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【6月3日 15:55分】

週明け月曜日の放課後。

三人は新校舎の図書室に約束通り集合する。



その日はまずは自由研究の件をどうするか話し合うための集まりだったのだが、俺としてはラジオの話は口外したくなかった。


他の二人も恐らく同じ考えだと思う。


夏休みの宿題が増えるのは嫌だが、昨日の校長先生の話を聞いてまだラジオの件をネタにしようとは考えられない。



「幽霊って本当に居るんだなぁ…」



机に肘を付きながらそう呟く健介。


すると、その健介の言葉に飛鳥は意外な反応を示す。



「…健介くんはホントにあれが校長先生の同級の声だと思ってるの?」



どうやら飛鳥は完全に校長の主張を受け入れた訳ではないらしく、まだ声の正体について考えていた。


霊的なモノの存在を認めたくないのか、それとも別の可能性を模索しているのかは定かでは無かったが、それを聞いた祐希と健介は呆れた表情で飛鳥を見つめる。



「はぁ!? お前何を言って…まさか疑ってるのか?」


「立花。流石に俺もあの話が嘘だとは…」



人でなしと言わんばかりに飛鳥にドン引きする二人。


二人は昨日の校長の話を完全に信じており、ラジオから聞こえる声の正体に疑いの気持ちは無かった。


それに対して飛鳥は、弁明しながらも納得していない心情を二人に明かす。



「違うの!校長先生の話が嘘だって言ってるんじゃなく、まだ納得できない部分があってモヤモヤしてるの!」


「なにが納得できないんだよ? 旧校舎が取り壊されるのが嫌で…寂しくてラジオを通して俺達に伝えて来たんだろう?」



もはや議論の余地はないと反論する健介。


祐希も概ねその健介の意見に賛同していた。


しかし、飛鳥は解消されていない疑問点を二人に突きつける。



「そう、そのラジオが納得できないの…どうしてあのラジオでしか声が聞こえないの? 別に声を聞かせたいならどのラジオでもいいじゃない」



飛鳥が疑問に感じていたのは、どうして特定のラジオを通してでしか声が聞こえないのかという点だった。


辛い感情を伝えたいのであれば、より多くのラジオを通して効率的に発信するだろう考えたのだ。



「それは…霊の力が足りないとか…元々あのラジオが旧校舎にあって…当時触ってたとかじゃないのか?」



取り上げられた疑問点をそこまで問題視していない祐希は、霊の強さや生前に思い入れのあった品だったのではと指摘。


だが、飛鳥は冷静にその説を否定した。



「あのラジオだけど、古いけど作られたのは多分戦後…昨日おじいちゃんに聞いたの。つまり当時は存在すらしてなかった…無かったものに触るなんて不可能でしょ?」



問題のラジオと同型のラジオを所有していた飛鳥は、それが戦後に生産された物だと語る。



「そ、それはそうだけど…やっぱ旧校舎にあったんだから無関係じゃないだろう? なんというか俺はオカルトにそんな興味ないけど、ラジオに魂が憑依したとかさぁ…」


「魂の憑依…そういえば何かの本で読んだけど、人間は死の瞬間に体重が変化するそうよ…21グラムだったかしら」



唐突に魂の重さについて語り始める飛鳥。

それは海外の医師が、死亡した人間の体重が21グラム減少するということから、それが魂自体の重量であると説いた話だった。


結果的に、それは科学的な信憑性もないオカルト地味た話なのだが、ラジオに魂が憑依したのではないかという祐希の話でそのことを思い出す。



「21グラム? なんで?」


「それが魂の重さだって説よ…祐希くんの話だと、その謎の質量が例のラジオに憑りついたってことになるけど…」


「で、その21グラムの何かがずっとラジオに入ってたのか?」



飛鳥の話を聞いて何やら興味を持ち始める祐希。

だが、直後のその説は飛鳥自身が否定する。



「まぁ、私はそんな話はそもそも信じてないけど…だから尚更ラジオの件が引っかかるのよ」


「…」



ああ言えばこう言う、俺は未だにグチグチとラジオの話を続ける立花に少し苛立っていた。


正直、校長先生の同級生の声以外に説明がつかないからだ。


あれ以上の条件があてはまる関連性もないし、どう考えてもそれしか考えられない。



「あのさ、立花ってオカルト好きのクセに結局は幽霊とか居ないって思ってるのか? だから納得しな―っ!?」



祐希が少し苛立った様子で飛鳥に反論しようとした時、突然物凄い地響きが校舎全体を強く揺らす。


