表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/124

第8話:衛兵より弱ぇー・・・

よろしくお願いします。



 2日目の作業が終わり、今はベンさんから借りた部屋で毛布に包まっている。

今日の夜も、もしかしたらベンさんが晩御飯を恵んでくれないかなと期待していた。

ベンさんは期待どおりに、何も言わず俺のご飯を用意してくれていた。

本当に、ベンさんは神である。

あのくそ女神と神の座を交代すべきだと本気で思う。

次に転生したら、その望みを叶えてみるべきか一考の余地がありそうだ。


 2日目の成果であるが、報告すべきことが二つある。


 一つ目は、想像以上に手押し車は有効であったことだ。

積載量も、移動速度も、体への負荷も段違いである。

午後のみの作業にもかかわらず、昨日の倍近い範囲の清掃が終わった。

がんばれば明日には依頼達成も可能であるように思われる。


 二つ目は、腰痛が想像以上に辛かった。

昨日と同じく薄暗くなるまで清掃を行ったのだが、もう立つことも嫌になるほど腰が痛かった。

食事に舌鼓を打ち、まるで当たり前のように部屋を借りた後、ベンさんから腰に効く薬と証してポーションをもらった。

ありがたく使わせてもらうと、腰痛は嘘のように改善した。

根治ではないが、直近では問題ないだろう。

もっともこのときは、このポーションの金額が銀貨10枚、つまり報酬の三分の一だとは知る由も無かったのだが。

本来であれば、ベンさんが提供してくれた食事と宿代、ポーションの金額を含めれば銀貨30枚以上かかっている。

ベンさんの優しさが無ければ完全に赤字である。




 3日目になると、作業効率は大幅に上がった。

やり方がわかったことと、手押し車の効果もあるのだろうが、何より腰が痛くないことが理由である。

目に見えて第8区画が綺麗になっていくと、清掃の終わりが見え始める。


「なんだかんだ大変だったけど、ベンさんのおかげで依頼を達成できそうだ。ベンさんには感謝しかないな。さてと、掃除が終わったら新しい服や下着くらい買わないとさすがにまずいよな」


 自分の服には汚水がしみこんでいる。

洗濯したいのだが、一張羅のためそれさえ難しい。


 俺は知らず知らずのうちに、「俺、依頼達成したら服を買うんだ」という小さなフラグを立ててしまっていた。


 本日2度目のゴミ捨てを行った際、いつもは門付近にいる衛兵の一人がゴミ捨て場付近にいた。

なにやら困っているのか、腕を組んで首をかしげている。


「どうしたんだ?」

 

 思わず声をかけた。

毎日何往復も門を通るのだから、この衛兵とも顔見知りになっていたのだ。


「あぁ、あんたか。いやな、ちょっとこれ見ろよ」


 衛兵が燃えるゴミの魔方陣を指差す。


 魔方陣を見ると、かすかに点滅しているのがわかった。

魔方陣の効力が切れそうなのである。

おそらく、次に魔方陣を使用したら最後、魔法が発動しなくなるだろう。

誰かが魔方陣を修復するか、上書きしなければならない。


「魔方陣の不調か」


「あんたわかるのか?」


 衛兵が驚いたように俺を見る。

そのあまりの驚きように、言ってやりたいことはあったがどうにか堪えた。


「とりあえず、応急処置だけでもしていいか?」


 俺の問いかけに、衛兵は心底悩みながらもどうにか頷いた。

本当に失礼なやつである。

俺にはありとあらゆる魔方陣の知識があるのだから、素直に任せろよ。


 これまではなんとなくで見ていた魔方陣を、解析するためにじっくり見つめた。


 魔方陣の用途は燃えるゴミを処分するために、高火力でゴミを消し炭にすることである。

加えて範囲指定と、出力の上限と下限の設定がされている。

範囲指定はこの魔方陣で囲んだ部分にのみ、魔法が作用するように。

出力の上限と下限の設定は、上限は魔力を込めすぎた場合、周りに被害が及ぼさないための処置。

下限は火力が弱すぎれば、ゴミを燃やしきれないから設定したのだろう。


 しかし、なんとも低レベルで効率の悪い魔方陣だ。


 あきれながらも、魔方陣の修正に着手した。


 まず、この魔方陣が“火”を発生させるためのものであるという、もっとも根本的な原理を“炎”へと変更した。

“火”よりも、“炎”のほうが最高火力への到達が早いため、発動時間が減る。

そのため、込める魔力は以前より少なくて済む。

つまり省エネである。

 

