第79話:理事長の秘密に弱ぇー・・・
休日明け、最初の一日を乗り越えた俺は皆が寝静まるまで寮のベッドの上で待機していた。
もちろん暇だからといって酒を飲むような愚行は犯さない。
ベッドの中で何度もこれからすべきことを考えていた。
結界魔法を構成する核となる媒体を見つけなければならない。
リンカの話では、魔法学院の最上階か地下があやしいとのこと。
ゆえに今夜は最上階を目指す。
すなわち、理事長室へもぐりこむつもりだ。
布団に入っているとどうにも眠くなる。
これは人の性だろう。
俺もいつの間にかうとうととしていたが、気合で起きた。
時刻は深夜を回った頃だろうか。
俺はベッドから起き上がり、自室から抜け出す。
その時、ユーヤがベッドにいなかった。
トイレでも行っているのだろう。
寮から出ると、月明かりが俺の行く先を照らしていた。
これなら夜目の魔法を使う必要もない。
颯爽と校舎まで駆け抜けた。
入り口は当然閉まっているだろうと思ったが、普通に開いていた。
それどころか、所々明かりが灯っている教室さえある。
俺はその中の教室の一つを、そっと覗いてみる。
中には女子生徒が魔法の研究を行っている。
なるほど、こんな遅い時間まで魔法の研究をしているラボもあるのか。
こんな時間に校舎へ来ることなどなかったから全く知らなかった。
これならば堂々と校舎内を徘徊しても問題ない。
そう思っていたのだが、最上階へ近づくほど人気がなくなっていく。
それに伴い、できる限り気配を消して階段を登る。
最上階へたどり着いたとき、理事長室の前に何者かの気配を感じた。
一人ではない。
数人が理事長室の前にいる。
俺は壁の影に隠れ、様子を伺う。
しばらく息を殺して観察していると、月明かりがその何者かを照らした。
「ユーヤ・・・・。なぜあいつがここに?」
そこにいたのはユーヤ達、コウの取り巻きである。
彼らが小声で話していると、理事長室の扉が開いた。
「コウ、どうだ?」
コウが首を横に振る。
「くっそ、今日もか。早く見つけないと!」
「しーっ、静かにしろ。今夜はここまで。続きはまた明日だ」
やべ、こっち来る。
必死に聞き耳を立てていたが、彼らは俺の方へ歩いてくる。
どうする?
その時、誰かが俺の肩に手を置いた。
この時ばかりはさすがの俺でも心臓が飛び出るほど驚いた。
振り向くと、人差し指を唇にあてるコンラートがそこにいる。
コウといい、コンラートといい、こいつらこんな遅い時間に何をしているんだ?
「おじさん、ここで何をしているの?」
「それは俺のセリフだ。お前こそ何をしている?」
「僕は・・・・。しっ、彼らが来るよ。こっちへ」
コンラートはそう言うと、俺の手を取って階段を降りる。
そして素早く近くの教室へと身を隠した。
しばらく息を殺し、コウ達が階段を降りていく足音が聞こえなくなるまで口を閉じた。
「で? お前達はいったい何をしていたんだ?」
俺の問いに、コンラートはしばらく考えた後口を開いた。
「コウ達は、入学してから何かを探しているみたい。夜な夜なこうして怪しい動きをしていたので、僕は彼らを監視していたんだよ」
「コウ達が怪しい動きか・・・・」
俺はユーヤと同部屋だったが全く気づかなかった。
「うん。何を探しているのか分からないけどね。僕は彼らをスパイだと思ってる」
「スパイ? コウが??」
あんな目立ちたがり屋にスパイは無理だろ・・・・。
「それはライ皇国のためなのか、裏で繋がっているバンドーンのためなのか分からないけど・・・・」
「ん? ちょっとまて、ライ皇国ってメデゥカディア島と同盟関係だったよな?」
だからティファニアはライ皇国行きの船に乗ったはずだ。
「それは表向きだよ。ライ皇国はここと物資の取引をしているけど、裏ではバンドーンへとも取引をしてる。彼らは良くも悪くも、自国を優先する傾向があるからね」
「お前、良く知っているな」
「彼らのことも、ライ皇国のこともいっぱい調べたから」
コンラートの言うとおり、ライ皇国が裏でバンドーンと繋がっているのであれば、コウの目的と俺の目的は同じものである可能性が高い。
すなわち、結界魔法である。
バンドーンからすれば、あれをどうにかしなければそもそも戦争にさえならない。
