第78話:少女との約束に弱ぇー・・・
「――――やっちまった!!」
シュタットフェルト魔法学院の学生寮の一室で、俺は年甲斐もなく叫び声をあげた。
部屋の中は俺以外、誰もいない。
「くそ、あいつら本当に薄情だな。起こしてくれてもよかったのに!」
泥酔し、寝坊したのは俺であるにも関わらず、起こしてくれなかった同室の仲間への恨みを口にする。
しかし、よくよく思い出してみると、起こされたような記憶もある。
まぁ、今となってはそんなことはどうでもいいのだが。
急いで服を着替え、鞄に教科書などを詰め込む。
その速度は、前回寝坊したときのそれを遥かに上回る。
自己最速更新である。
準備ができると部屋を飛び出し、走って学院へ向かう。
校舎までたどり着くと、入り口に女教師ことモニカ・ルックラードがいる。
遅刻者を取り締まっているのだろう。
腕を組み、真剣な表情で入り口を凝視している。
俺はモニカにバレないよう、校舎の陰からその様子を伺っていた。
「これでは教室に行けない」
いや、行けよ!
正直に遅刻しました、と言えばいい。
そう思うかも知れないが、良く考えてみてくれ。
いい歳したおっさんが、年下の女教師に、遅刻が理由で怒られる・・・・。
客観的に見たら恥ずかしいを通り越して滑稽ではないか?
俺はそうはなりたくない。
入り口から入るのを諦め、校舎の裏側へ回る。
窓から教室の中を物色し、誰もいない部屋を見極める。
すると、一つの教室にいつぞやの少女を発見した。
相変わらず特徴的な仮面をつけ、窓の外を眺めている。
俺はその教室の窓に近づくと、コンコンとノックした。
少女の様子を伺うと、仮面が俺の姿を捉えたように見える。
俺は身振り手振りで窓の鍵を開けるように頼んだ。
しかし、少女は首を45度傾げるだけである。
これでは埒が明かないと、魔法で鍵を開け教室内に体を滑り込ませた。
誰もいない教室に、少女が一人椅子に腰掛けている。
相変わらず、奇抜な仮面は何のためにつけているのかわからない。
けれど俺が教室へ入ったことに驚いているのが気配で分かった。
「驚かしてしまったようだな、すまない」
謝罪すると、少女が首をフルフルと振った。
「俺も君が魔道教の教祖だと知って驚いたよ」
警戒されないように笑みを作る。
「君はここで何をしてるんだ?」
教室には何もない。
机も他の椅子さえもない。
更に、入り口には鍵がかかっている。
誰かがここへ彼女を閉じ込めているような気さえする。
「外を・・・・見てました・・・・」
か細く、今にも消え入りそうな声である。
俺は少女に近づき、少女から見える景色を確認する。
窓の外に見えるのは、校舎の裏庭と海。
特段見て面白いものではない。
「景色ならもっといいところがあるだろ? それこそ外へ出て、海の方へ行けばいくらでも」
「外へは、行ったことがありません」
外へ行ったことがない?
そんな人が本当にいるのだろうか?
それとも何かの比喩か?