 本来は“火”より“炎”の魔法のほうが扱いが難しい。

しかし、今回は魔方陣を使用するので扱い安さを考慮する必要がない。


 次に、範囲指定はこれまでどおり魔方陣内に設定した。

これを設定してないと大変なことになる。


 そして出力の上限と下限だが、下限は今までどおりで設定し、上限に関しては今までよりも幾分か高出力で放出できるよう設定した。

いくら燃えるゴミとはいえ、ゴミの種類によっては以前の魔方陣では完全に消滅させることはできない。

上限を少し上に設定すれば、ゴミによって出力調節を行うことであらゆるゴミに対応できるに違いない。

加えて、()()組んだ魔方陣である。

範囲指定さえも、先の魔方陣より強固だから、万が一にも周りに飛び火することはないだろう。


「ふぅ~」


 一仕事を終え、息を吐き出した。


 本来であれば、作り出した魔方陣を試運転でテストする必要がある。

しかし、今の俺の魔力でそんなことをすれば、一瞬で魔力欠乏症になるのは目に見えている。


「すごいな、魔方陣の修復が完了したのか。確かに不調の原因みたいな点滅はもうない。本当にありがとう」


「困ったときはお互い様だ」


 俺は衛兵に手を振りながら、手押し車をつかみ第8区画への帰路に就いた。


 門を潜り、そろそろ第8区画へ到着するころ、俺の後方で空に向けて火柱が立ち登った。


「あっ、やべ。範囲指定で高さの設定を忘れていた。これってまずいよなぁ・・・」


 すぐに戻ろうかとしたとき、前から声をかけられた。


「ここにおったか。いや、本当にこの手押し車は便利じゃのう。おかげで、昨日今日で各区画の見回りが終わったぞい。よかったら第8区画も手伝おう」


 ベンさんがにこにこ笑っていた。


 ベンさんからのせっかくの提案を無下にすることはできない。

それに、二人でやれば早く終わること間違いなしである。


「いいのか?じゃぁ、お言葉に甘えてお願いする」


 ベンさんと二人で清掃を再開した。

二人で藻やゴミを手押し車に乗せていくと、すぐにいっぱいになる。

これなら、一人が手押し車にゴミを乗せて、もう一人がゴミを捨てる。

手押し車が2台あるから、ゴミを捨てている間にもう片方の手押し車へゴミを乗せるようにすれば効率的だ。


「ベンさん、こっちの手押し車はもういっぱいだから、俺が戻るまでもう片方のに乗せといてくれ」


 ベンさんは笑顔を絶やすことなく頷いた。


 俺は手押し車を押して、ゴミ捨て場へ向かう。

そういえばさっきの火柱だが、人々が騒ぎ立てる様子は無い。

問題なかったのだろうと思いながら、門を通過しようとした。


「あ!おい、お前」


 さっきの衛兵に呼び止められた。


「え?俺?」


「え?じゃねぇよ。ちょっとこっちへ来い」


 衛兵は俺の腕をつかむと、門の(へり)にある詰所へと連れて行こうとする。


 振り払おうとするが、この体の腕力では衛兵に勝てそうにない。

諦めて、詰所へ連行された。


 詰所へ入ると、椅子に座るよう促される。

黙って椅子に座ると、テーブルを挟んで反対側に衛兵が座った。


 テーブルの上には、こんがり焼き上がったおいしそうな鳥の丸焼きが1羽置いてある。

衛兵の昼御飯だろうか?なかなかワイルドだな。


「お前さぁ、素人が魔方陣なんていじるなよ。今回はけが人も無かったが、魔方陣を発動した魔術師さんがびっくりして腰を抜かしてたじゃねぇか」


 衛兵の言い分に、「素人じゃない」と反論するか迷った。

しかし、それよりも驚いたことがあり、衛兵の言葉がほとんど頭に入っていなかった。


 なぜなら、この衛兵は俺に説教しながら鳥の丸焼きをちぎっては食べ、ちぎっては食べを繰り返している。

突然鳥を食べ始めた衛兵は、まったくもって意味不明である。