「おじさんは何をしていたの?」
「俺か。俺は・・・・寝れなくて散歩していた」
「こんな夜中に? それって徘徊だよね」
「違う。散歩だ、散歩」
言い方が大事である。
「くすっ。そうだ。良かったらおじさんも手伝ってよ。僕はコウ達が、このシュタットフェルト魔法学院に害をなすなら止めたいんだ」
俺は一瞬考える。
俺の目的とコウ達の目的が重なるのであれば、その過程で彼らを止めるのはやぶさかではない。
それに、俺がこれから行おうとしていることは、真面目なコンラートからすればコウ達と同類に見えるかもしれない。
そうなれば全力で妨害してくるだろう。
「わかった。力を貸そう」
「よかったー。断られたらどうしようかと思ったよ。まずは、彼らが何を探しているか突き止めないとだね!」
コンラートが階段を登り、理事長室へ向かおうとする。
「おい! どこへ行くんだ?」
「どこって、理事長室だよ。コウ達が何を探していたのか、ヒントがあるかもしれないからね」
当たり前だろとでも言う風に、コンラートは理事長室の扉を開く。
仕方なく、本当に仕方なくコンラートの後を追う。
理事長室は以前来た時から何の変化も見られない。
存在感のある大きな執務用の机、木彫りの椅子。
本当にあの日のままである。
「秘密を暴け、サーチアイ」
コンラートが杖を取り出し、索敵の魔法を展開する。
この少年、本当にいい度胸している。
普通、理事長室に忍び込んだりはしない。
まして、冷静に探し物などできるはずがないのだが・・・・。
俺はコンラート少年を真面目君から強心臓へ認識を修正した。
「ここ、何かあるよ。隠し部屋かな?」
壁一面本棚になっており、その一部を指差してコンラートが言う。
俺達はその近辺の本を取り出してみる。
すると、一冊だけ動かない本があった。
おそらくこれがトリガーなのだろう。
引っ張り出そうとしても動かない本。
引いてダメなら押してみろ、の精神で本を押した。
すると、本棚に空間が生まれる。
どうやら隠し部屋への入り口のようだ。
俺達は目を見合わせた。
当然、中を確認するつもりである。
本棚と本棚の隙間へ身を滑り込ませ、隠し部屋へ侵入した。
そして後悔した。
そこには絶対に見られたくない物があった。
「これって・・・・」
戸惑うコンラートが俺を見るが、俺はただ首を横に振るだけである。
言ってやるな・・・・。
誰しも、他人に見られたくない物はある。
隠し部屋にあるのは無数の絵だ。
しかも魔法で描かれた、とても細かく再現された絵である。
そして、描かれているのは唯一人である。
リンカ・シュタットフェルト。
グラン・シュタットフェルトが愛してやまない孫である。
俺達は無言で隠し部屋を後にする。
時間はかかったが、本棚の仕掛けを元通りに直す。
理事長室から出ると、扉に鍵をかけた。
「それじゃぁ、また明日ね」
コンラートと校舎入り口で分かれると、俺達はそれぞれの寮へ帰って行く。
理事長室に俺達が探しているものはなかった。
けれど、一つだけはっきりしたことがある。
グランがリンカ暗殺を依頼するなどありえないということだ。
小さい頃から最近までのリンカが描かれた絵。
それだけでグランがどれだけリンカを大切にしているのかうかがい知れる。
俺は歩きながら、リンカの絵を思い出していた。
これでリンカへよい報告ができる。
「あれ? そういえばリンカが二人描かれていた絵もあったが、あれはなんだったのだろうか? 見間違えか?」
首を傾げながら寮へ帰還すると、ユーヤは既にベッドでいびきをかいていた。
その姿を見ると俺も眠くなり、倒れ込むようにベッドへ横たわると、意識を手放した。
翌日、コウとユーヤへ昨夜何をしていたのか聞いてみたが、二人が二人とも誤魔化すように本当のことを言わなかった。
これを裏付けとし、俺は今後の方針を固めた。
この日から、俺とコンラートは夜な夜なコウ達の動きを監視するようになったのである。
いつもご愛読ありがとうございます。
なかなか執筆スピードが上がらず、申し訳ありません。
魔法学院編はもう少しで佳境に入ります。
それまでお付き合いいただけましたら幸いです。
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