1 依頼
電話が鳴った。
猫からだった。
「もしもし、空か?」
そうだとワタシは答えた。
「どこにいる」
いつもの店だと答えた。
「仕事だ」
ワタシは店の外に出た。
「クライアントとの顔合わせは?」
「ナシだ」
「なら受けない」
ワタシは電話を切ろうとした。
「待て、空」
猫が焦った声を出す。
「私が依頼者と顔合わせをしないと仕事を受けないことは知っているでしょ。そんなことも知らないクライアントなの」
「違う。そのことはクライアントも承知している。その上で空をご指名なんだ。それから殺し方だが自殺を偽装するのはNGだ」
「なめているの? 無理ね」
「待て。報酬が破格なんだ。組織の台所事情も知っているだろう」
「代わりの殺し屋なら他にいくらでもいるでしょ」
「皆ミッション中で忙しい」
「依頼した殺し屋と顔を合わせたくないのなら、ウチでなくてもダークウェブで雇えばいい。なんらなら、そいつにダークウェブ専用のプラウザとログインのIDを教えてあげましょうか」
「クライアントは空でないとダメだと言い張るんだよ」
ワタシは興味を持った。
「まさか、罠じゃないわよね」
「その可能性も考えた。だが、調査部はそうではないと言っている」
「匿名の依頼なんでしょ。どうして罠じゃないと分かるの」
「そんなの知らんよ」
ワタシは殺し屋だが、依頼を実行するにあたり依頼者と必ず顔合わせをしている。
これは保険みたいなものだ。
殺しを実行した後に口封じのために殺されないためだ。
依頼者がワタシを裏切ったら、塀の外にワタシがいればその依頼者を殺す。
塀の中にいたら、全部白状して共謀共同正犯で道連れにして死刑台に送ってやる。
シンプルな防衛策だ。
だが依頼者の中に自分の影武者を送り、そいつとワタシとでの顔合わせで済まそうとした奴がいた。
速攻でその影武者を殺して依頼者のところに乗り込んで行った。
それ以来、誰も影武者を送ってこない。
そんなことをすれば殺されることが分かっているからだ。
だから、ワタシを騙そうとするやつはいない。
そうしたことを知っていてワタシを指名し、さらに顔合わせを拒んでいるとしたら、その依頼者はいったいどんなやつなのだろう。
ワタシはその依頼に惹かれた。
「本当にその依頼者は私のことを分かっていてそういう依頼をしているの?」
「そうだ」
「分かったわ。じゃあ今回に限り、その依頼を受けることにするわ。対象者のデーターを頂戴」
「助かったよ」
猫が安堵した声を出した。
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