第4章 第7話 力こそパワー
「もういいよ、私お留守番してる……」
クルクルトラップダンジョンに入ることを認められなかったショウコがいじけたように道端の石ころを蹴飛ばす。私たちとしてもそうしたいけど、この子放置するわけにはいかないんだよな。
「××トラップダンジョンに閉じ込めとく?」
「その上で口枷、動けないように拘束させといてくださーい」
妥協案として脱出不可の要塞に封印するという提案をしたが、イユはそれだけでは認められないようで、さらなる縛りを強要してくる。
「いやそれはやりすぎなんじゃ……」
「それくらいの相手なんですよー。ダンジョン内の女性全員を味方につけて襲ってくる可能性もある以上、何もできないよう拘束するのが最低条件です。というかちょうどいい機会です。ここで殺しておきましょうかー」
「ひぃっ」
イユに銃口を向けられ、逃げ出そうとするショウコ。鳥居をくぐり、森の中に入ろうとしたが、
「ぐぇっ」
鳥居を抜ける直前、まるで見えない壁にぶつかったようにショウコの身体が弾き返された。
「言ったはず。あなたはここに入れない。特殊な結界が張ってあるから」
「物理的な意味なんだ……」
確かにショウコが入れてしまったら、同じ異世界転生者である魔王の侵入も許してしまうことになる。合理的な結界だが、どういう条件で作られたのだろう。結界も所詮は汎用的な魔法の応用だし、そこまで具体的な条件の作成はできないはずだけど。
「それとユリー・セクレタリー、服を脱いで」
「えぇっ!?」
「あなたの服はダンジョンの能力を使って作ったもの。伊勢翔子と同じく結界内には入れない」
「あぁ……そういう意味……」
びっくりした……まさか襲われるのなと思っちゃった……。
「でも裸で行くわけにはいかないよね……」
「あ、そういうことならイユちゃんにおまかせー」
そう言うと、イユは転送魔法で手のひらほどのサイズの魔法陣を作り出す。そしてその中に手を入れると、今私が着ているのと同じ、青い秘書官服を取り出した。
「勇者さんから何かあった時のために着替えを持ってけって言われましてねー。普通の衣服を預かってたんですよー」
「へぇ、ありがとう……ていうかよくここで転送魔法使えるね」
転送魔法は転送先との距離が離れていれば離れているだけ魔法のランクが上がっていく。今イユが使った初級魔法では、私たちが暮らすカウン王国から1000kmほど離れているここと繋げるのは不可能のはずだが……。
「ふふーん。イユちゃんは転送拠点と契約してるんですよー」
今日は私の知らない言葉がよく飛び出る日だ。おそらくこの100年の間にできたサービスなのだろう。
「転送拠点っていうのはー、転送魔法の効果を高める結界を張った倉庫のことです。この中に物を入れておくとー、全国どこからでも転送魔法で取り出すことができるんですよー。ちなみにイユちゃんが契約してる無制限パックは、月額30万ウィル。青の悪魔さんもどうですかー?」
ドヤ顔で勧誘してくれたところ悪いが、転送魔法は完全にテレポートゲートの下位互換。少し気になるが、契約する意味はない。
「あと十手と銃弾を渡して」
「あ、武器持ち込み禁止だったよね」
私とイユは太ももに巻いた武器をメアに手渡す。ていうか十手って名称を知っているってことは私の過去も見られたってことなんだよな。なんだか少し恥ずかしい。
「じゃあ武器と伊勢翔子は預かってる。9時から17時まではここにいるから帰る時言って」
「え? 私、物扱い?」
メアは十手、銃弾とショウコの手を引いて、今度こそ小屋の中に帰ってしまった。
「どうする? さすがに放置ってわけにはいかないと思うんだけど」
「んー、まぁメアさんがいいならいいんじゃないですかねー。能力をわかった上で言ったんでしょうしー」
「ふーん」
