第4章 第17話 驕り
「クオーたちがクルクルトラップダンジョンの結界を保持する魔法石探索に苦労しているようだ。君ならダンジョン内にいるはずの発動者の元に結界移動で飛べるだろう。突然のことですまないが、ライブラの破壊任務に合流してくれ」
それは今から数時間前の出来事。別の仕事を終えて魔王城へと帰ってきたケードは、魔王にそう命じられた。
「それは構いませんが、理由を聞かせていただけますか。なぜライブラを破壊するのです? 結界を張っている者を殺せば、我々モンスターもライブラの恩恵を預かれる。あそこにはこの世の全ての情報があると聞きます。あなたの目的である世界征服に役立てられるのでは?」
モンスターを支配する能力を持つ魔王に逆らうことはできない。だが魂まで支配されたわけではない。多くのモンスターよりも高い知能を持ち、トーテンの頭脳的役割を担っているケードはそう提言した。だが魔王は眉一つ動かさず、つまらなそうに指を4本立てた。
「知能を持った生物は4種類に分類することができる。自分が優秀だと思っている優秀。優秀だと思っている馬鹿。馬鹿だと思っている優秀。馬鹿だと思っている馬鹿」
「それが何か……」
「一番いいのは当然優秀だと思っている優秀だ。なんせ優秀だから。簡単な理屈だろう?」
訊ねているような言い方だが、魔王は答えを待っていない。指を一つずつたたみながら続ける。
「次は馬鹿だと思っている優秀かな。ポテンシャルを発揮できる環境を与えてあげれば先と同じ活躍をしてくれるだろう。3番目は馬鹿だと思っている馬鹿。自分の力量を把握しているだけ上等だ。馬鹿なりの仕事をしてくれるだろう。そして一番使えないのは、」
「もういいです。言いたいことは理解しました」
「一番使えないのは、優秀だと思っている馬鹿だ。分をわきまえず、驕り高ぶる傲慢な存在。全くもって存在価値がないと言える」
魔王の瞳はまっすぐケードを見つめている。黒く、暗く、全てを呑み込む闇のような瞳だ。全てを見透かされているような気になる。
「では、失礼します。ご期待を裏切る結果を持ってきますよ」
頭を下げ、ケードは魔王の部屋を出る。そして自室に戻ると小さな結界を作り出し、それを拳で打ち砕いた。
「舐めやがって――!」
魔王が言いたいことは理解していた。それなのに奴は続けた。まるでケードを4番目だと告げるように。
(魔王はトーテンを。正確に言えば、5番~9番を全く信用していない)
魔王軍大幹部。肩書きだけは大層なものだが、5番以下は実質ただの労働者だ。
常に仕事が付き纏うし、1番と3番が誰かもわからない。世界征服を成し遂げて何がしたいのか。それ以前にどうやって世界征服をするつもりなのかも教えられていない。替えの利く労力。あるいはいてもいなくても変わらないゴミだと思っているのだ。
「人間如きが調子に乗るなよ――」
異世界転生だか何だか知らないが、たまたまモンスターを操る能力を持っているだけの人間。魔王はそれ以上でもそれ以下でもない。故にこちらも全く信用していない。いずれわからせてやる。
ただ平均的知力が高いだけの人間より、様々な種族、優れた体力、魔力を持つモンスターの方が優秀だと。
「――モンスターこそが、この世界の支配者だ」
「死にたくないでしょ? 助けてあげる。もう一体のトーテンを撤退させて」
結界の下で心底こちらを見下した瞳を向けている二人の人間。もう勝ったと思っているのだろう。全て手の平の上だと嘲笑っているのだろう。自分たちの方が優秀だと驕っているのだろう。
「どいつもこいつもっ! 我々を馬鹿にするなぁっ!」
結界を解けば強力な銃撃が待っている。それを知りながらもケードは人間を殺す選択をした。
「っ」
慌ててイユは空中にいるケードに銃弾を発射する。魔力を流した状態で衝撃を与えると凄まじい爆発を起こす特殊な魔石弾。手負いのケード相手なら十分トドメの一撃となり得る。
「あぁっ!」
にもかかわらず、ケードの選択は受け切るというものだった。どれだけの痛手を負おうが、人間に舐められたままでは終われない。その強い意志と共に残った腕で頭部を守りながら穴を落ちていく。
「はっ!」
その意志が運命を変えたのか。イユが放った銃弾は、ケードの身体を避けて遥か上空へと上がっていく。この状況でイユは弾を外したのだ。ケードに思わず笑みが零れる。
「くっそ……!」
