ティファニア編:悲願
ティファニア編最後です。
リーフ族の村から更に森の奥深くへ向かった。
前を歩くミュレットは迷いなくその足を進める。
ティファニアも遅れないように歩いた。
しばらく進むと、ティファニアはある違和感を覚えた。
初めはその違和感の正体が分からなかったが、ティファニアも森の民の一人である。
すぐにその違和感が分かった。
「森が静か過ぎます」
心の中で呟き、周囲を見渡し、耳を澄ました。
木々の触れ合う音、鳥や獣、虫の声が一切聞こえない。
いつからそうなのか思い出そうとしたとき、更に異変を感じた。
「魔素が濃い」
今度は言葉が漏れた。
それだけ異質だからである。
魔素がこれほど濃いということは、魔物の領域になっているはずだ。
魔物が生まれ、村を襲ってもおかしくはない。
しかし、魔素は濃いが魔物の気配は一切ない。
どういうことだ?
「やはりわかりますか・・・・」
「魔素が濃いことは分かりましたが、理由がわかりません」
ティファニアの言葉に答えることなくミュレットは先へ進む。
程なくして、目の前に石で作られた巨大な祭壇が出現した。
その前にはエルフ族の兵士が四人ほど立っている。
「変わりありませんか?」
「はい。出現した魔物は2体いましたが、処理済みです」
「ごくろう様です」
ミュレットは片手を上げて兵士を労い、階段を登った。
ティファニアもそれに続く。
祭壇の頂上へたどり着くと、そこにはこれまで見たこともないほど巨大な骨が現われた。
そのあまりの大きさにティファニアは声を失う。
「これは古竜ですよ」
「古竜・・・・、これが・・・・・」
古竜は、古の時代においてエルフ族の守り神であったとされている。
かつて、古竜は魔物からエルフ族を守護していた。
圧倒的な力を持ち、巨大な魔物達を蹴散らしたとされている。
しかし病には勝てず、ひっそりとその生涯を終えたという言い伝えはあった。
「本当に、古竜なのですか?」
「間違いなく」
ティファニアが疑問を持つのも無理はない。
古竜は存在さえ不確かな伝説の生き物である。
「私達の祖先は古竜の亡骸があったがゆえに、ここへ住み着きました。そして私達もまた、ここを離れるつもりはありません」
そこには断固たる決意が垣間見えた。
ティファニア達ルーンア族の中には、大陸南部へと向かったエルフ族のことを腰抜けと揶揄している者もいる。
けれどリーフ族にはリーフ族の理念があった。
「私達の望みは唯一つ。古竜の復活です。それさえ叶えれば、魔王を倒し、エルフ族元来の土地さえ取り戻すことができるはずです」
ミュレットの瞳は煌々と輝き、言葉には熱が篭っている。
「古竜の復活・・・・、そんなことできるのですか?」
「その望みがあればこそ、私達はバンドーンに手を貸したのです」
「どういうことですか?」
「今、バンドーンが攻めているメデゥカディア島にはシュタットフェルト魔法学院があります。そこには人族が数百年間研究し、蓄積した知識があります。再生、蘇生、そして若返り。それらの知識が手に入れば、古竜を復活させることができるかもしれません」
「だからエルフ族の掟を破ってまで人族の争いに介入したのですか?」
「あれは人族には過ぎた知識。私達エルフ族が有効活用すべきなのです」
ティファニアは怒りで奥歯をかみ締めた。
これまで様々な人族と接し、エルフ族との明らかな違いを見てきた。
エルフ族は過去を、人族は未来を見る種族である。
だからこそ人族は日々進歩を目指し、魔法を研究し、研鑽を積むのだろう。
それを奪おうというのは、傲慢以外の何者でもない。
「ティファニア、あなたはエルフ族の掟と言うが、それが何ゆえできたのか知っていますか?」
「エルフ族は魔法の民だからです。多種族よりも魔法に秀で、その力によって多種族の均衡を崩す恐れがあるからです」
「そう、言われていますね。それは間違いではありません。ですが、始まりはそうではないのです。初めて魔王がこの世界に現われた時、どの種族よりも先頭に立って戦ったのはエルフ族でした。今でこそエルフ族の数は少ないですが、当時は人族と同じくらいいたそうです。しかし、苛烈を極めた戦いによってエルフ族はその数を大幅に減らしました」
もちろん、この話をティファニアは知っている。
魔王に敗れたエルフ族は、僅かに残った種を守るために森へ隠れたと言われている。
同時に、エルフ族だけが懸命に戦ったのに対し、人族、ドワーフ族などはほとんど力を貸さなかったとも伝わっていた。
