第4章 第15話 むかつくあの子
ダンジョンブックによるモンスター召喚が強力なユリー、天使の翼による盤面整理が仕事のイユ、結界生成により相手の得意を阻害できるケード。中~遠距離の立ち回りが基本の三者の戦いは、近接戦闘へと移行していた。
(なぜだ……なぜ押される……!)
格闘は本分ではないとはいえ、ケードの近接能力はかなりのものだ。2対1とはいえ、高く見積ってもヒャドレッドクラスの域を出ないユリーと、素人同然の動きしかできないイユに負けるはずがない。それなのにケードの攻撃は一度も当たらず、逆に相手からは一方的に殴られる。この現状にケードは肉体以上に、精神が追い詰められていた。
「天使の翼!」
「亀刻!」
ユリーに攻撃すれば、位置交換によって避けられ、背後から棍による突きを受ける。イユに攻撃すれば、無防備な背中にやはり突きが刺さる。取り囲む形でのユリーとイユの陣形は決して崩れず、僅かな隙でも確実に攻撃を通してくる。
そして何より、なぜか結界を形成できない。これが一番の問題だ。
(ケードはまだ亀刻には気づいてない! 一気に攻めるっ!)
かつて魔王が使用していた千方百計十束剣。その棍モードから放たれる突きには、ある特殊効果がある。亀の甲羅のような刻印を打ち込むことで、時間にして約8秒間能力を封じることができるのだ。
これを棒術に心得がある格闘家風人型モンスター、ヤイナと融合した中華衣によって、硬いケードの身体にも確実にダメージが入る威力で叩き込む。
それでも格闘能力はケードが上。カウンターで攻撃を食らいそうになる。それをフォローするのは、
「天使の翼!」
転送魔法により新たに一丁増やした二丁銃スタイルにより、魔石弾の追加、そして一度に2回の天使の翼が発動できるようになった。だがそこはケードにとってさしたる問題ではなかった。
「はぁっ」
ユリーが棍でケードの腕を払い、胴体をがら空きにさせる。正面にはイユがいるが、硬い表皮には多少魔力で強化された弾丸さえも通らない。はずだった。
「送」
ケードの腹に銃口を突きつけたイユがそうつぶやくと同時に、表皮の奥、体内が小さな破裂音と共に爆発する。
「がぁっ!」
硬いと言っても体内まで表皮に覆われているわけではない。そこに直接攻撃を食らえば、尋常ではないダメージを食らう。だがそれはあくまでも理論の話。しかしその理論をイユは成立させた。
「やっぱり持つべきものはお金ですねー」
イユが現在使っているマスケット銃、その名も送銃。その銃口には転送魔法の魔法陣が描かれており、銃弾が発射された直後、自動的にほんのわずか弾が進んだ状態で発射される。その効果を利用することで体表を無視した攻撃が可能となった。ケードが現在負っているダメージのほとんどはその攻撃によるものだった。
オーダーメイドで1丁150万ウィル。それを6丁所持しているイユは、撃ったら手元の常時付き従う転送魔法陣にしまい、転送先で弾を装填してもらった送銃と入れ替えることで、常に片方を天使の翼用、もう片方を攻撃用に構えている。
「がっ……はぁ……!」
痛みに耐えかね膝をつくケード。だがそれは撒き餌。幹に括られた2本の手が、木を叩き折ってイユの背後から迫ってきている。まだカースロープに縛られ2つ重なり、手を開けないが、殴打には使える。トドメを刺そうと一直線にこちらに向かってくれば、今度はケードが手との挟み撃ちにできる。しかし、
「天使の翼」
「ぐっ!?」
手はイユの身体を通り抜け、その先にいるケードの顔を殴りつけた。
(馬鹿な……! 背後から無音で迫る手に気づいた上、それに魔法をかけるなどありえん……!)
