電源は入ってるのか?」



南雲はふとラジオの電源が落ちているのではないとかと思い、改めてラジオの電源を入れ直してみる。

するとラジオは再び動き出した。



「あっ!…? あれ、動いたけど…さっきと何か違う?」



再び起動したラジオを見て一瞬笑みを浮かべる飛鳥だが、先ほどとは異なるラジオの雰囲気に首を傾げる。


再起動したそれは【普通のラジオ】として動き出しただけであり、耳障りなノイズ音やラジオ放送の音が流れ出るだけだったのだ。



「―ですが、非常に稀なケースとしての可能性はあるそうです。ですが、専門家の見解は大きく別れ議論は結論を―」


「…うん。ラジオが壊れている訳じゃなさそうだな。なぁ、その声は旧校舎の方で聞こえたのか?」



たまたま流れていた地元のニュース放送を聞いて、ラジオ自体が壊れていないことを確認する南雲。


改めて祐希達にどこで声を聞いたのかと尋ねた。

すると、代表して飛鳥がそれに答える。



「そうです!旧校舎です! 私達が担当していたあの倉庫の部屋です」


「旧校舎か…ここじゃ何かの理由で受信できないのかもな」



飛鳥同様に何かの電波をラジオがたまたま旧校舎で受信したのかと考えた南雲は黙って暫く何かを考えると、生徒達に指示を出す。



「みんな!先生ちょっと旧校舎に行ってくるからみんなは教室に戻ってくれ。それと、今日は体育の授業を潰しちゃって悪かったな! ちゃんと埋め合わせはするから!」



念のために旧校舎に向かうことにした南雲は、生徒達に教室で待っている様にと指示を出すと一人ラジオを片手に部屋を出ていく。


その直後に室内はガヤガヤと騒がしくなり、残された生徒達はラジオの声について思い思いに語りだし始めた。



「どんな声だったんだろう? ホントに人の声だったのか?」


「都会っ子だけだったら疑わしいけど、飛鳥ちゃんが言ってるならホントなんじゃないか?」


「なんか怖い! オバケだったらどうしよう!」


「事件かな? テレビの取材とか来たらどうしようかな!」


「アマチュア無線の声でも拾ったんじゃないかな。父さんが趣味で―」



信じる生徒もいれば疑う生徒もおり、好き勝手にああだこうだと話を膨らませながらガヤガヤと自分達の教室に戻っていく生徒達。


だが、当事者の三人はラジオのことがどうしても気になってしまい、なんと教室に戻る途中でクラスメイト達から離れてしまう。


そして、南雲の言いつけを破って旧校舎に向かった南雲を追いかけることにした。



「おい立花。優等生のお前は待ってた方がいいんじゃないのか? 後は俺達に任させておけよ」



こっそり南雲の後をつけようとする健介は、自分達の背後にピッタリと張り付く飛鳥にそう告げる。



「私は先生をサポートしに行くの! 二人こそ戻りなさないよ!」


「嫌だね! また抜け駆けなんて許さないぞ!それにサポートしたいなら先生に直接そう言えよなぁ」


「俺達だって先生のサポートに行くんだ」



南雲の後を追いながら再び廊下で言い争う三人。

飛鳥は手柄の独占なんて考えていないと否定し、あくまでも効率よく対応した結果だと怒鳴る健介に告げる。



「抜け駆け? 別にそんなことするつもりじゃ…さっきだって緊急事態だから急いでいただけよ! それに、荷物の件は効率よく動いた結果。全員で報告に急いでも無駄でしょ?」


