~とある巫女の1月1日~
初めまして、神影聖と申します。初投稿です!1話では、まだ平凡な和花の日常が描かれております。彼女とその周辺人物の関係性が分かれば幸いです。
「はい、お竹様の健康御守りです!」
1月1日。山の入口にある、花恋山神社。山神の社とされるその神社の境内までは、長い長い石段を登らねばならない。境内には数日前に積もった雪がまだ少し残っており、新年の眩い陽光を反射して、白く光り輝いてる。吐く息は白く、そのまま凍りそうな程寒かった。境内には初詣の客が散在していた。境内の中心にある社務所の前には、新しい御守りを受けに来た客が数組、並んでいる。そこでは、紅白の巫女装束に身を包んだ少女が1人で接客をしていた。片手に小銭、片手に計算機を持ち、勘定している。勘定の後は御守りを袋に詰め、客に渡す。1人では忙しそうだ。
「毎度あり〜。良いお年を。」
笑顔で帰って行く着物姿の女性を見送りながら、祝いの言葉をかける。手袋をしていない少女の手は、かじかんで赤くなっていた。
境内を見渡すと、ほとんどの人が着物を着ており、初詣のおめかしにいつもより明るい印象を受ける。この神社では、新年の巫女からの祝言すなわち神の御言葉であり、それを受けると神に祝福された幸せな1年を過ごせるといわれている。そして、その重要な役割を担うのが、この少女、結原和花。今年15になる。1人、また1人と彼女のお陰で笑顔の客が増え、1人の少年が和花の前に進み出てきた。
「明けましておめでとう、和花。この3番の緑のをお願い。」
完全に変声期を過ぎた低い声が、和花の耳をくすぐる。
「裕也!明けましておめでとう!来てくれたんだ!」
和花の顔が明るくなった。
年が明けた初日、新しい年になって1番会いたかった、大切な人。やっと来てくれた。和花は、新年で浮き足立っていた心が、油を注がれた炎のように熱くなるのを感じた。和花は秘かに裕也に対して恋心を抱いていた。裕也は幼なじみで、近所に住む長谷本家の長男だった。ずっと友達として意識していたのに、いつからそれが恋情に変わったのかは分からない。けれど、どんなに歳月が流れてもこの気持ちは変わらないと、和花は不思議と確信していた。裕也が手袋を外し、コートのポケットから財布を取り出す。ジャラジャラ、と音がし、小銭がカルトンに散らばった。細かいお金が沢山。裕也がお釣りが出ないように気を使ってくれたのだ。寒い中の仕事で疲れていた和花の心が、じんわりと温まった。和花は小銭を掻き集めて、丁寧に引き出しにしまった。
「はい、学問の神様、お松様の学業御守り。」
嬉しくて声がうわずってしまう。和花は笑顔で御守りを差し出した。
「サンキュ。」
裕也の手と、和花の手が触れ合った。祐也の体温を感じて、和花の体が熱くなった。御守りを受け取ると、裕也の目が細まり、口元が綻んだ。
お礼を一言かけられただけで、その笑顔を見ただけで、胸がキュッとする。裕也は礼儀正しく、優しい。少しツンデレで言い回しがくどいこともあるけど、それも可愛い。和花は裕也の優しさをみると、胸がふんわりして心が和む。しかし同時に胸が痛んだ。この優しさは自分以外にも向けられるから。その優しさも笑顔も独り占めしたい。和花の心の中に秘かに芽吹いた欲望は、満たされることなく、増して行くばかりだった。ふいに裕也の手が離れ、和花は喪失感を感じた。もっと触れていたいのに。裕也は冷えた手に軽く息を吹きかけると、手袋をはめ直した。
「良いお年を。」
もう一度しっかり笑顔を作り、裕也の目を見据える。裕也の目は、吸い込まれそうな程深い、黒色をしていた。
「やっぱり、手袋した方が良いんじゃないか。いくら巫女の掟とはいえ、お前が体を壊したらどうするんだ。」
裕也は、心から心配しているようだった。
「大丈夫だよ。毎年やってるし、慣れてるから。」
裕也にあまり心配をかけたくない。和花が笑顔を返すと、裕也は少し安心した様子で帰って行った。
花恋山神社の巫女の掟。それは、新年の接客に手袋をしないこと。新年は特別な気が集まる。その気は神から巫女へと伝わり、古き気を洗う新しき気は巫女から直接人々に分け与えられるべきである、というこの神社の信仰。しかしこれは、神主家と結ばれたか、その血を持つ巫女のみに適応される。つまり、御守りを客に渡せるのは神主家の巫女のみ。花恋山神社の神主家である、結原家。和花は結原家の1人娘で、婿養子をとるつもりだ。普段は和花の他に助勤の巫女も数人おり接客は3人体制だが、正月を家族と過ごすため、皆休みを取っている。そこまで客も多くない為、和花1人で充分だった。
裕也が帰った後も案外客は絶えず、何組かを相手した後、女子高生2人組に当たった。
「明けましておめでとうございます!えと、小梅様の恋愛御守りを2つ下さい。」
代表してそう言ったのは、眼鏡の女子高生。寒い中列に並んでいたため、鼻頭が赤くなっている。
「はい、かしこまりました。」
小梅様の恋愛御守り。和花は近年、この御守りを肌身離さず持ち歩いている。和花も巫女の仕事が終わったら、新しいのを鞄に付けるつもりだった。小梅様は花恋山神社の恋愛の神様。小梅様の恋愛御守りは評判が良く効果があるらしいが、和花は未だにその効果を感じていない。女子高生2人が財布の口を開け、カルトンに小銭が乗せられた。よし、お釣りはない。和花は小銭を掻き集め、引き出しにしまった。
「やっぱり巫女様は、可愛いですね!」
御守りをひとつずつ紙袋に詰めている和花を眺めて、眼鏡の女子高生が言った。キラキラと目を輝かせている。彼女の背に隠れるようにしてもじもじしているもう1人の女子高生も、恐る恐る顔を覗かせ、和花の方を見た。2人は巫女に興味があるらしい。和花は褒められて嬉しくなった。
「ありがとうございます!こちらでは、助勤の巫女の募集もしていますので、是非1度体験してみてはいかがでしょう?」
花恋山神社では、巫女の助勤は高校生から可能だ。
「助勤!言い方からカッコ良さが滲み出てる…!ね、沙里、やってみようよ!」
眼鏡の女子高生が食い付いてきた。
「えっ、わ、私が…?私、弓みたいに、接客とか得意じゃないし…。」
沙里と呼ばれた女子高生が一段ともじもじして、口ごもる。眼鏡の女子高生は、彼女を振り返ると、ねだる様な目でじっと見つめた。
「沙里ぃ…。」
親友にせがまれて(睨まれて)、沙里はやっと重そうな口を開いた。
「わかったよぉ…。私、巫女さんの助勤、やります…。」
キュッと唇を引き結んで、今にも泣き出しそうだったが、本人がやると言っているのだから、それ相応の覚悟はあるのだろう。和花は御守りを入れた紙袋に巫女の助勤の応募用紙を入れ、2人に渡した。今日はまだ客がおり、詳しい案内をすることは出来ない為、助勤については後日に回すしかない。応募用紙に必須項目を記入しておくよう言い、2人には帰ってもらった。
多分おもしろくなかったと思いますwなんせ本題に入っていないのでねwそれでも是非是非、2話以降も読んでいただけると作者としては本望です。