さらにそう遠くない場所で大きな爆発音の様な音が響き、次の瞬間にその爆発の衝撃波で図書室の窓が一斉に砕け散った。



「な、なんだ…二人とも大丈夫か!?」



一瞬のことで何が起きたのかまるで理解できなかった。

気が付いたら図書室の窓ガラスが全部割れており、入口の方で生徒達が何か叫んでいる。



「お、おい…二人ともあれ…外…外見てみろよ!」



幸いにも三人は無傷で済み、いち早く態勢を立て直した健介が割れた窓の方に向かって指を指す。


すると、そこには想像を絶する様な光景が広がっていた。




「なっ…煙? 山火事? どうして?こんな急に…」



割れたガラスの先に映る巨大な雲と大きな音。

それは地震と火事が一緒に起きたような感じだった。



窓の奥に広がる山岳地帯を覆い隠す様に広がる巨大な噴煙。


それは予期せぬ小野村周辺の山岳地帯の大規模な噴火活動だった。


そして、煙の波が刻々と山脈を流れて田畑に押し寄せる絶望的な光景が眼前に広がる。



「おい!なんか煙がこっちに迫ってるぞ! ど、どうする?」



徐々に校舎の方に押し寄せる煙の波に困惑する健介。


この事態に一番冷静だったのは飛鳥だった。


飛鳥は二人を先導して図書室から連れ出して避難しようとする。



「避難しましょ! さぁ早く!」


「家に帰ろうぜ立花!」


「ダメよ!家に着く前にあの煙に巻き込まれちゃう!」



家に帰ろうと進言する健介に、煙の波の速度に到底間に合わないと告げる飛鳥。


だが、健介はそれでも煙ぐらい平気だろうと反論する。



「あれはただの煙なんだろう? 少しぐらい大丈夫じゃないか?」


「避難訓練を忘れたの!? あれを吸ったら家に辿りつく前に息が出来なくてすぐに死んじゃうわよ! とにかくあの煙から逃げなきゃ」


「あの煙の波は新校舎の真っ正面から迫ってくるから、旧校舎に逃げた方が方がいんじゃないか? 盾になってくれるんじゃ…」



避難訓練の経験から、火事の際に煙を吸ってはいけないと覚えていた二人は、なんかと迫る噴煙から逃れようと考える。


だが、実際にはそれは火砕流と呼ばれる現象であり、生身の人間が飲みこまれれば即死する程の危険なものだった。



「とりあえずここから出ないと!」



そのまま廊下に飛び出す三人。

既に放課後という時間帯もあり、他の生徒達の姿は廊下にはまばらだった。


だが、何処からか逃げ惑う児童達の悲鳴が校内中に響き渡る。



「とにかく校舎の窓ガラスが全部割れてるならここは危ないかも」


「どうしよう! 先生達を探した方がいいかな?」


「おい、旧校舎は無事みたいだ! あそこに避難しよう!」



廊下側の窓から旧校舎の窓ガラスが無事なことを確認した祐希は、咄嗟に密閉性を確保できると考えて旧校舎への避難を二人に提案する。


どうやら新校舎が盾になり、旧校舎は衝撃波の直撃を免れた様だ。


特に反対意見もなかったため、そのまま三人は旧校舎を目指すことにした。


また、その頃校庭では教師陣が総出で校庭で遊んでいた生徒達を校内に避難させており、その中には祐希達の担任である南雲の姿もある。



「急げ! すぐに校舎に煙がくるぞ!」



校内には祐希達と同じ様に旧校舎を目指している生徒の姿や、廊下で震えて蹲っている生徒などの姿があった。


どうやら校庭に居た児童の収容を優先した結果、校内の避難誘導の対応が後手になってしまっており混乱する校内。


そんな中でも、祐希達は一心に旧校舎を目指して走り続ける。


やがて三人は無事に旧校舎に到着すると、さらに身を隠せるような場所がないかと校内を散策。


そして、祐希の脳裏に浮かんだのは何故か昨日訪れた防空壕の部屋がある階段下の部屋だった。



「おい二人とも!あそこだ!」



一目散に部屋に駆け込む三人。

しかも、そこには嬉しい誤算があった。



「地下室の入り口が開いている!? どうする地下に逃げるか?」


「とにかく地下なら大丈夫だろ!ここは防空壕で安全なんだろ?」


「そうね…急ぎましょう!」



どうやら校長が知也の供養のために防空壕への扉を開放したままであり、幸いにも床板も分かりやすく外してあった。


こうして何か運命めいたモノを感じた祐希達は咄嗟に防空壕の中に駆け込み、そのまま地下の防空壕に向かって階段を降りる。


しかも、有難いことに地下の奥には灯りが灯っており、十段程の階段を降りたところに防空壕として使われていた空間が広がっていた。



「これってロウソク? …それにこれってあのラジオ?」



