第4章 第11話 始まる戦い
「おはよう。調子はどう?」
ユリーたちが人形を介したトーテンの監視を始めてからちょうど半日が過ぎた朝8時45分。起床して着替えを終えたメアがユリーたちの様子を見にくると、
「あ~、おはよ~」
「おはようございます~」
「ちぃーっす~」
ユリー、イユ、ショウコの三人はどこから持ってきたのかわからない大きなベッドの上で気持ちよさそうな声を上げていた。
「仕事をしない人には本は読ませない」
「は~? ちゃんと仕事してますけど~?」
額に御札が着いた上からでもわかるほどに憎たらしい顔でユリーが煽る。同時に肩の辺りから機械の触手が出てきたのが見えた。
「これはヒーリングベッド。この上で寝ると極上のマッサージをしてくれるんだよ。だから寝なくても問題ないってわけ」
「これいいよ~。今まで使ってたマッサージ機はなんだったんだってかんじ~」
言うまでもなく、このヒーリングベッドは××トラップダンジョンから召喚したものである。本来のものは性能が高すぎて寝ると快楽地獄に堕ちることになるが、ユリーが召喚した場合、性能は自由自在にコントロールできる。つまり人間にとって、最高の能力を持つマッサージ機が完成したというわけだ。
「ならいい。仕事に戻って」
「だから仕事してるって」
「人形を操りながら人と喋れるわけがない」
「そんなの10分あれば私もイユもできるようになってたよ」
「そんなはずは……いや、」
全ての感覚が前後上下左右逆となる使用者以外の人形操作。それを誰かと喋りながら行える人間などいるはずはない。たとえるなら、手術をしながら談笑するようなもの。仮にできたとしても、集中を欠いていることは間違いない。
だがユリーの顔は、不機嫌ながらも真面目な雰囲気を持っている。それにユリーとイユの過去を見た限り、それができてもおかしくないくらいの頭脳はある。
「……わかった。それならいい」
「そうそう。今日の昼前にフィア……勇者たちが来ると思うから、ライブラに通してほしいんだけど。合流したらトーテンを討伐してくる」
「それはできない。その時間、私は仕事中。業務内容と関係のないことはできない」
「そうですかー!」
相変わらずの仕事厨ぶりに、ユリーはすぐ隣にイユとショウコがいるのにもかかわらず大声を出す。別にテレポートゲートで迎えに行けばいいだけの話だが、楽していても仕事はできるということを見せつけたのに、意味がなかったことが少し悲しかった。
「妾は腹が減ったぞ!」
合わない価値観を感じていると、寝起きだからか服が乱れたミーコが現れた。
「私はミーコ様に食事を提供した後仕事に行く。武器は返しておくから倒せるなら倒しておいて」
「はい、ありがと」
メアから十手と銃弾を受け取り、ユリーとイユは意識の配分を人形の方に傾ける。今二人は人形の小さな身体を活かし、少し遠い場所から森の外にいる一体のトーテンを監視していた。
10メートルほどの筋骨隆々な巨大な体躯に、緑の体表、そして豚のような鼻を持つモンスター、オーク。
人間の女性を襲い孕ませる他、見た目通りに力自慢のモンスターであり、通常個体でも討伐にはレベル50ほどの強さが求められる。それがトーテンともなればどれほど強力か。
「6億……6億が歩いてるぅ……」
だがイユはそんなことも気にせず、多額の懸賞金に胸を躍らせていた。否、もう勝つ算段はついているのだ。
トーテンの6番、クオー。懸賞金は7番のニェオより2億も高いが、まず確実にニェオよりも戦いやすい。
どれだけ攻撃力が高かろうが、力勝負では絶対に負けないからだ。
勇者、ミューが持つ聖剣、勝者の十字架。これを勇者が振るった時、この世界の全てのものを斬り裂くことができる。つまり相手のパンチに剣を合わせるだけで、向こうが勝手に斬られていくのだ。
ミューと合流できれば、6億もの金を手に入れられる。6人で割っても1人1億。思わぬ大収穫だ。
金が入ったら何を買うか。そんなことを考えながら監視を続けていると、クオーの元に一体のモンスターが歩いてきた。
「あれは……?」
人間ほどの身長なので、少し離れた位置からではユリーは確認することはできない。しかし制限呪によって視力が強化されているイユはその答えを得ていた。
「あれはー……トーテンの5番、ピエロのケードですねー」
「ピエロ……?」
ユリーが聞き返したのは、その名前を知らなかったからではない。ピエロがトーテンとはほど遠い雑魚モンスターだったからだ。
「ピエロって壁貼りくらいしかできないでしょ? それが5番……確か特例を除いて最強だったよね」
「ですねー。あの時能力を聞こうとしたんですけどー、その前にトーテンが死んじゃったんですよー。だからどういう能力かはわからないなー」
「まぁせいぜい壊れない壁を貼れるとかその程度でしょ。これだけでフィアなら詰むし、強く思えるんじゃない?」
「かもですねー。あーでもさすがに身体能力は高いと思いますよー」
「ニェオとかオークより? それはないって!」
「まぁそうですよねー。考えすぎちゃうのは秘書官の定めですねー」
「そうそう。あんなの私たちなら楽勝楽勝!」
「誰が、楽勝なのですか?」
いつ。なぜ。どうして。
そんな疑問を覚える時間すらなく、それは現れた。
半透明の結界を纏った、白いスーツに赤と青のレンズのサングラスをかけた、40代ほどの渋い男性のように見えるモンスター。しかし人間ではないと証明するかのように、サングラスと同じ色をした角が赤い髪の上から生えている。
ありえない。ありえないことだが、ユリーの本能が叫んでいる。
一瞬前まで森の外にいたはずのトーテン、ケードがライブラの前に入ってきたのだと。
「オープン!」
「送!」
ユリーはダンジョンブックを、イユは転送魔法でマスケット銃を召喚する。その瞬間、ケードはユリーたちを見据え、開いた右手を閉じた。
「ピクチャーロック」
「「ぁうっ!?」」
ただ拳を握りしめただけ。それだけで、ユリーとイユの身体はまるで絵画の中に閉じ込められたかのように平面になっていた。いや、ただ平面になったわけではない。極薄の結界の中に閉じ込められたのだ。
「「な……んで……?」」
二つの疑問の声が静かな図書館に響く。一つはようやく考える時間が生まれたユリー。そしてもう一つは、たまたまこちらに来ていたミーコ。
ケードを視界に入れたまま後ずさりするミーコ。それに気づいたケードは左手で頬をかいた。すると自身の周囲を囲う結界が消え、
「ここにいましたか。裏切りのワークルー」
ケードの長い脚が、ミーコの腹を貫いた。




