5 陽葵の王子様
数カ月後、ワタシはボランティアを装いリハビリ専門の病院に行った。
庭に行くと、車椅子の少女がワタシを見つけて手を振った。
「阿部真理愛さん!」
ワタシは手を振りかえした。
「陽葵ちゃん」
「ずっと来てくれないから、もう私のこと忘れちゃったのかと思っていた」
「陽葵ちゃん、ごめんね。お仕事の方が忙しかったの」
「いいの。こうして来てくれただけで、嬉しい」
「具合はどう?」
「とてもいいわ。先生がね。もうすぐ車椅子から降りて普通に歩けるようになるって」
「そう良かったわね」
「それに、学校にも行けるかもしれないの」
「まあ、すごい」
「私、憧れていた美大を目指すことにしたの」
「陽葵ちゃん、絵が上手だものね。良かったわね」
「身体が治って、しかも好きな絵の勉強ができるなんて夢のまた夢だと思っていた」
陽葵の目には涙が溜まってきた。
ワタシは数ヶ月前からボランティアに化けて陽葵に接触していた。
陽葵は難病にかかり余命数年だった。
健康保険のきかない先端医療を試せば生存できる可能性があったが、陽葵は母子家庭で経済的に無理だった。
陽葵には絵の才能があったが、難病で無くても金のかかる美大に行って絵を勉強するチャンスなどなかった。
生きることも、そしてたった一つの小さな夢も才能も実現することはできず、ただ死を待つだけの少女が私が最初に会った時の陽葵だった。
「本当によかったわね」
「うん」
陽葵は涙を拭った。
「それも、どこかにいる私の王子様のおかげよ」
「王子様?」
「王子様かどうかは分からないけど」
陽葵は恥ずかしそうに笑った。
「お母さんや先生は、その人のことを『あしながおじさん』って呼んでいる」
「まあ、その話を聞かせて」
「その『あしながおじさん』が、私の手術代を出してくれて、これから美大に進学する学費も出してくれることになったの」
「まあ、すごいわね」
「どのくらいのお金がかかったのかは先生もお母さんも教えてくれないけど、きっとすごくかかったのだと思う」
「でも、よかったわね」
「私の夢を聞いてくれる」
「ええ、もちろんよ」
「私ね、美大に進学できたら、もっと、もっと絵の勉強をして上手くなって、私の王子様に肖像画をプレゼントしたいの」
「まあ」
「真理愛さんはどう思う?」
「素敵なプレゼントね」
「そうでしょ」
ワタシは阿部孝之とのやり取りを思い出した。
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