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第4章 第12話 生存本能

「が……は……!」

「結界が消えた……。なるほど、この森の結界はあなたが作っていたのですか」


 突如現れたトーテン、ケードはミーコに脚を突き刺したまま腕を高く上げる。ただの蹴りが人型モンスターのミーコの身体を破るほどの威力。殴られただけでも、今のミーコなら死んでしまうだろう。



 だがユリーとイユは極薄の結界に挟まれ、絵画のように拘束されているし、メアはこの場にはいない。ショウコはイユが転送魔法を使うと同時に毛布の中に隠したので無事だが、人間を操ることしかできない彼女ではどうしようもない。



(魔力が出せない……そういう能力かー……。さっきは馬鹿にしたけど、トーテンの中でも確実に一番厄介……!)

(魔法は使えないけど、ダンジョンブックなら発動できるはず。でも一度使ったら10秒経つまで再度使えない切り札をここでは切れない……かと言って殺させるわけにもいかない。一か八か! 昨日からずっと考えていた可能性を試すしかない!)


 ユリーは閉じ込められる寸前で召喚できたダンジョンブックを強く握り、叫ぶ。



「ミーコ、クローズ!」



 それは、ダンジョンブックから召喚したものを消すために発動する詠唱。ここに住んでいたミーコには効かないはずだが、



「なに……!?」


 ミーコの身体は、まるで元から何もなかったかのように消えていた。残されたのは、血に濡れたケードの脚だけ。



(やっぱりあの考えは当たっていた。となるともっとあの本を読みたいという欲求が増えてくるけど、今はこいつを何とかすることが最優先)


「あなたですか……魔法は使えないはずなんですけれどねぇ」

「魔法が使えないなんてよくあることでしょ? 一度私の家に招待しようか。そういう部屋、いくつもあるから」


 苛立ちを孕んだ顔で振り返ったケードに対し、ユリーは煽るような笑みを向ける。



(これで向こうは私を危険人物だと認識したはず。対等な立場にならなければ、交渉は成立しない)


 そしてユリーは潰されたカエルのような体勢のまま、妖艶な笑みを浮かべながら言う。



「取引しない? あなたを見逃す代わりに私たちを見逃して」



 それは圧倒的に不利な立場からの提案。だが予想外のことを起こしたことで、ケードもユリーに対して警戒心を覚えているはずだ。



「する必要がありませんね」

「どうかな。このまま戦えば、お互い無傷では済まない。あなたの目的は私たちを殺すこと? 違うよね? こうやって話をしているのがいい証拠。それに私たちもあなたを殺す必要はない。モンスターの悲鳴なんて耳障りなだけだからね」



 あくまでもまだ戦える。そして勝ち目があるということをアピールするユリー。これに対し、



「……いいでしょう。あなたのはったりに乗ってあげます。確かに私の目的は人間の駆除ではない」



(来た!)

「はったりかどうか、試してあげてもいいけど?」

「遠慮しておきます。あなたの言う通り、傷を負うわけにはいかない」


 ユリーの発言は、ケードの言う通り全てはったり。だが不遜なほどの余裕によって騙し通すことができた。ケードの目的はわからないが、命さえあれば何だっていい。



「私の目的は、ライブラを破壊することですから」



 そう。何だっていいんだ。ユリーにとってはイユや自分の命さえあれば充分。ここでライブラが壊されてもまた別の手段で調べればいい。そう思っていたのに、



「それは駄目。ライブラは壊させない」



 奥から現れたメアの無機質な言葉が全てを台無しにした。



「メア……!」


 その無責任な言葉に怒りが溢れたが、ユリーとイユが考えているケードの能力が確かなら、メアの九字操法は相性がいい。倒せないまでも、ここからユリーたちを解放させることはできるはずだ。だが、



「私は仕事があるから出る。何とかしておいて」



 メアは、ユリーたちが想像するより遥かに無責任だった。



「は、あぁぁぁっ!?」


 この状況で何を言っているんだ。仕事? 受付をすることがライブラを守ることより大事なのか? 通常業務が非常事態より優先されるのか? なんというマニュアル人間っぷり。ユリーが馬鹿の次に嫌いな人種だ。



「お仲間はああ言っている以上、戦う意志はあると判断しますが?」


 どこかへ消えていったメアを臨戦態勢で見送ったケードは、ユリーたちを見て静かな殺意を浮かべる。メアのせいで全ての作戦は無に消えた。こうなったらダンジョンブックでモンスターを召喚し、不意を突くしか生き残る方法はない。



