【5月31日 17:30分】
どうやら部屋の床板の下には地下に続く入口があった様子であり、その入り口は石の階段になっていた。
校長はゆっくりとその階段を上り、恐怖で硬直してしまった四人に迫る。
「こ、校長先生! その、先生は地下で何をしていたんですか! あのラジオのことも知ってますよね?」
「…」
校長が全てを知っていると判断した飛鳥は、意を決して思わず校長に地下室のことやラジオの声の正体について単刀直入に尋ねる。
そして、暫くの沈黙を経てようやく校長が重い口を開くと同時に、ついに真実があかされる瞬間が訪れた。
「…では、全てをお話すればこれ以上ラジオの件で騒ぎを起こさないと約束してください。約束してくれるなら私が知っている範囲で全てを話しましょう」
知っている限りの全てを話す見返りに、祐希達にラジオの件での調査を打ち切れと告げる校長。
その要求に飛鳥は、身体を震わせながらまずは身の安全を要求する。
「そ、その前に私達の…身の安全は保障してくれるんですか?」
「はて? 身の安全とは…? そうそう、これからお話することも口外もしないでくださいね。まぁ、話を聞けばそんな気も失せてしまうと思いますが…」
飛鳥は完全にこの部屋の地下で悍ましい何かが行われていると考えて校長に身の安全を迫るが、それを聞いて首を傾げる校長。
そのまま校長の口からは意外な真実が語られる。
「…あの声の正体は恐らく私の同級生の声でしょう。…もう彼は…友也くんは既に亡くなっていますがね」
「!?」
校長の口から語られたラジオの声の正体。
それは既に亡くなっているという校長の同級生だと判明する。
ここで初めて声の主が既に死んでいるということがハッキリして戦慄する四人。
声の主が生きている人間のモノではないかもしれないという疑念は強く持っていたが、改めて霊的な存在を名言されて驚いたのだ。
「あれは死者の声だと仰るんですか校長? そんなバカな!」
「南雲先生落ち着いてください。まずは私の話を最期まで聞いてくれませんか? 反論はそれからでも…」
「……」
余りにも荒唐無稽な話に思わず反発する南雲。
祐希達はまだしも、大人である南雲には幽霊の存在など到底信じられなかったのだ。
そんな南雲を校長は落ち着かせると、そのまま話を続ける。
「小野村には今も石炭を採取できる鉱山があります…それは知っていますね? それ故にこの地域は都市部からは離れているにも関わらず戦時中は攻撃の対象になっていました。当時はまだ私も小学生で―」
校長から語られる村の歴史。
採掘資源があるが故に戦時中に敵国からの攻撃対象となり、多くの村人が戦禍に巻き込まれたことが告げられる。
それは村に住むものであれば一度は聞いたことがある話であり、その渦中の際に校長の同級生が学校の地下にあった防空壕で亡くなったという。
しかも、その時に防空壕で亡くなったのは遅くまで学校に残っていたその勤勉な生徒たった一人だけであり、校長達は別の防空壕に避難していて難を逃れていた。
生徒達に配慮して校長は詳細までは語らなかったが、どうやらその生徒は焼夷弾の空襲の際に防空壕の中で蒸し焼きになって亡くなったようだ。
「…あれから毎年欠かさず供養はしたつもりだったのですが、新校舎の移転に伴い寂しくなってしまったんですかね…まさか今になってあんな苦しそうな声を聞くことになるなんて…うぅ…」
悲惨な記憶が脳裏に蘇り、思わずその場で涙を流し始める校長。
どうやら一人ぼっちで無くなった生徒の霊が、新校舎移転にともないまた自分だけ置き去りにされるのかと感じてメッセージを発信したのだと話す。
一見すると戦前からの面影を保っているように思えた旧校舎だが、実は7割ほどが戦後に修繕されていたこともこの時にあかされた。
「あの…校長先生。つまりあの声は当時の生徒のもので…防空壕で悲惨な最期を遂げた児童のものだと?」
「それ以外に何がありますか? あれ以上に悲惨なことが小野小学校で…いや、小野村で起きた記憶はありませんよ!…間違いない!…あれは知也くんの声だ!…私には分かるんですよ南雲先生」
ラジオの声は同級生のモノで間違いないと語る校長。
その後、これ以上いたずらに騒がないで欲しいと涙ながらに懇願した。
ラジオの件を秘匿した理由も、あの日たまたまラジオの声を聞いてスグに知也の叫びだと理解した校長は、知也が心霊ブームの見世物になるのを避けたかったのだと語る。
「最近はよく幽霊のことで世間が騒がしいでしょ?現にこの前もテレビ局の取材が学校にまで来てしまいましたし…静かに知也くんを逝かせてやりたかったんですよ」
「…」
先日の騒ぎを指摘されて申し訳なさそうに俯く三人。
「しかし、せめて教職員である私達に相談してもらえれば…」
「若い先生方も面白半分に考えていたんじゃないですか? 先ほども言いましたが、この件で騒ぎを大きくしたくなかったので一人で処理したのですよ。この防空壕の入り口を開くのに時間がかかってしまいましたが、その甲斐あって密かに供養はできました。まぁ、最後の最後で見つかってしまいまたけどね…」
本来は容易く掘り起こせた防空壕の入り口も、老いた身体を鞭打ちながらたった一人で開放していた校長。
この数日、校長が何度も放課後に旧校舎を訪れていたのはそれが理由だった。
そして、その甲斐あって知也を静かに見送ることができたとも語る。
「あの最後って…ラジオはどうなったんですか?」
何もかも終わったかの様な口振りで語る校長に、飛鳥がラジオのことについて尋ねる。
「言葉通りの意味です。それにしても本当にタイミングが良かった…もうあのラジオから声が聞こえることもないでしょうから」
「!? どういうことですか校長先生?」
ラジオからもう声が鳴り響くことはないと語る校長。
つい先ほど、防空壕の中にラジオを持ち込んだとたんにラジオが動きを止めたのだと語る。
「友也くんも無事に成仏でき、今日で全部終わりだ。そういう意味では全てが終わった後に君たちに話せて少しスッキリしたよ。さぁ、冒険はもうおしまいだ…もう遅いから早く帰りなさい」
こうしてラジオの声を巡る怪奇現象の原因は唐突にあきらかになり、三人の調査もここで一旦終了することになる。
それから三人は校長と南雲に連れられて旧校舎を後にし、地平線の彼方に沈み切った夕焼けの残照に照らされながら帰路につく。
「…ねぇ、とりあえずまた明日の放課後に話さない?」
その帰り道、立花が明日も集まろと言ってくる。
俺もこのまま解散というのも嫌だったから、自由研究の件も含めて今後のことを三人で話し合うことにした。
(立花とも折角仲良くなれたと思ったのに、三人で集まるのも明日が最後になるのかな?)
最初は嫌々だったが、振り返ればそれなりに充実していた日々だったと思い返す祐希。
仲違いしていた村生まれの飛鳥との距離も縮められ、それはクラスメイトや友情以上の気持ちに昇華するなど、思いもしないコトにも発展。
(結果、立花は俺のことー)
程なく解散されるこの集まりに名残惜しさを感じていた。