「はぁ!? 俺達が助けなかったらどうするつもりだったんだよ」



停止したラジオの件を健介に指摘され、ばつが悪そうに口ごもる飛鳥。

確かにラジオが停止していたのを見落としていたのは飛鳥の落ち度であり、それを二人に助けられたのも事実だった。


すると飛鳥は、何故か言い争っていた健介の方ではなく祐希の方に視線を向けてこう告げる。



「それは…その…ありがとう祐希くん」


「えっ?あ…俺?…いや…あれは別に…嘘ついて声の人に何かあっても嫌だし…」



先ほど、祐希が正直に声のコトを話してくれたことに恥ずかしそうに感謝する飛鳥。


そんな飛鳥の意外な申し出に祐希は拍子抜けしてしまう。



「えへへ、ちょっと祐希くんのこと見直しちゃったかも」


「そ、そう…」



いつもは口うるさい立花にお礼を言われるなんて転校してきてから初めてのことだった。


村生まれの立花は事あるごとに文句を言ってくるだけで、こっちの意見は全然聞いてくれない嫌なヤツ…なのに、なんだかこの時の俺は胸がドキドキしていた。



(あれ? 立花ってこんなに可愛かったっけ?)



ひょんなことから飛鳥を意識し始める祐希。


村生まれと移住組は価値観の違いで反目し合うことが多かったが、不意に見せた飛鳥の笑顔に祐希は心奪われてしまう。


一方、そんな二人のやり取りを間近で見ていた蚊帳の外の健介。

強引に二人の間に割って入り茶々を入れる。



「緊急事態なんだろ~当然じゃん! もっと褒めてもいいんだぜ立花?」


「はぁ? 私、祐希くんに言ってるんだけど。それにあの時、健介くんはあのまま黙ってるつもりだったでしょ?」



割り込んできた健介を飛鳥は横目で睨むと、健介に対してはいつもの様に冷たくあしらう。


すると、その指摘が図星だったこともあって健介はその場で怒りだしてしまった。



「はぁ!? そんな訳ないだろう!…お、俺がそんなガキみたいなことするかよ!」


「さてどうかしら? 私の困った顔を見てニヤニヤしてたの見てたんだからね」


「そんなことしてねーし!」



再び言い争いが始まり、ギャーギャーと騒ぎ始める飛鳥と健介。


それだけ騒いでいればその声は嫌でも周囲に響き、前を歩いていた南雲の耳にも当然届いていた。


程なくして廊下を曲がる際、曲がり角で仁王立ちしていた南雲と鉢合わせしてしまう三人。



「あのなぁ、お前ら…教室で待ってろってさっき言っただろう!」



廊下の曲がり角で三人を待ち伏せしていた南雲は、やってきた三人を不機嫌そうな表情でジッと睨む。


三人は尾行がバレて一瞬驚くが、すぐに指示に背いたことを開き直って同行を申し出る。



「せ、先生!」


「いいじゃん先生! 俺達が見つけたんだから!」


「私に案内させてください! その方が確認も早く終わると思いますよ」



一斉に南雲に詰め寄るが、南雲はその要望を一蹴。



「ダメだダメだ! 今すぐ教室に―」



その後、数分間の押し問答の末に三人は教室に…戻されたかと思いきや、なんと教師であるハズの南雲の方が折れてしまう事態になってしまう。


新米教師だった南雲は年齢的にも生徒達と一回りほどしか差がなく、特に優等生である飛鳥の合理的な提案に論破されてしまったのだ。


加えて南雲はさっさとラジオの件の確認を済ませて教室に戻りたかったこともあり、これ以上時間を無駄に浪費したくもなかったという理由もあった。



「……はぁ、もう分かった!ついて来ていいから側で大人しくしてろよ」


『はーい!』



南雲の敗北宣言に声を揃えて返事をしながらガッツポーズを決める三人。


結局、三人は調査の補佐と言う名目で南雲に同行することになり、そのまま四人で旧校舎に向かうことになってしまう。


やがて新校舎の裏手から旧校舎の正面に出ると、その際に正常に動いていたラジオに異変が起きる。


なんと、電源が落ちている状態で再び耳障りなノイズ音をスピーカーから響かせ始めたのだ。



「…なんだ…急に動き出した? 電源付けたままだったかな? いや、これ…勝手に動いてるのか!? そんな馬鹿な…」