「くそ、テンタクル……!」

「私に任せて!」


 戦うことを決めたケードの前に、布団から飛び出てきたショウコが立ち塞がる。



「馬鹿っ、逃げなさいっ!」


 ショウコの能力は人間を操るというもの。モンスター相手には効果がない。それなのに、



「大丈夫、私に任せて」


 ショウコは親指を上げ、ドヤ顔をしている。ショウコに作戦はない。だが無策というわけでもなかった。



 異世界転生ものの定番、ピンチからの覚醒。これさえ起きれば相手がどれだけ強くても関係ない。無双することができる。



 人間以外も操れるようになったり、あるいは全く別の能力が生まれるかもしれない。何でもいい、ピンチにさえなれれば。


 そう考えていたショウコの身体は、次の瞬間には吹き飛び、本棚に衝突していた。



「がっ、ぁっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 痛い。痛い痛い痛い。感じたことのない強烈な刺激に、ショウコは言語を発することすらできない。



「ヒーリングテンタクル!」


 ケードの裏拳で弾き飛ばされたショウコの付近に二本の触手を召喚する。触手は悲鳴を上げているショウコの口の中に侵入すると、治癒効果のある白濁液を胃の中に押し込んでいく。



「くそっ……!」


 これであと10秒は文字通り何もすることができない。舌打ちをするユリーと、思考を回しているイユの腹に、



「終わりです」


 ケードの両拳がめり込んだ。



「あぐっ、がっ、がぁぁぁぁっ!」

「ぐぅっ、ぎっ、ぐぅぅぅっっ!」


 くぐもった悲鳴と割れた結界の破片と共に、二人の身体は木でできたライブラの壁を突き抜け、外の森へと吹き飛んでいく。何度も地面と激突し、木にぶつかることでその場に留まった二人の口からは真っ赤な血と胃液が溢れ出ていく。



「ぐがっ、ぁぐっ、おごぉっ!」

(内蔵と肋骨をやられた……! このままじゃ動くことすらできない……!)


 だが最悪の状況ではない。即死さえ免れれば、ユリーの頭脳があれば何とでもなるのだ。



「ぁむっ」

「ああっ」


 ショウコの治療を終えたヒーリングテンタクルが、ユリーとイユの元にやってくる。そして同じように口の中に入ると、治癒液を吐き出した。



「んむっ、んぐっ、んんぅっ」

「ぁあっ、ぉうっ、ぐむぅっ」


 ヒーリングテンタクルの生態を知っている二人は、触手の身体を手で擦ることで白濁液の分泌量を増やす。これで10秒もあれば全快とまではいかなくても、臓器や骨は治るはずだ。



「不思議な能力を使いますね。モンスターを操るとは……」


 空いた穴からケードが外に出てくる。そして少し遅れ、回復したショウコも森に降りてきた。



 トーテン相手にショウコを守りきれる保証はない。逃げろ。ユリーがそう指示を出すよりも早く。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 ショウコはケードとは反対方向に走り出していた。



(いやだいやだいやだいやだいやだっ! 死にたくないっ!)



 ショウコの頭にはもう立ち向かおうという考えはない。


 漫画やアニメを見て、こんな世界に行けたら。かっこよく戦えたら。そんなことを思っていた。



 でも実際にファンタジーの世界に来て戦いに巻き込まれたら。もうそんな戯言は吐けない。ただ自分の命が大事で、世話になったユリーたちを助けようなんて考えられない。



 日本では感じたことのなかった、地獄のような痛みと、明確な死への恐怖。



 伊勢翔子の理性は、本能によって徹底的に破壊された。



「逃がしませんよ」


 逃げる小さな背中に手を向けるケード。だが、



魂の融合(フュージョンソウル)――」



(! これは……ヒャドレッドクラスか……!?)


 突如湧き上がった強烈な力のオーラを感じ、狙いを矮小な人間から青い秘書官服を着た女に変える。いや、秘書官服ではない。それは人間が着ることなどありえない衣服。



 青い丈の短いの着物、青い帯、黒いニーソックス、そして青く輝く日本刀。ケードが知るものとは色が違うが、限りなく同一に近い。しかしその力はあれよりも遥かに格上。



「――和風衣(ソードフォーム)



 姿を変えた少女を見据え、ケードはサングラスを一度中指で押し上げ、両の手を広げて戦闘態勢をとる。



「どうやらあなたには聞かなければならないことがいくつかありそうだ。生け捕りにさせてもらいますよ」

「奇遇だね、私も同じ。いくよ、イユ!」

「はいはーい」



 現状知る限りではトーテン最強のモンスター、ケード。それに対するは、サポートタイプの少女二人。しかもお互いがお互いをどこか気に食わないと思っている。



「テンションフルブーストで終わらせるっ!」

「無駄に騒がないでねー、時間の無駄だから」



 それでもお互いが、この子とペアならどんな相手だろうと勝てると、確信にも似た信頼をしていた。

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