防空壕に辿り着くとそこには誰も居なかったが、例のラジオだけが揺れる蝋燭の灯りに照らされてポツンと台の上に置かれていた。


校長の言うようにラジオは完全に沈黙しており、もう不気味な音や声が勝手に鳴り響く様子もない。



「地下室の入り口を開けておいてくれたのは校長先生だったのかも…友達の供養のために…はぁ、運が良かったな」


「おい、もうこのラジオ完全に止まってるぞ」


「それよりも上の様子は? どうして急に噴火なんて…」



ラジオに気を取られている二人に、今はそれよりも地上のことに集中しろと言う飛鳥。


だが、直後に三人の居た防空壕の直上で大きな音が響く。


どうやら先ほどの煙がもう校舎に到達した様だ。


そして程なくして、煙の侵入こそは無かったのだが防空壕の中に異変が起き始めた。



「なぁ…これ…なんか熱くないか…ここ…」


「どうして…地下なのに…」


「うぅ…息苦しい…」



気が付けば防空壕内はいつの間にかサウナの様に熱くなっており、中は時間の経過と共にどんどん息苦しさを増していく。


この時、地上の旧校舎は火砕流によって焼尽くされ、辺りは有毒ガスと高温に包まれた地獄と化していた。


逃げ遅れた人々は瞬時に灰と化し、一瞬のうちの数多の命が失われていく。


一方で、地下に逃れた祐希達にも魔の手が迫る。


気付けば呼吸もまともに出来なくなっており、擦れた声を上げながら呻き声をあげ始める三人。



「はぁはぁ…く苦しい…熱い…もう駄目だぁ…誰かたすけてぇ…地下に逃げたのになんで…っ!?」


「…ねぇ、今のどこかで…」



防空壕内に響く聞き覚えのある声と台詞。


薄れ行く意識の中でまず最初に飛鳥がそれに気が付いた。



「…ラジオの声…同じ?…声って…祐希くんの…」



そして、遅れて健介もそれに気が付く。

だが、直後に二人はそのまま意識を失ってしまう。



「立花!うぅ…くそぉ…健介ぇ…俺達このまま…嘘…だ…」



最後まで意識を保っていた祐希も、ラジオを手元に引き寄せたところで視界が暗闇に包まれる。



全てを理解するのがいきなり過ぎた。


それに、俺達が探していた答えはとても納得できるような答えじゃない。


これじゃまるで…この場所でこうなるためだけに俺達は…



消えゆく意識の中で全てを呪う祐希。

余りにも残酷な結末だが、三人がそれに抗う術は皆無である。



(あぁ…こんなのって…嫌だ…母さん達…無事だと―)




1991年6月3日未明、小野村の周辺にある山岳地帯が突如として原因不明の大噴火。


事前の予兆が皆無だったため、住民の避難もままならぬまま火砕流は小野村の大半を一気に飲みこんだ。


後の調査で非常に稀な火山活動が、採掘施設で行われた岩盤爆破と連動して起きた参事として報道される。


この災害で小野村の総人口の約半数が一瞬で失われ、その地獄のような光景は当時たまたま取材で付近にたユズテレビのスタッフがスクープ映像として全国に配信する。


小野小学校の旧校舎にて噴火活動に巻き込まれた児童三人は、火砕流から逃れるために旧校舎の地下防空壕に逃げ込むものの、木造校舎は一瞬で炎に包まれその直下の地下は火砕流の高温で蒸し焼き状態と化していた。


後に地下から発見された児童の一人は、防空壕にあったラジオを強く抱きしめ苦悶の表情を浮かべながら亡くなっていたという。


こうして壊滅的な被害を受けた小野村の明るい未来は一時的に閉ざされ、その復興には膨大な年月がかかったとされている。


実はラジオからずっと発信されていたのは過去からのモノではなく、未来の危機を祐希達に伝えるための音声だったのだ。


しかし、その危機が本人達に伝わることは決して無かった。

それでもその無念の想いは時を超えて再びメッセージとして過去の自分達に必ず届けられるだろう。


起こり得ないハズの奇跡を再び起こし、その奇跡によってもたらされる確実な死を再現するためだけの、死のループを成立させる【無意味な奇跡】。


だが、それでもそれは紛れもなく【奇跡】である。

不幸か幸運かなどは関係ないのだ。


しかし、積み重なった不幸の因果はいずれ何処かで何かしらの崩壊を引き起こすだろう。


その時こそ、人々が望んで止まない【真の奇跡】が成就する瞬間なのかもしれない。


こうして無自覚のまま、少年はまた1991年5月22日に死の間際に自身の思念を込めたラジオと邂逅する。

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