「実は、エルフ族が先頭に立って戦ったのには、戦わざる負えない理由があったのです。今の魔王領は元々エルフ族の領土であり、そこには多数の同胞が住んでいたからです。しかし、人族やドワーフ族にとってはそこまで本気にする話ではありませんでした。戦場となっているのが彼らの領土ではなかったからです。エルフ族は彼らを恨み、彼らへ魔王軍が侵略を開始しても力を貸さないという掟を定めました。それが、多種族の争いに関与しないという掟の始まりです。そんな掟に従う必要はありますか?」
ミュレットの問いかけに、ティファニアは俯いた。
これまで考えないようにしてきた。
人族が必死に魔王軍と戦っている間、エルフ族は一切力を貸していない。
魔王という共通の脅威があるのだから、多種族が手を取り合って戦うべきなのにである。
その答えがこれであるなら、エルフ族は未だ過去にとらわれていることになる。
「例え今の話が本当だとしても、人族の争いに介入すべきではありません。人族の隆盛は人族の手によって定められるべきです」
ティファニアは真っ向からミュレットを見返した。
二人は無言で視線を交錯させる。
そんな中、先に言葉を発したのはミュレットであった。
「安心しなさい。契約があるから戦地までは赴くでしょうが、これ以上バンドーンに力を貸すつもりはありません」
「どういうことですか?」
「もう、シュタットフェルト魔法学院の知識が必要なくなったということです。これを見てください」
ミュレットは一枚の紙を取り出し、ティファニアへ手渡した。
ティファニアはそれを見て驚愕し、言葉を失った。
「これはバンドーンからもたらされたとある魔法陣の写しです。これほど高度で難解な魔法陣を見たのは私も初めてでした」
ミュレットの言葉が頭に入らない。
この魔法陣はセリアが描いた魔法陣に他ならない。
それがどうしてバンドーンへ渡り、今ミュレットの手元にあるのだろうか?
「あなたなら理解できますか? ルーンア族の天才ティファニア」
「いえ、私にもどうなっているのかまったくわかりません」
「そうでしょう? これぞ人族の英知の結晶。最初に見たときは驚かされた。まさか、人族が転移魔法を実用化するほどの魔法理論へ到達していようとは・・・・。難解であったが、私達はどうにかその一部を解析することに成功した」
「それは、すごいですね」
「そうでしょう? これによって、失われた魔法を復元することに成功しました」
「失われた魔法?」
「幻想召還魔法です。私達は古竜の復活を行うには蘇生系統の魔法を構築しなければならないと考えていました。しかし、この幻想召還魔法によって全く別の発想で古竜を復活させることができるのです」
幻想召還魔法。
魔法陣、魔法術式、詠唱、魔法媒体。
それら全てを融合して行う高難易度魔法である。
術者も複数人で行うそれは、この世界に存在しないものを召還する魔法である。
かつてエルフ族が行い、制御の難しさから禁術として封印し忘れ去られた魔法である。
ティファニアも名前だけは聞いたことがあった。
「まだ、細部を詰める必要はありますが、大よその目処は立ちました。ですから、ティファニアが心配するようなことはもうありません」
先ほどまでとは打って変わり、ミュレットは笑みを浮かべていた。
「もうバンドーンに力を貸すつもりはないと?」
「はい。金輪際彼らのために魔法を使うことはないと誓います」
契約を重んじるエルフ族が、誓うという言葉を発したのなら間違いないだろう。
ティファニアは安心すると同時に、これまでは力を貸していたという事実が頭から離れない。
リーフ族以外の同族への報告はした方がいいだろう。
だがその前に、間違いなく人族同士の争いへの関与をやめたことを確認し見届けなくてはならない。
「しばらくこの村に居ても構いませんか?」
「もちろん、大歓迎です」
ミュレットが笑顔で頷く。
けれど、ティファニアが残る理由が監視であると知っているのだろう。
瞳の奥底は笑っていない。
少なくとも、ティファニアはそう感じた。
この日から約一ヶ月もの間、ティファニアはリーフ族の村へ留まった。
そして約束の日、バンドーンが用意した船に乗り、メデゥカディア島へリーフ族と共に向かったのである。
いつもご愛読ありがとうございます。
ティファニア編最後になります。いかがだったでしょうか?
次回からは本編を更新します。
テンポ良く話が進むよう心がけたいと思います。
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それでは、今後とも何卒よろしくお願いいたします




