進むべき世界
水の中に落ちた僕たちは深い底に落ちていった。
周りはくすんだ青い色をしていて、底に近づくにつれて暗くなっていく。上を見ると水面がゆらゆらと白く揺れているのが見えた。
「ガボ…」
両手で口を覆って息を止めていたけれど、息が続かなくなって肺の中の空気を吐き出してしまった。僕の口から出た泡はキラキラしながら水面へと向かって上がっていく。
このまま死んでしまうかと思ったけれど水の中だというのに息ができる。僕は隣で目をギュッとつぶっていたアルフレッド少年にもそれを教えてあげると、二人揃って暗い水の底へと向かってゆっくりと降りていった。
程なくして深い青の水底へと到着する。水のそこの紫色の砂はふにゃふにゃと柔らかい不思議な感触だ。
アルフレッド少年を見るとまた見た目が変わっていた。五十歳くらいだろうか。だいぶオジサンになってしまった。顎には髭が生えて三揃いのスーツをカッコよく着ている。
「アルフレッド、ずいぶんオジサンになったね」
「アルフレッドさんこそ、ずいぶん若返ったように見えます」
あたりを見回すとたくさんの魚が泳いでいるのが見えた。
アルフレッド少年は片手を伸ばしてひょいと魚を捕まえた。
「立派な鯉だ」
しばらく眺めたのち、再び水の中に還す。
「あっ、逃げてしまったじゃないか」
「逃したのですよ」
「なぜ?」
「用もないのに捉えておいても、かわいそうでしょう」
「綺麗なのに…」
鯉たちは水中にいる僕たちが珍しいのかどんどん寄ってきた。手を差し出すと丸い口でチョンチョンと突いていく。
僕たちが歩けば鯉たちも一緒についてくる。
それが楽しくて、僕たちは意味もないのにウロウロと水の中を歩き回った。
水のそこは様々な青が混じり合い美しい。緑の海藻がゆらゆらと揺れていて、鯉たちは海藻にもぐったり出たりして遊んでいる。
時々ポコポコと音を立てて上に上がっていく泡がキラキラとしてとても美しかった。
「ふぅ、少し疲れました」
アルフレッドは「よっこいしょ」と声を出しながら岩に腰を下ろして上を見上げた。
「思えばずいぶん下まで潜ってきてしまいましたね。あの泡につかまれば、上に戻ることができるのでしょうか」
「やってみる?」
僕は尋ねたが、アルフレッド少年は長い時間何も答えずにじっと黙っていた。
その間もポコポコと音を立てて地面からでた泡は上へと向かう。
「いいえ、わたしは下へ向かいます」
アルフレッド少年がそう言った瞬間、僕たちが座っていた場所に大きな亀裂が入った。僕たちは一瞬で水の底のさらに奥に落ちてしまった。