考えてもわからない。
「それなら行こう。今から行こう!」
「え? ですが・・・・」
俺は少女の手を取り立たせると、肉体強化の魔法を発動して少女を抱え上げた。
そのまま跳躍し、窓から外へと出る。
さて、どこへ行こうか。
シュタットフェルト魔法学院の外壁を越えると、そこから島の端までよく見える。
その先には海があり、水平線まで広がっている。
学院が小高い丘の上にあるから見渡せる光景であった。
海から吹く風が潮の香りを運ぶ。
俺は少女と、その香りを楽しみながら伸びをする。
若干二日酔いで鈍痛が頭を刺激していたが、今では気にならない。
快晴も相まって、本当に清々しい。
「たまにはこういうのも悪くないな」
そう独り言を呟くが、この後どうやって言い訳しようか。
「気持ちがいいです。・・・・本当に・・・・すごく」
ここまで来ても少女は仮面をはずそうとしない。
「それはよかった。連れてきた甲斐があった」
「ありがとう、ございます。こんな外の風景を姉妹たちにも見せてあげたいです」
その声はどこまでも無機質で、感情がわからない。
それでも感謝はしてくれているのだろうと思う。
「それなら、今度は君の姉妹たちも一緒に連れ出そう」
「本当、ですか?」
「あぁ、約束だ」
俺は少女へ小指を出す。
少女はどうしていいのかわからないのだろう。
身動きすることなく俺の小指をじーっと見つめる。
仮面越しでよくわからないが、多分そうしているのだろう。
俺は少女の右手を取ると、小指と小指を交わらせる。
「これは約束の印だ」
「魔法ですか?」
「いや、これは唯の・・・・そう、誓いだよ。約束を守るための誓いの印」
少女は自分の小指を目の高さへ持っていく。
うーん、小指には何も変化はないと思うがなぁ。
ちょうどその時、チャイムが鳴った。
どうやら通常の授業が終わったようだ。
これから専攻授業が始まる。
皆と合流するなら今しかない。
「さて。そろそろ、戻ろうか」
「はい」
来たときと同じように少女を抱え、外壁を越えて教室へ戻る。
「次の授業が始まるから、俺は行く。また、遊びに来てもいいか?」
俺の問いに、少女は小さく頷いた。
手を振りながら教室を出る。
この時俺は、教室の鍵を開けたまま閉めることはしなかった。
専攻授業へはどうにか間に合い、コンラートの隣の席へ座った。
遅れて来た俺を、コンラートが心配そうな目で見てくる。
どうやら体調でも悪かったから遅刻したのだと思っているようだ。
真実を言うことはできず、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
コンラートは誤魔化せたのだが、専攻授業担当の教師であるモニカを誤魔化すことはできなかった。
どうやら、校舎の入り口で待っていたのは俺のようだ。
授業が終わるとモニカに呼び出され、いつ教室へ来たのか、どうやって校舎に入ったのか問いただされた。
ここで正直に言うほど俺は愚かではない。
必死に考えた末、出てきた言い訳は「久しぶりの学院だったので道に迷った」である。
さすがのモニカも呆れて口を開けて固まった。
これ幸いと、頭を深々と下げ謝罪を口にすると、俺はコンラートを連れ立って食堂へ向かう。
完璧な作戦であった。
結果を言うと、これでモニカから逃げ切れるはずもなく、廊下でつかまりそのまま懇々と説教された。
廊下を歩く生徒達が何事かと俺を見て、薄ら笑いを浮かべながら通り過ぎて行く。
公開説教のあまりの恥ずかしさに、俺はもう二度と遅刻しないと固く誓った。
仮面の少女がいる教室へ、グラン・シュタットフェルトが訪れたのは昼前であった。
そしてすぐに異変に気づく。
教室の入り口に鍵が掛かっていなかったのだ。
以前一度だけ鍵を閉め忘れたことがある。
ゆえに、確認を怠ることはしない。
だからこそ間違いなく誰かが鍵を開けたと確信した。
少女の様子を確認するが、いつもと変わった様子はない。
この様子ならば、少女が教室の鍵を開けたとは考え難い。
だとするなら、誰かが侵入したことになる。
「誰かここへ来たのか?」
問いかけるが、少女は無言のまま何も答えない。
グランは目を細め、少女を見つめる。
「ここへ来たのは何者か」
グラン部屋の中を歩きながら何かを確認していた。
「この状況、必然か、偶然か」
目に見える異常はない。
では、目に見えない異常はどうだろうか?
「探知魔法」
グランが魔法を発動させると、彼を中心に、魔法が波紋のように部屋中へ広がる。
「ふむ、何もなしか」
グランは少女へ向き直る。
「お前がストレスを溜め込みすぎないよう、この教室で過ごすことを許したが、情勢がそれを許さぬようだ」
グランは少女を伴って教室を後にする。
そして、少女は二度とこの教室に戻ってくることはなかった。
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