第4章 第20話 最愛の人
「ぁへぁ……ぉぅぁ……」
「ぅあへ……ぁぅぁ……」
「まだたった5回ですよ? 普段やってないんですか?」
触手から解放され地を這うユリーとイユ。5度鞭を受けた二人の身体は既に限界を超えていた。
「壊れたフリかもしれませんわね。名前と今の状況を教えてください。えいっ」
「あぅっ、い……イユ・シエスタは……ぁっ、も、壊れちゃいましたぁぁ……」
鞭で叩かれ、自分がどれだけ限界なのかを強制的に語らされるイユ。だが白目を剥いてピクピクと死にかけの魚のように跳ねている彼女がもう終わっていることはサーキュンにもわかっていた。
「問題はあなたですよね。さ、しゃべっちゃってください」
「んぁっ、ユリー・セクレタリーはぁ……まだ心は大丈夫だけどぉ、身体は動きませんぅ……」
「つまりまだまだ楽しめる、ってことですね♡」
「く、そぉ……!」
ユリーはうつ伏せになりながら必死にサーキュンを睨みつける。立ち上がろうとするが足腰はとっくに砕けており、尻を上げてビクンビクンと跳ねるしかできないのが現状だった。
「さぁ、6回目です」
そんなユリーに向け再び鞭が襲う。脚は動かないし、体勢を変えることも無理。だがユリーはそんな中でもダンジョンブックを握っており、握力だけはなんとか保っていた。
「! 帽子……!」
身体に当たる寸前、ユリーはダンジョンブックを持っていない左手で帽子を投げ、鞭の的を変えさせた。すぐに軌道を戻されるだろうが、少しの隙さえあれば、
「ヌルヌルテンタクルっ」
「んぁぁぁぁっ!?」
ユリーが召喚したのはローションよりも粘性のある体液を纏う触手の束。そして出現したのはサーキュンの背後だ。
「んぁっ、ぁ、あ~~~、あんっ」
「尻尾! 弱点だったよねっ」
鞭と同じ形状の尻尾を触手に締め付けられ、嬌声を上げるサーキュン。カンビオンが生まれる例は少ないが、サキュバスやインキュバスの弱点と共通だと考えたユリーはこの時をずっと待っていた。そしてこの隙に別の触手がユリーとイユの身体を掴み、設置し続けていたテレポートゲートへと向かっていく。
「ぁへぇぇぇぇ……」
(よし、イユは押し込めた。後は私だけ……!)
意識のないイユがテレポートゲートの先にある勇者の屋敷へと消えていく。その後すぐにユリーも、
「がっ……!?」
しかしテレポートゲートに入る寸前、ユリーは何かにぶつかって進めなくなった。半透明の板のようなもの。それは先だけでなく、周囲一帯を取り囲んでいる。
(これは結界……まさか……!)
「貴様たちだけは……私が殺す……!」
結界の外で片腕を突きつけているボロ雑巾のようなモンスター。それは間違いなく倒したはずのケードだった。
「生きてたの……!?」
「あなたが馬鹿みたいに大穴を空けてくれたおかげですよ……」
「やな想定ばっか当たる……!」
モンスターが他にもいることも、ケードが生きていることも考えていた。その点で言えば秘書官として優秀と言えるだろうが、当たってほしくはなかった。これにより、完全に打つ手がなくなってしまったのだから。
「御主人様を辱める悪い子にはお仕置きです」
絶望するユリーの身体に、触手から抜け出したサーキュンの鞭が注がれる。その瞬間、
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
ユリーの悲鳴が森に木霊する。今までとは比べ物にならない衝撃、電撃、快感。何とか意識を保ててはいるものの、身体は正直に叫び出す。
「5回。今の一撃で5回分の絶頂を与えましたわ。とても耐えられるものではないでしょう?」
「ふぐっ……ひぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
触手に掴まれたままのユリーの身体は激しく痙攣し、涙と鼻水と涎が自然と垂れてくる。少しでも気を抜いたら一瞬で意識を持っていかれそうだ。