まぁイユがそう言うのなら間違いないだろう。イユのことはむかつくけど信頼はしてるし、私が無駄に頭を働かせる必要もない。
「なら行こっか。早めにライブラに着いておきたいし」
「そうですねー」
軽く言葉を交わし、鳥居をくぐって森へと入る。ここから先は魔法は使えない。ダンジョンブックを使える私ががんばらないと。
「……あれ?」
「どうしたの? イユ。……なんか目、ぱっちりしてない?」
クルクルトラップダンジョン内に入った瞬間、イユの表情が変わった。いつも眠たげな眼がしっかり見開かれていて、綺麗な顔がさらに見栄えよくなっている。
「制限呪が解けてる……」
制限呪。能力の一部を制限し、その分他の能力を底上げする呪いの一種だ。たとえば私もダンジョンブックの使用を10秒間に一度という制限をかけ、魂の融合という魔法を作り出した。その効果は解呪によってのみ祓うことができ、たとえ呪いをかけた者が死のうと効果が失われることはないはずなんだけど……。
「ていうかイユの制限呪ってマスケット銃のみを武器にする縛りで視力を上げるってやつじゃなかった?」
「普段効果があるのはそれだけで、他に9種類の呪いもかけています。普段眠そうにしてるのは、半径100メートル以内に人間とモンスターが一体ずついる場合、魔力を劇的に上げるっていう制限呪の影響。その代償として、それ以外の場合は常時睡魔に襲われています」
普段の口調からは考えられないほどテキパキと説明したイユ。つまり私とイユ、二人が隣にいる時点でその効果は発揮されない。
「じゃあここでは呪いも使えないってわけ?」
「断定はできないですけど、その可能性は高いです」
魔法に続いて、呪いまで……××トラップダンジョン並に不思議なダンジョンだ。
「まぁ私がフォローするから大丈夫だよ。それよりマッピングからしていこう。できるよね?」
「はい。あまり経験はありませんが」
「私もないよ。ゆっくりやってこう」
クルクルトラップダンジョン内は、中心地にあるライブラに近づけば近づくほど迷ってしまう、迷いの森。教本より慎重にやっていかなければならない。特に誰かに邪魔されるとかなり困る。なのに、
「どうしたの? お嬢ちゃんたち。迷子かな? おじちゃんたちと遊んでかない?」
10分ほど地図を作成していると、男の集団に遭遇した。手には本来持ち込み不可のナイフがある。まず確実に正規の手段で入ってきていない。おそらく事前の情報にあった通り、人攫いの犯罪者集団。
「悪いけど他を当たって? 私たち見ての通り忙しいから」
「そう言うなよ。こんな上玉を二人も手に入れる機会なんてそうそうないんだ。無理矢理にでも連れてくぜ」
まったく。信じられない馬鹿たちだ。せっかく逃げるチャンスを与えてあげたというのに。
「残念だけど、私たちとあんたらじゃ釣り合わないんだよ!」
魔法も使えないこの空間では力で劣る私たちに勝ち目はないと思っているのだろう。でもそんな浅はかな考えでは、私たちをどうこうすることはできない。
「オープンっ!」
誘った女が悪魔と天使だっていう可能性も考えておかないとね。……って、あれ?
「オープン! オープンっ! オープン? オープンオープンオープンっ!」
おかしい。ダンジョンブックが出てこない。ダンジョンブックは魔法じゃないんだけどな、あれ? なんで? ま、まさか……!
「青の悪魔さん……もしかして…… 」
「気が合うねイユ……私も同じこと考えてる……」
クルクルトラップダンジョン。
この中は、迷い、武器を持ち込めず、魔法が使えず、モンスターが侵入できない。だけではなかった。
異世界人は入れず、呪いは解除され、ダンジョンブックも使えない。
そう。クルクルトラップダンジョンは、人間の身体能力だけが絶対となる、私たち非力な女性には最悪の場所だった。