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【5月22日 14:05分】

奇跡は存在するが、それはあらゆる方法もってしても我々人類には体現できない現象である。

故に奇跡と呼ばれる現象なのだが、これから語る出来事はまさにその奇跡が体現された様な出来事だった。



とある辺鄙な山間部に位置している小野村。

そこは都市部からも離れているにも関わらず、人口3千人規模を誇っている村である。


また、村の各所では近代化のための住宅や施設の建て替えが積極的に行われており、最先端のインフラ整備などを売りにして移住者を集めている小野村。


その経済発展を支えているのは、主に小野村の周辺に広がる広大な石炭の採掘施設・事業だった。


採掘場は戦前から利用されているにも関わらず、未だに安定した石炭の供給が続いているという資源に恵まれた土地なのだ。


その恩恵もあって村の人口は戦後も右肩あがり続きで、大勢の労働者・移住者を受け入れるための計画・準備も進められている。


村内にある小野小学校も計画対象の一つであり、将来的な人口増による児童数の増加を見越し、より大きな新校舎が伝統的な木造建築である旧校舎の真横に建設されていた。


時は1991年5月22日。


小野小学校では、旧校舎からつい先日に完成した新校舎への移転作業が本格的に行われていた。


移転の作業には小野小学校の在校生達も駆り出され、生徒達は教師達に割り当てられた場所で、それぞれいくつかのグループに分かれて荷造りに励む。


また、旧校舎は移転後には取り壊される予定であり、近々その役目を終える校舎は引っ越し作業に追われる生徒達の活気で溢れかえっていた。



「はぁ、体育の授業が引っ越し作業に変更なんて最悪。なんで荷物整理なんてしなきゃいけないんだ…くそぉ…」



ブツブツと文句を言いながら、倉庫の様な部屋で荷物をダンボールに詰める一人の少年。

少年の名前は【里中(さとなか) 祐希(ゆうき)】。


小野小学校に通う6年生の男子生徒だ。

祐希の家族はとある事情で都心部を追われた移住者であり、父親は村管轄の採掘所で勤務している。


また、祐希達のような家庭は総じて村人からは【移住組】と呼ばれており、祐希は村で暮らすようになってから既に一年は経つのだが、同年代の移住組がまだまだ少ないということもあって周囲の生徒達からの疎外感を感じており、未だに小野村には馴染めずにいた。



「…あーもう汚い!こんな古いモノなんて捨てて、もう全部新しくしちゃえばいいのに」



その日、元々の予定では体育の授業だった。

それなのに何故か引っ越しの作業を手伝わされていた俺達。


流石に俺達が使う机や椅子は新しくなったけど、まだまだ使えるからという理由で旧校舎で備品の持ち出しをしていた。


俺のクラスが任されていたのは旧校舎の二階にある倉庫であり、ホコリはスゴイし虫はウジャウジャ出るし汚いわで最悪。


でも、元から村に住んでる連中は多少の文句は言いながらも何が出てきても平気な顔して整理していた。


村に引っ越してから一年経っても、慣れないものはとにかく慣れない。



「うわぁ! 今度は何だ!?」



見慣れないグロテスクな虫が荷物の隙間から飛び出すなど、倉庫整理に四苦八苦する祐希。

両手には厚手の軍手、ホコリ避けにバンダナを口元に巻いていたのだが、それ故に息苦しさも感じながら額から汗が滲み出ていた。


そもそも引っ越し作業は全て役場の用意した業者が対応するハズだったのだが、教師と生徒を動員することで学校側は村から提供された予算を別の催しに流用しようと考えていたのだ。


