〜とある巫女の1月1日Ⅲ〜
もう!貴姫ちゃんったら!可愛すぎでしょ!!(ฅ>ω<ฅ)
「で、貴姫の好きな人って、誰なの?」
ワセリンの容器の蓋を開けながら、和花が切り出した。貴姫が恋愛御守りをつまみ上げた時から気になっていたのだが、聞く暇がなかったのだ。さり気なさを装う為に蓋を横に置いて、中のワセリンに人差し指を突っ込んだ。
「巷で噂のイケメン高校生。和花って長谷本君一筋だからさ、名前聞いても知らないと思うけど。」
さらっと答えてから、貴姫が横目で和花の顔を見やる。和花は裕也以外の異性に全く興味を示さない。誰がイケメンだとか、誰がそのイケメンと付き合ったとか等の、巷の噂に疎い。
「あはは、だって私にとっちゃ裕也以外イマイチだもん。」
和花が微笑んだ。微笑むといっても、普段とは少々異なる。それは大切な人を愛おしむ、とても優しい笑みだった。和花本人は慣れた手つきでワセリンを塗り伸ばしているから無意識なのだろうが、貴姫は和花が裕也の話をする時に、必ずこの表情になることを知っていた。
「青上真っていう、六木高等学校の2年生なんだけどさ、この前、公園で1人でバスケの練習してるのを見て、一目惚れしちゃったんだよね。なんか、こう、自分でもよく分からないんだけど、カッコイイなって。私、やっと恋する乙女の気持ちが分かるようになったよ。」
鳥居の上に止まった夫婦鳥を眺めて、貴姫がしんみりと語った。ふいに、夫婦鳥が飛び上がり、貴姫の視界から消えた。
「貴姫の初恋かぁ〜!」
和花が貴姫にワセリンの容器を差し出した。その顔はにやりと笑っている。恋する乙女となった貴姫を面白がるような顔だ。
「何よ、偉そうに。和花だって初恋じゃん。」
少しむくれた態度で貴姫が言い返し、ワセリンの容器を引ったくった。
「私の方が片想い歴長いでしょ。」
ふふん、と和花が背伸びをして、貴姫を見下ろす。貴姫は手の甲にワセリンを塗りつつ、和花を見上げた。
「片想い歴長いって、それ悲しい事だよ、自慢にならないよ。」
貴姫がツッコんで、笑声が起こる。もう、日は西の空に傾き始めていた。ひとしきり笑いが続き、それが収まると、2人は境内を見渡した。チラホラと人が減り始めている。夕方だしそろそろ年寄りが増えてくるかな、と和花が考えていると、貴姫があっ、と声を上げた。
「見て見て、あの人、青上さんかも…!?」
貴姫が指差す方を見ると、コートを着込んだ長身が2人の方に近づいて来ていた。貴姫はらしくもなく慌てふためいている。
「貴姫、ほらしっかり!」
和花が貴姫の背を叩き、無理やり前に押し出す。丁度社務所の前に立ち止まった青上がにっこりと微笑んだ。貴姫の頬に赤みが差す。横で見ていた和花は、イケメンというより美しいと感じた。
「明けましておめでとうございます。えーと、この2番の安全御守りの青をください。」
青上から先に挨拶して来た。客に先に挨拶させるのは接客上失礼だ。和花は横目で貴姫を睨み、その背を押した。貴姫がよろめいて1歩前に出る。和花に押されて接客しなければならなくなった貴姫は緊張しながらも口を開いた。
「あ、明けましておめでとうございます…!えと、2番ですね!分かりました!」
和花に目で合図する。和花はこくりと頷き、紙袋を取り出した。
「600円になります。」
うわずった声で貴姫が言うと、青上は笑顔のままコートのポケットから財布を取り出した。優雅な所作が彼の美しさを際立たせている。カルトンに百円玉が6つ、丁寧に置かれた。青上に見惚れていた貴姫が慌てて百円玉を手に取る。そんな貴姫を見つめて、青上がふと呟いた。
「やっぱり巫女さんは可愛いなぁ。」
「っえ。」
貴姫が手から百円玉を落とした。和花さえも思わず片手で口を押さえてしまった。好きな人に可愛いと言われ、貴姫の顔が極限まで真っ赤になる。
「あっ、そ、そのっ…!思わず…。」
青上が真っ赤になっている。思わず口をついて出た言葉に自分でも驚いたのだろう。
「えと、あの、あ、ありがとうございます…!?」
貴姫が慌ててその場を取り繕う。そして落とした百円玉を拾う為にしゃがんだ。貴姫!百円玉なんて私が拾うから、接客してよ……!と内心慌てながら御守りを袋に詰める和花。親友の初恋を応援したかった。しかし、当の貴姫は百円玉を握り締めたまま立ち上がろうとしない。
「あのぅ……、大丈夫ですか?」
青上がおずおずと尋ねる。しゃがんだまま立ち上がらない貴姫を心配したのだろう。そして次の瞬間、ハッとした様に顔を青くした。
「もしかして、さっきの僕の発言で気を悪くしてしまいましたか!?申し訳ありません!」
そう叫ぶや否や大きく頭を下げた。和花は呆気に取られた。青上が、巷で噂のイケメンが、まさかこんなに的外れな心配をしてくるとは。貴姫が顔を上げて困った様な可笑しい様な表情で和花を見つめた。和花が微かに頷く。それを見て貴姫は意を決した様に立ち上がった。
「い、いえ、大丈夫です。その、少し足が痺れてしまって…。」
貴姫はあはは、と笑顔を作り、百円玉に目を落とす。「丁度600円ですね。」と呟いた。引き出しを開けると、貴姫が和花の方に顔を向けた。
「和花、ほら。」
貴姫が御守りを持った和花と代わろうと横に退く。しかし、和花は御守りの入った紙袋を貴姫に押し付けた。
「貴姫が渡して!」
小声で伝える。
「え、でも…。」
和花は困惑する貴姫の手から百円玉を奪い取った。ついでに青上の前に貴姫を押し退ける。
「掟なんて気にしなくていいから!」
親友に気圧されて、貴姫は青上に紙袋を差し出した。ニカッと笑顔付きで。2人の手が触れる。青上の瞳が揺れた。貴姫はさっきよりは緊張が解けたが、それでも体が熱くなるのを感じた。
「あり、がとうございます。」
半ば呆然と受け取った青上に、貴姫の顔が曇る。そんな貴姫を見て、青上が付け加えた。
「その、君の手が、冷たかったので。女の子なんだから、体を冷やすと良くないし、あんまり長く外に居ない方が良いと思います。あっ、そのこれはあくまでも僕の思い付きなので、気にしないで…下さい…。」
最後は消え入りそうな声だった。俯いて、紙袋をぎゅっと抱き締めた青上。自分がまた失礼な発言をしたと思い、自己嫌悪に陥ったのだろう。完全に緊張が解けた貴姫がふっと微笑んだ。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。貴方がこんなふうに心配してくれて、心が温まったから…。」
最後は自分で言って、赤くなる貴姫。和花は微笑ましい2人のやり取りに満足した。そして、私の恋も、貴姫の恋も叶うといいな、と祈るのだった。
4話書くのが楽しみ!