「ぶぐっ……ぶぶぶ……」
やがて涎は白い泡へと変わり、真上を向いて跳ねているユリーの顎から胸へと垂れる。その様子をサーキュンは満足そうに眺めると、倒れながら手を向けている仲間に声をかける。
「辛そうですね、ケード様。わたくしが治してさしあげましょうか?」
「結構です。あなたの治療には激痛が伴う。この女を殺した後すぐに自分で治します」
「だめですわ。この子はわたくしの奴隷。ケード様もかわいい女の子はわたくしの好きにしていいとおっしゃっていたではないですか」
「事情が変わりました。私をここまで追い詰めたのがこの人間です。確実に殺しておかなければもしもの時に困る。それよりもう一人赤い服の女がいたはずです。正直そちらの方が危険度は高い。匿っているのなら出してください」
「それが逃げられちゃったんですよ。あの魔法陣の中に消えてしまって」
「なら追ってください。あの中に入れば追いつけるはずです」
「……クローズっ!」
二人の話に割って入るように、ユリーの叫びが轟く。するとテレポートゲートは消え、イユを追うことはできなくなった。同時にユリーが逃げることもできなくなったが、
「まぁいいよ……あんたが何をしようが私は屈しない。時間さえあれば必ず逃げてみせる。10年でも100年でも……絶対に耐えてやる」
口から泡を漏らしながら、笑って啖呵を切るユリー。イユは逃がせた。ならもう後がどうなろうがどうだっていい。何とでもできる。
「残念ながらそれは不可能です。あなたは今ここで死ぬのだから」
「お待ちになってください、ケード様。その役目はわたくしが負いますわ」
ユリーの言葉にとびきりの恍惚の笑みを見せたサーキュンは、結界を鞭で壊してユリーへと近づいていく。
「あなたがこんな上物を殺すことはありえないでしょう」
「嫌ですわ、ケード様。わたくしだってトーテンの一員。殺せと言われたら殺しますよ」
そう言うとサーキュンは触手に縛られているユリーの前に立ち、鞭を薄桃色の舌でひと舐めした。
「ただし殺すのは心。あなたを完全に意識のない奴隷にします」
「……悪いけど、私に洗脳は通じないよ」
「いいですわぁ、その反応。やっぱり調教というのは相手が強情であればあるほどやりごたえがありますもの。さぁ、はじめましょうか」
そして指のように自由に動く鞭は帽子の脱げたユリーの頭頂部へと近づき、そこをハートの先端で突き刺した。
「あっ、あっ、あ~~~っ!」
「あら、確かに並の洗脳では効きそうにありませんわね。脳の作りが特殊。まるで迷路のようですわ」
口を大きく開けて声を上げるユリーの顔を見ながら、鞭から伝わる情報を1つずつ把握していくサーキュン。
「でもここはどうでしょうか?」
「あぅっ、おっ、あっ、あっ」
「うーん、ここは?」
「ひぃっ、ひぐっ、ぉっ、ぁっ」
「じゃあここら辺ですかねー」
「ふぁっ、ぁひっ、あへぇ、はぁんっ」
「ここがいいんですね?」
「んはぁっ、ぅぇぁあっ、ぁひっ、ぁへぁっ」
ユリー・セクレタリーという人格の中枢部分を発掘したサーキュンは、その部分に魔力を流し込んでいく。そして耳元に口を当て、甘い声音でこう伝えた。
「今からあなたの前に現れるのは、あなたの理想そのもの。あなたが最も愛した存在が、あなたの理想の姿で現れます。そしてあなたは一生愛する者と共に過ごすのです。大きな脳の、ほんの片隅で」
脳を犯されながらもその言葉を聞いていたユリーは、自然とその人の名前を口にする。
ユリー・セクレタリーが最も愛した人物。考えるまでもなく、一人しかいない。
「のえる、さまぁ――」
そしてユリーの視界からサーキュンやケードの姿が消え、一人の女性が現れる。
その女性は慈愛に満ちた表情で、こう言った。
「こんにちは、ユリーさん」
「フィア――?」
ユリーの前に現れたのは100年間想い続けたノエル・L・ヴレイバーではなく、つい1ヶ月ほど前に出会ったばかりの友人、フィア・ウィザーだった。




