2 対象者
ワタシは猫が送ってきた対象者のデーターを早速読んだ。
対象者は阿部孝之という61歳の企業経営者だった。
建設業、運輸業、不動産業などに手を出し、若くして政治家のタチマチをしたり、ヤクザとの関わり合いもあったようだ。
だが、昭和や平成の時代には、そんな企業経営者はいくらでもいた。
特別、大物でも悪人でも無い。
最近は事業が傾き、会社の経営状態は良くないようだった。
殺し屋を雇うほどの敵がいるようには見えなかった。
妻と子供がいるが、妻とは離婚し、子供は成人していた。
家族とは一緒には暮らしておらず、一人のようだった。
ある意味、凡庸な企業経営者だ。
あえて殺し屋を雇ってまで殺す意味があるのだろうか。
ワタシは対象者について独自のネットワークも使ってさらに詳細を調べてみようと思った。
電話が鳴った。
猫からだった。
「どうだい」
「対象者のことを調べていたところ」
「相変わらず熱心だな」
「……」
「今回はどうやって殺る」
「まだ決めていない」
「クライアントのリクエストで自殺の偽装はNGだぞ」
「それはもう聞いた。分かっている」
「必要なものがあれば言ってくれ。そうそう、最近いい自動拳銃が手に入ったよ」
「そんなものを使わないのは分かっているでしょ」
「ははは、そうだな。それとこの前のミッションの対象者、ついに死んだよ」
「そう」
「報酬の振込はいつも通りでいいか」
「ええ」
「しかし、完璧な殺しだったな。誰も殺人だと疑いもしない」
「お世辞はやめて。気持ち悪いから」
「お世辞なんかじゃないよ」
電話を切った。
ワタシはプロの殺し屋だが、サイレンサー付きの自動拳銃で眉間に弾丸を一発撃ち込んで殺したりはしない。
そんなことをすれば、どんな馬鹿にも、殺人事件だと分かってしまう上に、殺し屋がやりましたと書いてあるようなものだ。
人を殺すのに武器はいらない。
猫が言っていた直近のミッションでは、繁華街を歩く対象者を転ばせて頭を歩道に打たせた。
すれ違いざまに相手のバランスを崩して倒したのだ。
実戦で使えない思われている合気柔術や太極拳の推手で身につけた技を使った。
頭を打ち脳内出血を起こした対象者は救急車で病院に運ばれた。
その夜、看護師に化けて対象者の点滴液をすり替えた。
ようやく、対象者は帰らぬ人となったらしい。
病院側は自分のところの看護師のミスだと青くなっているだろう。
これだと、誰が見ても対象者がただ滑って転び、運が悪いことに病院のミスで容態が悪化し、死亡したとしか見えない。
不運な事故の連鎖にすぎないから殺人課の刑事も動かない。
だが、全ては計算ずくでやったことだ。
ワタシは、今度の依頼はどのような殺し方をしようかと考えた。
依頼主は決して自殺にみせかけないようにして欲しいと依頼してきた。
自殺にみせかけて殺すのは定番の殺し方の一つだ。
(どうして、自殺を偽装したらいけないのかしら。それに、どうしてわざわざ私を指名して「顔あわせ」を拒絶するの)
今回の依頼には謎が多かった。
ワタシはミッションをこなしながらも、この依頼主の謎も解き明かそうと思った。
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