最終的にその予算は生徒達に還元されるのだが、そんなことを知らない生徒達は嫌々引っ越し作業に従事している。


特に人気のある科目が引っ越しの予定と重なったクラスの反発は強く、加えて都会育ちで生意気な祐希は尚更ヤル気もなくダラダラと荷造りを進めていた。



「おい祐希~もうみんな先に行っちゃったぞ。俺も先に行くからな!」



祐希の背後で声が響く。

それは友達の【工藤(くどう) 健介(けんすけ)】の声だった。


健介も祐希と同じく移住組である。

村に引っ越してきた時期も同じくらいだった二人は境遇が似ていたこともあり、スグに意気投合してつるむ様になったのだ。


二人は何をするにもいつも一緒であり、その日も背中合わせに荷物整理に励んでいた。



「えっ…健介!? うわっ!ホントに誰も居ない…ちょっと待ってくれ、すぐ終わるから!」


「早くしろよぉ~あんま遅くなると先生に怒られるぞ」


「分かってるって!」



慌てて俺は後ろを振り返ると、ダンボールを持った健介が一人立っていた。


ついさっきまで一緒に荷造りしていたハズの健介以外のクラスメイトの姿はもう何処にもない。


俺は倉庫に一人取り残されるのが嫌で、一人残っていた健介を引き留めながら急いでダンボールに荷物を押し込む。



この時、他の同級生達は既に渡されたダンボールに荷物を詰め終えており、続々と新校舎に向かって自分のまとめた荷物を運び始めていたのだ。


ダラダラと荷造りをしていて取り残された状況に焦った祐希は乱暴に残った荷物をダンボールに詰めるのだが、その際に手に取った古びた年代物の小型ラジオに何故か視線を奪われる。



(…なんだろうこれ? なにかの通信機かな?)



そのラジオは祐希の世代でも珍しく感じる年季の入ったモデルのラジオであり、所々サビついていて一見ジャンク品の様な状態だった。


祐希もラジオ自体の存在は知っていたが、見慣れたモノはカセット再生機能も搭載されたラジカセの方だったため、何かの通信機かガラクタにしか見えなかったのだ。


そして、何が気になったのか祐希自身にも分からなかったのだが、急いでいたハズなのにそのラジオを手に取った瞬間に硬直してしまう祐希。



(コレ…なんか気になるんだよなぁ…なんでだろう?)