食うか、しゃべるかどっちかにしろよ。


「幸い、通りがかった女の子の魔術師が魔方陣を直してくれたからよかったものの、あのまま事故でもあったらどうするつもりだ?」


「申し訳ない」


 いや、あんたは人に物を言いながら鳥を食うなよ。


「だいたいだな――――」


 最初のほうは説教じみていたが途中から、給料が少ないだの、もらった給料はおいしいものを食べるくらいしか使い道が無いだの、どこそこの店の料理は絶品だのと、愚痴から始まり世間話へ至っている。


 おいしい店の話以外は全て聞き流した。

おいしい店の情報だけは、ありがたく脳に記憶した。


 衛兵はしゃべりながらも鳥を食べる手を止めない。

つか、そんなにあるんだから少しくらい分けてくれよ。


 衛兵が最後の肉を頬張ったので、どうやらこの無駄な話は終わりのようだ。

そろそろ戻りたいと思い席を立とうとしたとき、衛兵がにやにやしながら言った。


「お前さぁ、ホロロロ鳥って知ってるか?」


 は?急に何言ってんだよこいつ。


「お!その顔は知らないんだな。いいか、ホロロロ鳥っていうのはこの辺りで取れる、それはもうおいしすぎる鳥なんだよ。昼間は天高くを飛んでいるんだけど、夜は樹に泊まるから、狩人は夜目の利く熟練した人しか取れないんだよ。だから、めったに食べられないんだけど。なんと、なんとだぞ。今日2羽、丸焼きが落ちてきたんだ」


 だからなんの話をして――――え?


 もしかして、さっきの火柱がたまたまそのなんとか鳥に命中したってことか?

だったら、俺のおかげだ。

礼こそすれ、説教とかするなよ。

しかも取れた鳥を食べながら。

つか、2羽って言ったよな。

さっきこの衛兵が食べたのが1羽だとすれば、もう1羽いるはずだ。

その所有権を、俺が主張してもいいのではないか。


「そのホロロロ鳥だけど、1羽は俺が今食べて、もう1羽は同僚達で分けることになったんだ。いやぁ、お前には感謝してるよ」


 こいつ、自慢したかっただけじゃねぇか。

俺の目の前で食べたのも、そういう意図があったのだろう。

だんだん腹が立ってきた。


「その鳥を俺にも分け―――」


「ところで、魔方陣を勝手にいじって、火柱を上げたって冒険者ギルドに報告しようと思うが、どう思う?」


 俺の言葉を遮って、衛兵が言った。


 もうあれだ、衛兵には俺がどういう反応をするのかわかっていたのだろう。

冒険者ギルドに伝えることをちらつかせれば、俺が黙るとわかっているのだ。

ホロロロ鳥をくれるつもりも無さそうで、なんという性格の悪いやつだ。

ユルシガタシ。


 とはいえ、冒険者ギルドに報告されるのはやっぱりまずい。

何がまずいって、あのレーアに知られたらまた殴られそうな気がする。

正直に言って、レーアのことがちょっと怖い。


「ぼ、冒険者ギルドに報告するのだけは勘弁してくれ」


 俺の懇願を聞いた衛兵は、満足そうに笑うと手を「パン」と叩いた。


「じゃぁ、この件は終わりだ。ごちそうさま。マジでうまかったわ」


 俺はこの煮えくり返るような怒りを抱えたまま、詰所を後にした。

そこで気がつく。

やべ、ベンさん待たせてたわ。


 




 結局、第8区画下水道の清掃依頼が完了したのは4日目の午前中であった。

ベンさんに確認してもらい合格をもらった。


「ありがとうのぉ、お前さんが来てくれなければ第8区画の清掃なんてできやしなかった。本当にありがとう」

 

 ベンさんはお礼を言いながら一枚の紙と銀貨30枚の入った袋を差し出した。

紙は依頼達成の完了届で、銀貨30枚は報酬である。


「こちらこそ、ご飯も寝るところも貸してくれたし、ポーションまでもらったんだ。感謝するのは俺のほうだ。ところで、ベンさんはこれからも下水道の清掃をするんだろ?他の区画はどうするんだ?」