結界生成ですら、基本的には視界で対象を絞らなければ狙った場所には作れない。それを動いている分より綿密な対象設定が必要であろうこの魔法を見ないで発動するなんて。
「後ろにも目がついているとでも言うのか……!?」
「残念。もっと高度に決まってるじゃないですかー」
確かにイユは直接瞳で手を確認したわけではない。目元に置いた転送魔法陣を介し、上空に浮かべた転送魔法陣から俯瞰的に戦況を確認していた。
これこそがイユの第3の原初の魔法、「天使の輪」。上下左右に4つの付き従う転送魔法陣を出現させる効果がある。
しかし正確に言えば、魔法陣は6つ出現させている。手元の2つの魔法陣は、様々な道具を保管している転送拠点に繋がっている。この時点で4つ。残りは目元の魔法陣と、その出口となる上空の魔法陣。目元のものを覗き込めば、視界が転送されて上空へと繋がる。これにより視界が狭まる近接戦闘でも、問題なく位置交換を行えていた。
これを利用した近接戦闘こそがイユの真骨頂。過去にはヒャドレッド三体を相手取り、完勝したという経歴を持っている。
「イユ!」
「はーい!」
棍をクルクルと回転させながら体勢を崩しているケードへと駆けるユリー。対するケードも膝をついたままカウンターで拳を繰り出す。さらに位置交換対策のため、ケードの背後に宙を浮く手が向かっている。
「天使の翼」
「ぐぁっ!」
それならケード自身を飛ばしてしまえばいい。少し後ろの魔石弾との位置交換。それによりケードの拳と宙の拳がぶつかり合う。2発のダメージが同時にケードを襲い、動きを鈍らせる。
「亀刻!」
「ぐぉっ!」
その隙を見逃さず、ユリーの突きがケードの腹を刺す。だがダメージは、
「たいしたことはないっ!」
「二の手・二刀流――」
「天使の翼」
ユリーと、ケードの足下の魔石弾との位置交換。
「――斬蟷螂っ!」
二本の斬撃がケードの右脚に注がれる。斬れ味特化の魔法。切り落とせばしないものの、確かなダメージ。だがそれでは魔王軍幹部は止まらない。
「あぁっ!」
「四の手・一刀流――」
「天使の翼」
斬られた脚を振り上げるケードだが、身体が僅かに後ろへ飛ばされた。そして軸足へと、
「送っ!」
「居合獅子っ!」
ユリー、イユによる前後からの同時攻撃が決まる。さすがのケードも身体が崩れ落ちる。
「亀刻」
「天使の翼」
「亀刻っ」
「天使の翼っ」
「亀刻!」
「天使の翼!」
「亀刻っ!」
「天使の翼っ!」
連撃。止まらない連撃がケードの身体を確実に削っていく。
(なぜ……! なぜこんなことが……!)
身体能力で勝るケードと、宙を自在に飛ぶ手に対し、ユリーとイユの二人はあまりにも貧弱。
それに加え、ケードは自分一人の意思で二つの方向から攻撃を与えられる。対してユリーたちはお互いが何を考えているかわからない。どの魔石弾と交換するか。交換先でどんな攻撃をするのか。意思疎通をとる時間すらないのに。
「どれだけ、仲が良いんですか……!」
「「冗談っ!」」
思わずこぼれたケードの愚痴に棍と銃での打撃を与えて答えとする。
ユリー・セクレタリーと、イユ・シエスタは決して仲が良くない。むしろ気に食わないまで思っている。
秘書官への想い。主義。スタンス。全てが真逆。仲良くなれるわけがない。
それでも信頼はしている。イユなら。ユリーなら。最善の行動をとってくれるだろうと。
だから二人は止まらない。目の前に拳が来ようとイユなら何とかしてくれる。少し間違えれば死ぬだろうがユリーなら何とかしてくれる。以前その考えはやめようと話したが、それでも信じてしまう。
「「むかつくけどねっ!」」
二人の常軌を逸した信頼による連携攻撃。たった一人で勝てるほど甘くはなかった。