思わず舌打ちをするユリー。弾を外したことではない。戦うという選択をケードがとったことが問題だった。
クルクルトラップダンジョンでは魔法が使えない。それを知っていたユリーは、魔力を回復する薬を持ってきてなかったのだ。さっき見せつけたのは体力回復剤。つまり依然ユリーたちの魔力は限界寸前。戦闘を続けるのは避けたかった。それでも。
「想定内!」「予測内!」
同時に声を上げたユリーとイユは、お互いの手を握り、空を見上げる。二人分しか入れない穴の中にケードが入ってきた。どちらか片方は確実にケードの一撃を受けることになる。そこに二人がいたのならば。ならば取る手は一つ。
「「魂の融合――」」
ユリーとイユ。二人の身体が重なり、一人の秘書官が地下深くで顕現した。
「「――天使衣」」
誰もいない空間を殴りつけたケードは目撃する。青と赤が混ざり、紫色となった秘書官服を纏った少女の姿を。
「だからどうしたぁっ!」
一人と二人の距離は目と鼻の先。何をしようが速度で勝るケードが有利。
そう思っていたのはケードだけだった。
二人となった一人はケードなど眼中になく、遥か先に見える空を見上げていたのだから。
「天使の翼」
ケードが拳を振るうよりも早く、ユリーの姿が消えていく。代わりに出現したのは、さっきイユが外した爆発魔石弾。
(まさか、外したのも意図的……!)
「いくら硬くたって、」
『生き埋めになったら終わりですよねー』
空を舞うユリーたちの下で、大きな爆発音が轟く。そして深い穴の中から茶色の煙が噴き上がった。穴の中で弾が爆発し、壁を崩したのだ。
「馬鹿にするなと言ったはずだぁっ!」
しかしそれでもケードは諦めない。たった1つの拳で落ちてくる大小様々の岩石を吹き飛ばし、穴の外に出していく。だがこれも、
「想定内」『予測内』
地面に着地する寸前、一人の身体は二人に分かれる。ユリーの魔力が本当に切れかかっていたのと、マスケット銃しか使えないというイユの制限呪がこの場ではデメリットにしかならなかったからだ。
「五の手・乱銃――」
ユリーは十手の鉤部分を外すと、横に装着してハンドルのようにする。そして穴の縁に立ち十手の先を穴に向け、ハンドルを勢いよく回した。
「――蛸花火っ!」
上ってくる岩を砕くほどの威力で撃ち込まれる弾丸の嵐。蛸花火の能力は、ハンドルを回している限り弾丸が途切れることはないということ。だが、
「これで仕留めきれなかったらテレポートゲートで脱出するっ! イユ、ちゃんと見ててよっ!」
「わかってます!」
イユの魔力は完全に切れ、ユリーの魔力は正真正銘あとわずか。この攻撃を凌がれた場合、もう打つ手はない。なのに、
「っそ……!」
もう3秒で魔力がなくなるという段階で、まだ弾丸は上へと飛んできている。この岩と弾丸の嵐の中、腕一本でケードは抗い続けていたのだ。全ては役目を果たし、馬鹿にしてきた魔王を見返すため。
「もう、だめ……!」
そしてついにユリーの魔力が底を着く。その瞬間、
「!?」
突然、弾丸の威力が上がった。
「ひょぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
魔力が完全に底を着いているのにもかかわらず、弾は出るし威力も上がっている。その力は反動で手元がぶれるほどだ。
「ユリーさん、これは……!?」
「私もわからな……いや、」
意味不明な状況に、ユリーの思考が回る。魔王の武器、異世界転生、ショウコ、魔力、マカ。
多くのキーワードが頭の中を巡り、一つの仮説へと到達した。
「そういう、ことか――!」
かつて魔王が使っていたという千方百計十束剣。その特性に気づいたユリーは、大きく口角を上げた。
「もしかして、そういうことですか……?」
「みたいだね! 私じゃこれは使いこなせないってことだけど……これで私たちの勝ちだっ!」
同じく答えに到達したイユと笑い合い、ユリーは銃撃を続ける。そして3分後、
「もう、大丈夫みたいです……」
「うん、やったね……」
ユリーとイユは穴の中を覗き込む。ユリーの視力では底まで見ることはできないが、見えている地点だけでわかる。
中で大きくえぐれ、まるで洞窟のように広がった地下。トータルでは超級魔法すら超えただろう。そんな攻撃を食らって生きている生物なんているわけがない。
「「つかれたー……」」
ユリーとイユは、ほぼ無傷で最強のモンスターを討伐するに至った。