ラジオは旧校舎に近づいた途端に再び勝手に動き出し、南雲が首を傾げながらラジオを調べていると電源は確かに切られていた。


逆に電源を入れても先ほどの様に何か放送を受信する訳でもなく、ただ耳障りなノイズだけが鳴り響く。



「あの先生。それオンボロだから壊れてるかも。…実は見つけてすぐに何度か床に落としちゃって」



不可解なラジオの挙動に困惑する南雲だが、その際に祐希がラジオの故障の可能性を訴えた。


それは、先ほど健介と共に何度かラジオを床に投げ捨てたことを思い出したからだ。


すると、それを聞いた南雲は安堵する。



「あぁ、そういうことか…それなら確かに調子が悪いだけかもな―」



だが、南雲が祐希の証言でラジオの不調に納得した瞬間、ノイズに混じって不気味な声の様なモノが響き渡る。



「……ス…ケ…テ」


「!?」



それを聞きとってしまった南雲の表情が凍り付く。

恐らく聞き間違えだと考えるが、確かに人の声にも聞こえていた。


実際に聞いたその声は想像以上に不気味な印象があり、大人でありながら生徒達以上に怯えてしまう。



「い、今のは何だ…?」


「先生、ラジオから何か聞こえてきたんですか?」


「いや、その…確かに何か聞こえるが…声かどうかは…」



どちらかと言えば、ラジオから聞こえる音が人の声だと思いたくない南雲は聞き間違えだったかもと三人に伝える。


すると、それを聞いた飛鳥は南雲にラジオを貸して欲しいと頼む。



「私に聞かせてください!」


「あ、あぁ…」



飛鳥にせがまれるままにラジオを手渡す南雲。


ラジオを受け取った飛鳥はスピーカーに耳を当てて声を聞きとろうとする。



「…っ!やっぱり何か聞こえる! さっきより不鮮明だけど…あの場所に戻ればもっとハッキリ聞こえるかも…先生!」


「えっ…いや…」


「早く行きましょう!間に合わなくなるかもしれないですよ!」



ラジオから微かに聞こえる声を確認すると、先を急ごうと急かす飛鳥。



「あぁ…そうか…うん…分かった…」



この時、南雲はすっかり怖気づいてしまっていたのだが、祐希や健介にも諭されて旧校舎の中に入っていく。



「…どうやら他のクラスはもう整理を終えた様子だな…あはは…」



四人が旧校舎の中に入ると、その日の旧校舎での荷物の運び出しは全て完了していたのか、既に人影は無く静まり返る校内。


つい先ほどまで生徒達の声で溢れていた旧校舎は静寂に包まれ、今は廊下を進む四人の足音とラジオから勝手に漏れるノイズ音だけが響く。


そして、まだ日中にも関わらずラジオが起因となった不気味さを南雲は感じていた。



「……」



そんな雰囲気にすっかり萎縮してしまい、南雲はまるでオバケ屋敷の中を歩いているような緊張した様子で歩を進める。


その情けない様子に、思わず冗談交じりに健介が突っ込みを入れた。



「なぁ、急がなくていいのかよ先生。…もしかしてさっきのでビビッてる?」



いつの間にか南雲より先を歩いていた祐希達。

自分も最初はラジオのことで怯えていたにも関わらず、そのことを棚に上げて南雲がラジオに怯えているのを揶揄い始める健介。



「そ、そんな訳ないだろう! 後ろ歩いていたのは道案内をさせていただけだ…だが、倉庫の場所を思い出したから先生についてこい!」



生徒に馬鹿にされた南雲は、怯えていることを否定して再び先頭を歩き始めた。


その様子に三人は顔を見合ってニヤニヤ笑みを浮かべる。



俺達が目指す部屋は旧校舎の二階にある倉庫で、すぐにその部屋に向かうための階段に差し掛かる。


けど、何故か倉庫に着いていないのに急に飛鳥が持っていたラジオの音が大きくなった。


この時まではラジオにビビる先生を馬鹿にしていたけど、この後すぐに俺のラジオに対する印象がまた大きく変化する。



「どうしたのかしら? 急にラジオが―」



手元のラジオが勝手にボリュームを上げ始め、咄嗟にラジオの方に視線を向ける飛鳥。


次の瞬間、その場に居た全員の耳に届くようなボリュームでラジオから例の声が周囲に響き渡る。