「もちろん他の区画の清掃も冒険者ギルドへ依頼するつもりじゃ」


「そうか。それなら、俺がしてやろうか?」


 ベンさんへの感謝と、食事、宿の心配がないことを考慮すれば悪くない選択だろう。


「いいのかぇ?」


「もちろんだ。ベンさんには世話になったしな」


「それなら頼むとしよう。今からわしが冒険者ギルドへお前さんの名前で指名依頼をかけるから、街で買い物でもしてから冒険者ギルドへ行ってみてくれ」


「わかった」


 ベンさんと別れた後、街へ向かった。

この世界に来て初めてお金を手にている。

正直、店でうまそうなものを堪能したいところである。

しかし、まずは着替えを買わなければならない。

ベンさんが住んでいる建物の裏手に小さな井戸があり、そこで体を拭いたりはしたが、着ている物は

四日間同じものである。

さすがに下水のにおいと汗のにおいで不衛生であった。


 街で、古着や下着を購入すると銀貨は残り5枚と銅貨が12枚になった。

さすがに、残りの銀貨は冒険者ギルドへの返済に充てなければならないだろう。

今回はおいしい食べ物を買うのは諦めるのだった。


 ちなみに銀貨1枚と銅貨100枚が同じで、金貨1枚と銀貨100枚が同じ価値であると、このとき初めて知った。






 冒険者ギルドはいつもの喧騒の中にあった。

ちょうど午後から仕事をする冒険者が集まる時間帯である。


 レーアはその中を平穏な心で仕事をこなしていた。

数日前に現れた男が、あれからギルドへ来ることは無かった。

本当は男のことを忘れてしまいたかったが、今も使っている割れた鏡を見ると嫌でも思い出す。


 割れた鏡は、割られたその日に知り合いの雑貨店で、接着剤で補修してもらった。

新しいものを買ってもよかったが、お気に入りであったため未だに使い続けている。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?って、ベンさんじゃないですか」


 レーアの目の前には下水道の管理人であるベンさんがいた。


「これはこれは。レーアさんは今日も元気じゃのぉ」


「はい、おかげさまで。ところで、本日はどのようなご用件で?もしかして、依頼を受けたやつが何か

不手際でもしたのですか?」


 したのですか?とレーアは問うたが、心の中では不手際をしたに違いないと決め付けていた。

やっぱりという思いと、当然だという思いが同時に湧き上がる。


「いえいえ、非常に働き者で、良い方を紹介していただいたと、ギルドには本当に感謝しておるよ。

そこで彼に、下水道の清掃を指名で依頼しようと思ってな」


「指名ですか・・・。あのク・・・じゃなくて彼をですか?」


 指名依頼とは、冒険者の名前もしくはパーティーの名前を指定して依頼を出す方式である。

これは通常の依頼より幾分か費用が高くなる傾向にある。


「そうじゃとも。彼、セリア・レオドールを指名したい。彼には了承を得ているから、後でここへ来るだろうて」


「まだ冒険者になって4日しかたってないのに、もう指名依頼を受けるって・・・・つか、ここへ来る!!」


 レーアは普段より声高に叫んでいた。

そのことに、ベンさんをはじめ、周りにいた冒険者、ギルド職員は驚いていたが、当のレーアは気づいていなかった。


 それからしばらくして、セリアが街での買い物を追えて冒険者ギルドへ行ったとき、レーアはいなかった。

 

 セリアの姿を確認した瞬間、レーアが隠れたことをセリアは知らない。


 セリアにしても、レーアがいなかったことにホッとしながら指名依頼を受注した。 


 そして、その日から約2ヶ月の間、セリアは下水道の清掃に従事し、再発した腰痛と戦うのであった。



まだまだ下水道の清掃依頼は終わっていませんが、記載はここまでです。たぶん。


次回はみなさんお待ちかね、あの美人受付嬢とおっさんが・・・・。

というわけで次回をお楽しみください。


美人の受付嬢へのファンレター、おっさんへの応援メッセージを募集しております。

また、感想もよければお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