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第4章 第8話 九字

――――――――――



「ぁうっ」

「ぁあっ」


武器、ダンジョンブック、魔法共に使えないユリーとイユの身体能力は、同年代の女性にすら劣る。当然武器を持った十数人の男には敵わず、男たちの住処となっている森の中のボロボロの小屋に連れ込まれていた。



「ははっ、いい姿だなぁ」


 リーダー格の男が二人の姿を見て下卑な笑みを浮かべる。彼女たちは縄で亀甲縛り状に拘束され、小さなガラスケースの中に閉じ込められていた。



「何をする気……?」

「決まってんだろ、売り飛ばすんだよ。あんたらくらいの上玉なら一人二千万以上にはなる。そうなりゃ俺たちは大金持ちだ! ようやくこんな森からおさらばできる」


 身動き一つ取れないまま睨みつけるユリーを笑い飛ばす男。人身売買は禁止されているが、元々無法の彼らには関係ない。10代女性の平均価格は五百万ウィルほどだが、ユリーたちのような美貌を持っていればそれだけ価値は上がっていく。思わぬ収穫に上機嫌で酒を呑む男たちだったが、何かの紙を読んでいたその内の一人が跳び上がった。



「や、やべぇっすよこいつらっ! とんでもない値がついてますっ!」


 彼が読んでいたのは手配書。だがギルドが通常発行しているモンスターの値段表ではなく、裏ギルドが秘密裏に作成している人間の値打ち表だ。そこには罪人だけでなく、裏の道で生きる人間には迷惑となる善人の排除依頼まで載っている。



「何だ? 三千万か? 四千万か?」

「そ、そんなもんじゃねぇっす!」

「あ? なら六千……七千万か? まさか一億までは行かねぇよな」


 目の前にいる憐れな少女たちの命の価値を楽しげに計算する男たち。だがその結果には息を吞むことしかできなかった。



「八億……。赤い方が八億ウィルで、青い方は十五億の値がついてます……」



 魔王軍最高幹部、トーテンのニェオですら四億ウィルという中、二人の命には倍以上の価値がつけられていた。モンスターである以上遭遇頻度の低いニェオより、金さえ積めばどんな仕事でも請け負い、勇者の秘書官でもあるイユや、ミューからの説明があったとはいえいまだ恐怖の象徴であるユリーの方が余程危険だという判断である。



「そいつはやべぇな……死んでも逃がすわけにはいかねぇ。あれを持ってこい」

 リーダー格が下っ端に筒を持ってこさせる。それ自体はどこにでもある普通の筒だが、リーダーが取り出した白い粉がかなりまずい代物だった。



「嘘でしょ……」

「アルハナ……!」


 一目見ただけで正体に気づいたユリーとイユ。比較的大きな粒、筒を使用するという点を踏まえると、これしか出てこない。


 アルハナという植物から採取される粉。これを燃やすことにより発生する煙を吸うと、強烈な快楽に脳が支配される。つまり違法薬物である。それだけではない。



「そんな量無理っ! 死んじゃうっ! 絶対死んじゃうっ!」


 通常使用されるのは一つまみ程度。だが今リーダーが持っている量は、両の手のひらに収まらないほどだ。そんなものを逃げ場のないガラスケースの中に入れられたら、死なないまでも廃人になることは確定的。彼らの立場から見ても、せっかく無傷で捕まえたのに傷をつけるという愚かな行為である。



「何か言ってますけどどうします?」

「逃げたくて適当ぶっこいてんだろ。構わねぇよ」


 彼らは日常的に吸っているにも関わらず、適量を知らなかった。それほどに頭が悪い連中。そんな生きている価値のない人間が、この世界でもトップの頭脳を持つ二人を無情にも傷つけようとしている。



(これだから馬鹿は嫌いなんだ……。いつだって馬鹿のせいで私たちが馬鹿を見る……!)