直後、祐希が手に取ったラジオのスピーカーから突然大きなノイズ音が鳴り響く。



「わっ!なんだよ急に! 電源入れちゃったのなぁ…」



祐希はラジオの電源を入れてしまったのかと思ったが、実はスイッチやつまみは弄られていなかった。


そのラジオは勝手に動き出し、不快なノイズ音を瞬く間に室内に響き渡らせていたのだ。


また、それと同時に微かではあるがノイズ音の中から微かに別の雑音も聞こえてくる。



「……テ……ケ…テ」



その音は聞きようによっては人の声にも聞こえるような奇妙な音だった。


だが、何を言っているのかはハッキリ聞き取れず、それ故に不気味さがより引き立つ。


その声の様な雑音を聞きとってしまった祐希は思わず声を上げてしまう。



「うわぁ! 今度は声!?」



突然機械から聞こえて来た不気味な【声】みたいな音。


何を言っているのか意味不明だったけど、確かにそれは【人間の声】の様に感じられた。


何故か分からないけど、俺にはそれが声だって思えたんだ。


驚いた俺は気味悪いその機械を思わず投げ捨てる。



ラジオから漏れる人の声らしき音に驚いた祐希によって投げ捨てられたラジオは、床に落下した後もザーザーとうるさいノイズ音を鳴り響かせていた。


この時、祐希は恐怖のあまり全身に鳥肌が立ってしまう。


聞こえる音だけでも不気味だったのだが、それ以上の言い知れる不安や嫌悪感をそのラジオから無条件に感じとっていたのだ。



「おい、どうした祐希!?」



祐希が荷造りを終えるのを待っていた健介は、突然大声で叫ぶ友人に反応してビクンと身体を震わせ、何事かと祐希に尋ねる。


どうやら健介に聞こえていたのは耳障りなノイズ音だけであり、祐希が聞いたような不気味な声のようなものは聞き取れなかった様だった。


すると、祐希は床に転がっているラジオに向かって手を震わせながら指さし、ラジオから聞こえる声について健介に伝える。



「お、お前…今の聞こえなかったのか!? こ、この機械から人の声が聞こえてくるんだ!」


「はぁ? 声? 何を急に…電源入っただけだろぉ」



慌てふためく祐希が指さすラジオを見つめながら、呆れ顔で手に持っていたダンボールを一旦床に置く健介。


そして、祐希が投げ捨てたラジオを拾い上げた。


その間もラジオからは相変わらずノイズ音が鳴り響き、健介はそのままラジオのスピーカー部分に興味本位で耳を当てる。



「どれどれ………おい、声なんか聞こえないぞ祐希。ずっとザーザーしているだけじゃないか…ホントに声なんて―」



健介はやれやれといった表情でラジオから鳴り響くノイズ音を聞いていると、再びスピーカーの奥から声の様なモノが響く。



「……ケテ……イ……」


「うぉ! なんだコレ!? ホントに声が聞こえるぞ…うぇ気持ち悪っ!」



祐希同様にラジオから漏れる不気味な声を聞きとった健介は、祐希と同じく慌ててラジオをその場に乱暴に投げ捨てる。


再び床に投げ捨てられたラジオはその後も止まることなく、ひたすらノイズ音だけが鳴り続けていた。


二人はその不気味なラジオにすっかり萎縮してしまい、荷物整理そっちのけで人の声らしきモノが聞こえるラジオの対処について話し合い始める。



「…なぁ、これどうする? もう触りたくないんだけど」


「お、おれに聞くなよぉ!…この辺は祐希の担当だろ? さっさと箱に詰めちゃえよ!」


「えぇ!? そんなぁ…」



怯える祐希に他人事の様に振舞い、ラジオの処理を祐希一人に押し付けようとする健介。


この時、健介自信も得体の知れない声に内心では酷く怯えていたのだ。


そして、どうしたものかと不安げな表情を浮かべながら祐希はラジオをジッと見下ろしていると、そんな二人の背後で不意に声が響く。



「どうしたの二人とも?」


『うわぁああぁああ!』



その声に二人は思わず揃って叫び声を上げながら揃ってバッと背後を振り返る。


すると、そこには同じクラスメイトの女子生徒【立花たちばな 飛鳥あすか】の姿があった。


飛鳥は村の生まれでクラスのリーダー的な存在であり、中々荷物を持ってこない二人を心配して新校舎からわざわざ駆けつけてきたのだ。



「なんだぁ立花かよぉ…」


「ちょっといきなり何よ! ビックリしたじゃない!」


「お前が脅かすからだろ!」



大声を上げる二人に驚く飛鳥だが、健介は逆ギレして逆に脅かすなと飛鳥に怒鳴る。


そんな理不尽な健介の反応に顔をしかめる飛鳥。



「脅かしてなんてないでしょ! もう、わざわざ様子を見に来てあげたのに…それで、残っている荷物はそれだけ? ホントに二人はいっつも足並み合わせてくれないんだから!」



