6 対象者の告白
「で、どうして死にたいの」
ワタシは自動拳銃の鼻面を向けて話すように促した。
阿部孝之は右斜め前に焦点の合わない視線を投げて考えるようにして言った。
「今月末で、私の会社は倒産します。莫大な負債をかかえています」
「だから死にたいの?」
阿部孝之は首を振った。
「会社が倒産して借金を負っても死ぬ必要はありません。自己破産をしてもいいし、自己破産しないまま毎月数千円程度弁済してそのまま弁済を猶予し続けてもらうこともあります。そういう経営者はいくらでもいます。借金は死ぬ理由になりません」
「ならどうして死にたいの?」
「娘のためです」
「娘?」
ワタシは拳銃のグリップを握り直した。
阿部孝之に娘はいない。
戸籍で調べてある。
「嘘を言うと自殺させるわよ」
「待って下さい。本当なんです」
「あなたには息子が一人いるだけでしょ」
「戸籍上はそうです」
「ということは……。愛人の子?」
阿部孝之は頷いた。
「認知もしていません。でも今になれば逆にそれがよかった。私が死んでも負債を相続することは無いですからね」
「でも、何故?」
「その子は……、陽葵というのですが、陽葵は難病にかかり余命あと数年なんです」
「……」
「でも健康保険の適用が無い先端医療を試せば助かるかもしれない。その費用が一億円近くかかります」
「生命保険ね」
「そうです。私は受取人が1億5千万円を受け取れる生命保険をかけています。その受取人を陽葵の母にしました。ただ、今月末の保険料の支払いはもうできません。債務不履行になれば解約されてしまいます。それに解約されなくても破産すれば管財人に生命保険は解約されてしまい、解約返戻金は配当にまわされます。だからチャンスは今しか無いのです」
「自殺はだめなの?」
「ええ、保険金目当ての自殺が増えて、自殺を誘発するからと約款で自殺の場合には保険金がおりないようになってしまいました」
「それで殺して欲しいのね」
「私にはもう時間もお金もありません。残ったすべてのお金をあなたの組織に払ってしまいました。別の殺し屋に依頼したくても、返金を待っていたら、保険契約は保険料不払いで解約されるか、それとも債権者から破産手続開始の申立をされるかもしれません。ここであなたに断られたらもう後が無いんです」
「要は娘のために、自分の命を引き換えにするのね」
「そうです。お願いです。お願いですから、私を殺して下さい」
阿部孝之は泣きながら土下座をした。
「顔を上げなさい」
「はい」
「泣いていたら打ち合わせができないわ」
「と、いうことは?」
「私はプロよ。お金はもらっているし、顔合わせは済んだのだから仕事は実行するわ。今回は対象者が協力してくれるんだから殺りやすい仕事ね。さあ、さっさと片付けましょう」
「ありがとうございます」
阿部孝之は号泣した。
だが、ワタシは甘くない。
殺しを実行する前にボランティアに化けて陽葵に接触して裏を取った。
阿部孝之が言ったことはすべて事実だった。
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