 それは世界の真理。頭のいい人間より、何の知識もない人間の方が数が多く、声が大きい。それ故に多数派の馬鹿が騒いだことが真実になり、事実に基づいた考えが否定される。ユリーたちはその縮図を味わっていた。



「ユ、ユリーさん……!」

「イユ……イユぅ……!」


 互いに名前を呼び合うが、どうすることもできない。ただ小さく開かれた扉から筒を放り込まれるのを黙って見ていることしかできない。


「く、ぅ、ふぅっ――――!」

「あ、あっ、ぁっ、あ~~~~~~~~」


 激しく噴き上がる白煙を吸い込み、悶える二人。ユリーは何とか耐えられているが、イユの方はすぐに快楽に屈し、小さな口を大きく開けて声を上げている。



「あと数時間もすれば二人とも満足に動けなくなる。どっちにしろ奴がいなくなる5時まで動けねぇし、少し早いが祝杯を上げるぞっ!」

 煙で中が見えなくなったガラスケースを眺め、男たちは歓喜の拳を突き上げた。



 そして飲み始めてから六時間ほどが経った。男たちはすっかりユリーたちのことを忘れて騒いでいたが、決行となる5時を過ぎた辺りでリーダーがようやくガラスケースの中に目を向けた。



「はははっ! 見ろよお前らっ! あの美人ちゃんたちが無様なことになってるぜっ!」

 リーダーの声に全員の視線が煙の晴れたガラスケースに集まる。



「ぐぶっ、ぶ、ぶ、ぅ……」


 イユは開かれていた瞳を白くし、ビクンビクンと激しく痙攣しながら口から泡を漏らしている。誰がどう見ても壊れてしまっていることは明らかだが、その事態を正しく飲み込められない男たちは、その姿を見て腹を抱えて笑っている。



「ぁ、くっ、ぶ、ぅ……」


 だがユリーはまだ意識をはっきりと残していた。100年間の孤独を耐えてきたユリーの精神力は常人を遥かに凌駕しており、そもそも趣味で薬を開発していた時、アルハナよりも凶悪なダンジョン製の薬を何度も自分で試している。故にどうすれば薬の被害を最小限に抑えられるかを熟知していた。


 それに加え、ユリーの脳は以前ミューが召喚したブレインテンタクルによって脳をいじくられた経験から、外敵からの攻撃を防ぐよう脳の形が進化していた。


 しかし身体の方はどうにもならず、必死に睨みつけながらも痙攣しており、口からは小さな泡の塊を漏らしている。傍から見れば必死に抵抗している分、イユよりも無様である。



(だい、じょうぶ……! ダンジョンブックの力があればイユを治すのなんて造作もない……! それより、こいつらをどう殺すかの方が大事だ……!)


 ユリーの脳内は、必死に快楽に抗いながら拷問のことを考えていた。男たちは頭が悪すぎて、口を封じるのを忘れている。であればクルクルトラップダンジョンの敷地から出た瞬間、ダンジョンブックでも魔法でも何でもできる。そうすればこんな三下ごとき、ユリーの敵ではない。



「さぁ、あいつも帰っただろうしそろそろ行こうぜ。こんな森、二度と来てたまるか」


 リーダーの指示の下、男たちはリアカーにユリーたちが入ったガラスケースを乗せ、小屋を出て行く。そして五分もしない内に出口となる鳥居が目に入ってきた。



(出た瞬間触手で締め付ける……! その後はアルハナなんか比じゃないレベルの薬を直接体内にぶち込んでやる……!)


 隣で意識を失っているイユを一瞥し、ユリーは怒りの感情を膨らませる。大切な友人を傷つけたこいつらを生かしておくことはできない。そしてリアカーが鳥居をくぐり抜けた瞬間、



「オープ……!」

(ピョウ)(トウ)



 額に御札が貼りつけられた兎の人形が、男の顔面をぶん殴った。



(カイ)(トウ)



 それだけではない。様々な動物を模した御札人形が、男たちに襲いかかってタコ殴りにしている。



(カイ)(レツ)



 そして少女の小さな声が男たちの悲鳴の中を通り抜けた瞬間、



『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 人形が爆発し、男たちを消し炭にした。



「な……にが……?」


 突然ガラスケースの外で始まった惨劇に、ユリーは困惑することしかできない。まだユリーは何もしていない。それなのに男たちは一瞬の内に殺され、ユリーたちは助けられた。



「時間外だからって油断しちゃ駄目。仕事じゃないから何してもいい」



 ガラスケースの扉が一人の少女によって開けられる。そして少女、メア・T・シュラインは丸くなったユリーの瞳を見て、こう言った。



「トーテンを倒すのに協力してほしい。代わりにライブラに通してあげる」


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