飛鳥は部屋に残ったダンボールを確認すると、事態を知らないが故に二人に早く荷物を運ぶように指示を出そうとする。


加えて【移住組】である二人が時折好き勝手に振舞っていることに不満も感じている様子だった。


二人にしてみれば自然体で過ごしているだけなのだが、【村生まれ】の子達からすると協調性に欠ける祐希達は自己中心的に見られがちだったのだ。


祐希の感じていた疎外感なども、そういう日々の認識のすれ違いから生まれたものである。


だが、それどころではない心情の二人は怒る飛鳥を無視し、揃って床に転がっている足元の奇妙なラジオの方を指さした。



「それよりコレだよ! この変な機械!」


「変な機械? あぁ…ただのラジオじゃない。おじいちゃんが持っていたのに似てるわね…これ鳴ってるけど電源入ってるの?」



床に落ちていたラジオを拾い上げる飛鳥に、二人は慌てた様子で先ほどラジオから聞こえた奇妙な声のことを話す。



「おい触るなって! それから変な声が聞こえてきたんだよ!」


「声?」


「立花やめろ!」



飛鳥は二人の制止を無視し、拾い上げたラジオのスピーカーに耳を当てる。



「何かのイタズラ? そう言われると余計に気になるじゃない」



俺と健介が止めたのに、立花は機械…ラジオに耳を当てていた。


そもそもラジオ自体は俺の家にもあったと思うけど、形が全然違うからそれがラジオだったなんて全然気が付かなかったんだ。


外観もボロくさいから結構昔のモノなんだろう。



引き攣った表情で飛鳥を見つめる二人。

すると、程なくして飛鳥の耳にもラジオのスピーカーを通して例の声が響く。



「タスケテ…アツイ…ニゲテ…」


「えっ!?」



それは、何故か声と判断できる程に先ほどよりもハッキリ聞こえる状態になっていた。


それには飛鳥も驚き、反射的にラジオのスピーカーから咄嗟に耳を離した。



「ちょっと…なにこれ…ホントに声が聞こえる…助けてって言ってるの? イタズラ?」



驚いた表情で二人を見つめる飛鳥。

二人はブンブンと頭を横に振って悪戯ではないと返答する。



「それじゃこれは…誰かの声?………もしもし! 聞こえてますか? 何か困ってるんですか?」



飛鳥はラジオに向かって話しかけ始め、なんと声の主とのコミュニケーションを試みる。


すると、その行為に驚いた祐希は飛鳥からラジオを取り上げようと慌ててラジオに手を伸ばす。



「わぁ! なに話しかけてんだよお前! やめろって! なんか出てきたらどうするんだよ!」


「何か出てくる? 誰かが困ってるなら放っておけないでしょ! きっと何処から呼びかけてるのよ…」



てっきり俺はラジオから聞こえる声が【幽霊の声】かなんかだと思ってた。

けど、立花はそれがドコからか発信されているモノで、俺達に助けを求めている声だと言い始める。


それを聞いた俺はなんだか一気に力が抜け、掴んでいたラジオから手を話す。


幽霊だとか呪いじゃないならもう怖がる必要もないし、何だか怯えていたのが恥ずかしくなってきたからだ。



「…え? そ、そうなのか??? さっきはそんな風には聞こえなかったけど…」



祐希はラジオから聞こえる不気味な声は心霊現象の類のモノだと認識しており、飛鳥から考えもしてなかった指摘を受けて困惑しつつも安堵する。


それは健介も同じであり、口には出さなかったが祐希同様にホっとした様な表情を浮かべていた。



「私も詳しくしらないけど…確かに普段はラジオからこんな音声は流れてこないハズよ。でも、きっと緊急事態なのよ! とにかくこのままにはしておけないでしょ」


「そ、そうだな…でも…やっぱり少し不気味じゃないかその声?」


「それは多分、ここだと電波の状況が悪いからだと思わう」



ラジオから聞こえる声は、何者かが非常事態を告げるためにドコからか発信している声だと推測する飛鳥。


飛鳥の説明でラジオとはそういうモノなのかと誤認識した二人は、先ほどよりも落ち着いた様子で飛鳥の話に聞き入った。



「なぁ、だったらスグに先生に報告した方がいんじゃないか? 助けてくれって言ってたんだろう?」


「俺もそう思う!」


「そうね…こっちからの声は届かないみたいだし…ここでラジオに呼びかけても無意味よね」



飛鳥の話に緊急性を感じた健介は、とりあえず担任の教師に報告しようと提案する。


それには他の二人も賛成し、三人は新校舎にいる担任の教師である【南雲なぐも 太朗たろう】にラジオのことを報告することにした。


だが、部屋を出ようとする際に飛鳥は問題のラジオ片手にドアの前で立ち止まり、急に後ろを振り返って二人にこう告げる。



「…ちょっと待って、二人はその荷物を持って後についてきてね。ここの整理も放っておけないでしょ? コレは私が責任を持って先生に届けるから!」


「って、おい待てよ立花! そのラジオは俺が見つけたんだぞ!」


「いいから急ぎなさい! それでさえ荷物の運び出しが遅れてるんだから。さっきも言ったけど荷物を放っておいたら後で先生に怒られるわよ? それに、新校舎からまた戻ってくるのは嫌でしょ?」



立花はそう言って俺達を残したまま早歩きでラジオを持ったまま部屋を出ていく。


それどころじゃないと思うけど、いちいち五月蠅いヤツだ。


黙ってればクラス中でも【顔だけ】はいいのに、とにかく立花は性格がキツイ。


でも、確かにまたここまで荷物を取りに来るのは面倒だった。



「あーもう! 面倒だなぁ…」



祐希は渋々ながらも残った荷物を急いでまとめていると、直後にダンボールを抱えた健介が慌てた様子で祐希に話しかけて来た。



「なぁ祐希、もしかして立花のやつ…ラジオの手柄を横取りする気じゃないのか?」


「はぁ? 手柄?」


「あれって幽霊じゃなくて、誰かが助けを求めてるんだろう? それを助けたら俺達ヒーローじゃん!」



言われてみればその通りだ。

そうなれば村のヤツらに自慢できるかもしれない。


俺は健介の話を聞いて急いで残った荷物をダンボールに詰め込んだ。



「そうか…なら急いで追いかけよう!」



幽霊騒ぎから一転して、人命救助の騒ぎに発展したラジオから漏れる不気味な声。


自分達が見つけたラジオを飛鳥に奪われたと思った二人は、急いでそれぞれのダンボールを抱えながら慌てて飛鳥の後を追って走り出す。



「おい!待てよ立花!」



二人が荷物を持って廊下に出る頃には既に飛鳥は廊下の奥にいた。


そして、健介の声に反応してチラっと祐希達を見ると、ニヤっと笑みを浮かべながら駆け足で近くの階段を降りていく。



「あっ!アイツ急に走り出したぞ! やっぱり手柄を横取りする気だ!」


「追いかけるぞ健介!」



飛鳥の真意は定かではないが、追いかけて来る二人に反応して走り出したのは事実だった。


二人はダンボールを抱えたまま急いで飛鳥の後を追う。

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