~とある巫女の1月1日 Ⅱ ~
神影聖です。実は、3話までは書き終えております。和花も年頃の女の子ですので、もちろん、友達関係やら恋やらに忙しいのです!
「わあ、いい匂〜い!」
正午。和花は神社の裏の自宅で、昼食の用意をしていた。用意と言っても、冷めた汁物を温め直し、炊きたての白米をお椀によそう、ぐらいのものであったが。
ついさっき、昼食を終えた母に巫女の仕事を替わる、と言われ和花は社務所から出てきたばかりだった。早朝からずっと氷点下の世界で仕事をしていた和花は、室内に入ると体に熱が戻るのを感じ、ほっとした。
今日のお昼は海老天ぷらに、山菜汁。そしてホカホカの白米に、少々の漬物。The・和食という感じだ。和花がご飯の上に漬物を乗せていると、玄関の方から物音がした。
「和花〜!明けましておめでとう!」
パタパタと足音を響かせて家に上がり込んできたのは、和花の親友、美園貴姫。丈の長いワンピースの上に、コートを着込んでいる。微かに鼻頭が赤い。親友の姿を見て、和花の顔が明るくなった。
「貴姫!明けましておめでとう!寒かったでしょ、食べてく?」
和花は久しぶりに会った親友と話がしたかった。それに、食事は1人より何人かで食べた方が美味しくなるものだ。
「ありがと!ではお言葉に甘えて、頂きます!」
ニカッと笑った貴姫の様子を見るに、初めからそのつもりだったようだ。
「じゃあ、追加で天ぷら温めるね。」
まったく、お調子者なんだから。そう思いながらも和花はそんな親友のことが好きだった。貴姫の笑顔はいつも和花を明るくした。
山菜汁を2人分、貴姫が汁椀によそう。和花は天ぷらを温めた後、貴姫の分の白米をお椀に盛り付けた。2人分の昼食がお膳に乗せられると、2人はそれを座卓に運んだ。
「「いただきま〜す!」」
手を合わせて、食事に感謝する。2人はお箸を手に取り、日常のささやかな幸せを噛み締めた。
「ね、和花。お昼ご飯のお礼、午後のお仕事手伝うよ。」
山菜汁をすすりながら、貴姫が言った。和花が箸をとめる。
「ん、ありがと。でもさ、して良いのはお金の勘定だけだよ。」
「なんで?」
「この神社の掟に、神主家の巫女は正月の接客に手袋をしちゃいけない、ってのがあって。神の力を直接客に伝える為だから、御守りを渡すのは私とお母さんしか出来ないの。」
「分かった。でも私、計算機使うの苦手だよ?勘定が遅くなりそうだけど。」
2人だけの家に、笑声が響く。2人は昼食を終えると食器を片付け、2階に上がった。階段脇の和花の部屋に入る。
「えーと、これ、じゃない。どこだろ。」
和花がなにやらクローゼットを引っ掻き回している。
「最後に手伝ったのが確か…、半年前!夏祭りの時だよね。」
和花を手伝おうともせずに隣に立っている貴姫が、顎に手を当てて言った。
「これかな?お、あった!」
和花が手を振り上げた。
バサッ 巫女装束一式が舞い上がる。緋袴、白衣、襦袢、肌襦袢等。それらを貴姫がキャッチ。両手でしっかりと広げる。貴姫の体に重ねてみると、サイズはぴったりの様だった。
「うん、これだね。私のサイズにぴったり。」
ニカッと笑って、貴姫は巫女装束を床に放り投げた。コートのボタンに手を掛ける。
「私、先に行ってるから。着替えが終わったら鍵閉めて来てね。」
和花が貴姫に向かって鍵を放り投げた。
「おっけー。」
貴姫が素早くキャッチし、傍にある机の上に置く。和花は部屋を出て戸を閉めた。多分、お母さんとお仕事交替だろうなぁ。明日は親戚が挨拶に来るから、お母さんにはその準備があるし。そんなことを考えながら階段を降りた和花の目に、ワセリンの容器が映った。自分の手の甲に目を移す。関節の辺りが赤く、肌が荒れていた。和花は再びワセリンの容器に視線を戻すと、無言で手に取った。
昼下がりの太陽の下。和花と貴姫は御守りを眺めていた。勘定と御守りの袋詰めを手分けした為、午後の仕事は手際良く進んだ。その結果客が絶えて、暇になったのだ。
「小梅様の恋愛御守り!私も今年はこれ付けよっと。」
貴姫が小梅様の恋愛御守りを1つ、つまみ上げた。手袋をしていない。手袋をするとお金が掴みにくい、と本人は言うが、和花に遠慮してのことだろう。貴姫に好きな人が出来た?和花が口を開こうとすると、上から声が降ってきた。
「こらこら、つまみ上げるのは良くないわよ。」
2人が驚いて頭上を振り仰ぐと、巫女装束を来た女性が立っていた。和花の母、和葉だった。
「わ、すいません!」
注意された貴姫が慌てて御守りを箱に戻す。
「お母さん…!明日の準備は?」
和葉は、親戚を迎える準備をしているはずだった。
「少し気分転換しようと思ってね〜。可愛い2人の様子を見に来たの。」
呑気に微笑む母に、和花が呆れ顔で返す。
「お母さん、間に合うの?」
「大丈夫。私ってこう見えてもベテランよ、ベテラン。慣れてるもの。オホホホホ。」
余裕あるおば様、否、呑気過ぎる母である。和花は呆れて返す言葉もない。
「和葉さん、明けましておめでとうございます。」
呆れる和花の隣で貴姫がお辞儀をした。貴姫はお調子者で一見軽いようだが、礼儀正しい1面もあり、そういうしっかりしたところを和花は尊敬していた。
「明けましておめでとう、貴姫ちゃん。夏祭りの時も手伝ってもらって、うちは人手が足りなくてごめんなさいね。それと、今年もうちの子をよろしくね。」
和葉ににっこりと微笑まれて貴姫の顔が明るくなった。和花は母の発言に顔を紅くしながら、内心ほっとしていた。勝手に貴姫にも接客をさせたが、何も言われなかったからだ。当の貴姫は、おっとりとした優しい雰囲気を持つ和葉に憧れており、いつかこういう人になりたいと思っていた。
「和花のことなら、心配要らないですよ!親友ですもん!それと、手伝いのことは気にしないでください。巫女さんの仕事、楽しいですし!私、来年から助勤をやろうと思っているんです。」
ニカッと笑いハキハキと答える貴姫に、和葉の笑みが一層深くなった。自然と和花の顔にも笑みがこぼれる。
「そうね。いつもありがとう。来年は和花も貴姫ちゃんも高校生になるのね。はやいわ。」
和葉の笑みには、目の前の少女2人を愛おしむ親心が滲んでいた。
「あら、お客さんが来たわ。私も自分の持ち場に戻らなきゃ。」
和葉がふいに笑みを崩して境内に目を向けた。和葉に言われて2人が境内に目を向けると、着物姿の女性が1人、社務所へ向かって歩いて来る。和葉はにわかに微笑んで、袴の裾を翻して歩き去っていった。
あれ、まだ本題に入らないの?と思ったそこのあなた!3話までは我慢して下さい(汗)。4話からですよ、4話から。ご安心下さい、ちゃんと本題に入る気はありますからね。ご購読していただけると幸いです。