「タス…ケテ…アツイ…タスケテ」


『!?』



不意に轟く悲痛な叫び。

それは確実に人の声と認識できるものであり、流石に否定的だった南雲もそれが人の声であると認知せざるを得なかった。



「こ、この声です先生!」


「おい、なんかさっきよりもハッキリ聞こえないか?」


「た、確かに声だな…これは…ま、間違いない」



先ほども感じた不快感はより強まり、想像していたモノとはまるで異なる異質な声に思わず冷や汗を流す南雲。


一方、自分達が聞いた時よりも鮮明になっている声に三人も少し驚いている様子だった。



「…確かに助けを求めているが…これは普通じゃないだろう! これはまるで―」



先生の言う通り、ハッキリ聞こえる様になった声は助けを求めるどころか、実はもう死んでいるんじゃないかと思うような声だった。


ついさっきまで人助けのつもりで浮かれていた俺だけど、なんだかまた怖くなってきてしまう。


他の二人も少なくとも驚いている様な感じだ。



再び声を聞いた祐希も、南雲同様に本当にそれが生者の声なのかと疑問を持ち始める。


それ程に改めて聞こえた声は不気味なモノだった。



「タスケテ…アツイ…タスケテ…」


「ドコからこの音声は発信されているんだ? 火事でも起きてるのか? だが、旧校舎の中で火事なんて…いや、これは私だけじゃ…」



苦痛に悶え苦しんでいるような声に、色々な意味で南雲は自分だけでは手に負えないと本能的に判断。

咄嗟に飛鳥からラジオを取り上げると、三人に向かってこう叫んだ。



「…お、お前達は今すぐ教室に戻りなさい!」



先ほどとは打って変わった強めの口調で三人に教室に戻れと告げる南雲。


それはラジオから漏れる声にただならぬ気配を感じたからであった。


少なくとも、興味本位で関わっていいものではないと本能的に判断したのだ。



「私達も手伝います!」


「な、なんだよ先生…脅かすなよな…」


「……」



飛鳥以外の二人は恐怖を感じて怯えるが、飛鳥だけはその場で南雲に残ると反発し続けた。



「いや、ダメだ…この声は異常だ…戻りなさい…」


「タス…ケテ…アツイ…タスケテ」


「でも、声の正体をー」



その場で聞き分けなくゴネる飛鳥だが、不気味な声が響く中で万一にも生徒に危害が及ぶのを恐れた南雲は怒鳴る様にして改めて指示を出す。


本当はその場から真っ先に逃げ出したかったのは南雲自身だったのだが、教師としての使命感に駆られれて何とか逃げ出すのを思いとどまっていたのだ。



「い、いいから戻りなさい! 三人とも今すぐに!」


「!?」


「行くぞ立花!ここは先生に任せよう! 健介も!」



普段は比較的温厚な南雲の本気の怒りを感じ取り、そのギャップに驚いた祐希は慌てて飛鳥の手を握るとそのまま飛鳥と健介を連れて逃げる様にしてその場から立ち去る。



「ちょっと!あっ、待ってー」



その際に飛鳥は若干の抵抗こそするものの、祐希に従って逃げることにするが、名残惜しそうに何度も南雲の方に振り返っていた。


一方、その場に残った南雲は一人になったことでさらに情緒不安定になっていく。


怪音を流し続けるラジオを持つ手は恐怖でガタガタと小刻みに震え、額からは緊張で滝の様に汗が流れ落ちる。



「…………駄目だ……駄目だ…いや…やっぱり俺だけで何が…」


「…アツイ…タスケテ…チ……テ」


「…!?」



なんとか階段を進もうとするのだが、程なくして一人で居ることに耐えられなくなってしまった南雲。



「も、もう無理だ…他の先生方に…このラジオのことを知らせて…」



結局はそのまま調査を放り出し、自分も祐希達の後を追って旧校舎から逃げ出した。


そして、その足で他の教員に助けを求めて新校舎にある職員室に向かって走りだす。


逃げ出す際に問題のラジオも持ち出され、旧校舎の敷地を離れると再びラジオは沈黙してしまっていた。

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