第4章 第10話 コウコウトラップダンジョン
「ここがライブラ……!」
あわや大喧嘩というところをイユが抑え、とりあえずメイド姿のモンスター、メイの料理を食べてから小屋に設置してある転送魔法陣を使ってライブラに着いたユリーは、目の前の光景に目を輝かせていた。
どこを見ても本、本、本。王立図書館の数十倍はあろう敷地に、本が敷きつめられている。読書大好きのユリーにとって、夢のような場所だ。
「これ全部読んでいいのっ!?」
「トーテンを倒し終えたら。それと全部は絶対に無理。今も増え続けている本に、人間の寿命が追いつかない」
そう答えるとメアは図書館の端を指さした。そこには空の本棚が……と思うや否や、どこからともなく本が出現し、あっという間に本棚を埋め尽くすと辺りの壁が移動し、本棚を奥へと収納された。つまりここの本は目に見えるものだけではなく、最低でもその数倍は蔵書していることになる。
「どういう仕組みになってるのっ!?」
「転送魔法と結界魔法の応用で無限の蔵書を可能にしている。本が現れる仕組みは知らない。興味ないから」
「でもその理由も調べられるんでしょ?」
「当然。知りたいなら自分で調べて」
「そうは言っても、この中から目当ての本を探すのは大変ですよねー……」
「問題ない。ライブラ」
メアが本棚を見てそう告げると、本棚たちが激しく動き出し、やがて1冊しかない本棚が姿を現した。その背表紙には、「ライブラ」という文字が書かれている。
「調べたいキーワードを口にすれば、その本を自動で出してくれる。目当ての部分を探すのは自力だけど」
「すごすぎ……!」
イユが思わずそう零してしまうほどの至れり尽くせりぶり。ここに来たいと願う科学者がどれだけいるだろうか。きっとメアにはわからないだろう。
「……××トラップダンジョン」
トーテンを倒し終えたら。そういう約束だったのにも関わらず、ユリーは無意識にそう口にしていた。イユが止めようとしたが、涎を垂らして荒い息を吐いているユリーに引いてしまい、何も言えなかった。
「これさえ……これさえあればもっと……!」
激しく動く本棚に目を奪われたユリーの声が静かな図書館に木霊する。ユリーが正気を失ってしまうほどの魔性の魅力が確かにこのライブラには秘められていた。
やがてユリーの前に、一冊の本が現れる。これが100年間過ごした、××トラップダンジョンの全てが書かれている本。だがその背表紙には、
「コウコウトラップダンジョン――?」
ユリーが知る名とは別の文字が刻まれていた。
「これが××トラップダンジョンの正式名称……?」
××トラップダンジョンという名前は、いわば通り名である。誰かがそう呼んでいたから現代までその名前が使われているだけで、正式名称を知る者は存在しなかった。
だがものの数秒で、1000年を超える歴史の真実が顕となった。そしてこの本を捲れば、いつ誰が創ったのか、なぜ人が死なないのか、なぜ美しい女性しか入れないのか。その全てが明らかになる。
「兵」
しかしその本は、メアが操る人形によって取り返されてしまった。人形は本を床に捨てると、主人の元へと帰っていく。
「約束は守ってもらう。次破ったらもっと文字を増やす」
「くそっ、九字操法め……!」
メア・T・シュラインが使用した魔法、九字操法。それは、シュライン家に代々伝わる原初の魔法である。
御札を貼り付けた無生物を、9つの指令により操作することができる。その能力は扱う文字の数が増えるほど強くなり、全ての文字を付与した場合、超級魔法にすら届きかねない力を発揮する。
「まぁ今回はユリーちゃんが悪いよねー」
ユリーとイユがライブラの機能に注目する中、動く本棚には感動しても本自体には興味がなく、ずっと後ろで暇そうにしていたショウコが、やっと終わったと言わんばかりの笑みを浮かべる。
クルクルトラップダンジョンでは魔法は使えないし、異世界人は入ることすらできない。だがこのライブラ内は別。ダンジョンブックは使えるし、モンスターだって侵入できる。
「早く行くよ。いつトーテンが魔法石を壊すかわからない」
それだけ言って一人でトテトテと歩いていくメア。
「めっ」
「ぁう」
それをいいことに落ちた本を拾おうとしたユリーの手をイユがはたき、三人はメアについていく。そして辿り着いたのは、多くのテーブルが並んだ読書スペースのような部屋。そのテーブルの内の一つに、メアと全く同じ服装をした女性が座っていた。
「お待たせしました、ミーコ様」
「うむ、くるしゅうない」
膝をつき、ミーコと呼ばれた女性に頭を下げるメア。
「メア、この人は?」
メアに倣って頭を下げようとしたが、何となく嫌な感じがしたので立ったまま訊ねるユリー。無礼だと怒られると思っていたが、メアから返ってきた言葉はユリーの想像を大きく超えていた。
「この方は人間じゃない。モンスター」
モンスター。しかし、人間の姿をしている。本来ではありえないことだが、ユリーには当然心当たりがあった。
「どういうこと……?」
ユリーがライブラに来た理由の一つでもある、人型モンスター。自然界には存在せず、××トラップダンジョンでしか姿を見ることはできないはずだ。それなのに、ユリーが知らない人型モンスターが存在している。
「こんな広範囲に結界を張るなんて、人間の魔力ではよほどでもない限り不可能。モンスターが関わっているのは当然のこと」
「いやそういうことじゃなくて……」
「そんなことより、これ」
ユリーの言葉を遮り、メアはユリーとイユにそれぞれ一枚の御札を手渡す。
「これを額に貼り付ければ、あなたたちでも人形を操れる。とりあえず今日はクルクルトラップダンジョンの外で待機している人形を操ってトーテンを監視して」
「あれ? 私の分は?」
「この魔法を他人が使う場合、人形の視覚や聴覚、操作が上下左右前後全て逆になる。あなたたちの本を読んでわかったけど、これができるのはおそらくこの世界でユリー・セクレタリーとイユ・シエスタだけ」
「それはいいんですけどー、本を読んでイユちゃんたちのこと知ってたなら、受付の時に言ってくれればよかったんじゃないですかー?」
「これはあくまで私の用心。仕事内容には含まれない。だから仕事が終わるまであなたたちに接触することができなかった」
「はっ!」
仕事大嫌いのユリーがわざとらしく馬鹿にするような笑い声を上げる。だがそれを無視し、メアはどこかへ歩いていこうとする。
「それじゃあ後はよろしく。私は自室に帰る」
「近くにいて情報共有した方が効率的じゃないですかー?」
「今の私は退勤後。クルクルトラップダンジョンのために働く義理はない」
「はぁーーーーんっ!」
その自分勝手な口ぶりに、ユリーがまたもわざとらしく声を上げた。しかしメアはすでに部屋からいなくなっており、ミーコもいつの間にかどこかへ消えていた。
「あんのくそガキ! めちゃくちゃむかつくっ!」
「青の悪魔さんも仕事に関してはあんなもんじゃないですかー」
「イユもむかつくっ。あーあ、早くフィアに会いたいなー!」
「はいはい。そのためにも今日がんばりましょうねー」
二人は椅子に座り、御札を額に貼り付ける。すると視界が大きく移り変わった。




