ティファニア編:魔法移動車2
四条の地下にある駅に着くと、シズハは一番に外へと降り立ち大きく伸びをした。
魔力を込めた球体の魔法具に問題がないか、魔法移動車が動いている間は監視する必要がある。
もし不具合が発生した場合、対処を誤れば全員お陀仏である。
もちろん、そんなことを乗客には伝えていない。
あくまでも乗客第一がシズハのモットーである。
シズハは伸びが終わると後ろを振り返り、鉄の箱の中を覗き額に手を当てた。
「あちゃー・・・・」
中には地獄絵図が広がっていた。
魔法移動車が動き始めてすぐに、ソウエンは部下たちへ「醜態を晒した者は腹を切れ」と通達した。
これにより、ソウエンの部下たちは約半日もの間、酔いと戦い失神していた。
ソウエンもまた、意識はあるが顔が青白く生気がない。
今にも魂が口からこぼれ出そうである。
ティファニア、サヤ、カラの女性陣も状況は似たようなものであった。
サヤは早々に、ティファニアへしがみ付き魔法による酔い醒ましを所望した。
「申し訳ありません。魔法とは元来体外を修復することはできますが、病などには効果がありません。ですので、私にはサヤの苦しみを取り除くことはできません・・・・」
サヤの狙いはあっけなく崩れ去り、ひたすら酔いに耐えるしかなかった。
「着きましたよー」
シズハは恐る恐る皆へ声をかける。
女性陣は皆どうにか意識があるようだが、男性陣はダメのようだ。
シズハの言葉を聞き、ティファニアとカラが座席から立ち上がった。
カラは座席でうなだれているサヤを抱きかかえ、鉄の箱から外へ出た。
「何だか、まだ揺れているようですね」
ティファニアの感想に、カラが頷く。
「わらわは、どうにか耐え切ったようじゃ。もう、限界じゃ・・・・オロオロオロ~」
サヤは既に限界を通り越していたようだ。
青ざめた顔で、口から吐しゃ物をだした。
ティファニアはそれを清掃魔法で消し去る。
「すまぬ、助かった。わらわは雇用主であるから、あやつらに不甲斐ない姿は見せられないのじゃよ」
サヤの視線の先には、這うようにして入り口まで到達したソウエンがいた。
彼らの部下も目が覚めた者から順に這って外へ出る。
その光景はまるでアンデッドの行進のようであった。
「では皆さん、明日は朝に出発して、夕方ごろに八雲へ到着予定です。今日はゆっくり休んで、また明日がんばりましょう! それでは解散」
シズハはそう言うと、地下から地上へ上がるための階段へ向かった。
彼女と入れ替わりに、八雲の兵士がサヤのほうへ歩いてきた。
「サヤ様お疲れ様です。本日のところは宿をご用意しております。地上の街の宿と、あちらの地下にも休む場所がありますが、いかが致しましょうか?」
「どうする?」
サヤが辛そうな表情でティファニアへ尋ねた。
ティファニアは地下にある宿を一瞥すると、サヤへ答えた。
「私が手をお貸ししますので地上に上がりましょう」
「そうするか。それで、ソウエン達はどうする?」
顔が真っ青なソウエンへ尋ねた。
ソウエンは部下達を見る。
「サヤ様、我々はあそこに泊まらせていただきます。ご同行できず、申し訳ありません」
ソウエンにとっては苦渋の決断だったのだろう。
不甲斐なさと悔しさが入り混じったような顔で頭を下げた。
ティファニアとカラは疲労困憊のサヤを抱え、どうにか地上までの階段を登りきった。
街は既に夕暮れ時で、最も活気付く時でもある。
そんな中、兵士に連れられた奇妙な一行が通過した。
後に、街中で噂話として語られた。
曰く、全員が女性で、且つ目を惹くほどの美人であったが、顔は青白く、あれはきっと幻か幽霊だったに違いない。
曰く、一人の女性は皇帝の一人娘である『窓際の美姫』のようにも見えたが、いつもの凛とした姿ではないからきっと見間違えだろう。
この噂話は七十五日経っても消えることがなかった。
翌朝、サヤは呻くように目が覚めた。
魔法移動車を降りた後の記憶は曖昧で、どうやってこの旅館まだたどり着いたのか覚えていない。
部屋を見渡すと、既にティファニアとカラは起きて身支度を整えていた。
「おはようございます。体調の方はいかがですか?」
サヤが起きたことに気づき、カラが話しかけた。
「これを見てわからんのか? 最悪じゃよ」
サヤの顔色は昨夜よりは大分マシであるが、未だ青白い。
「ティファニア殿とも話をしていたのですが、この旅館には温泉があります。朝から行って見られませんか? 効能は疲労回復ということですので、少しは良くなるかもしれません」
「そうじゃな、行ってみるか」
カラの提案により、三人は温泉へ向かった。
まだ早朝であるから温泉には誰もいない。
さっそく三人は服を脱ぐと、温泉に浸かった。
「ふ~、良い湯じゃの~」
「本当に気持ちがいいですね」
「来て良かったです」
しばらく浸かっていると、本当に疲労回復の効果があるような気がした。
さっぱりして眠気も吹き飛び、昨夜よりも、今朝よりも、間違いなく体調が良くなっている。
「ところでじゃな、そのカラのたわわに実のったモノはどうやってそこまで育てたのじゃ?」
サヤがカラの胸を凝視して質問した。
カラはサヤの視線から逃れるように、両腕で胸を隠す。
「サヤ様はこれからですから、今はお気になさらず」
「私は?」
「ティファニア殿は・・・・、身長がスラリとしていますし、和服が良く似合いますから大丈夫です」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、ティファニアの歳で劇的な変化はもう望めないだろう。
カラの微妙な言い回しに、ティファニアはがっくりうなだれた。
「ティファニア、案ずることはない。この国にはとある言い伝えがあってじゃな、『お胸様は揉まれれば揉まれるほど大きくなる』とな。今思えばわらわは幼き頃よりカラのを揉んでおった。それで大きくなったのかもしれぬ。わらわのこの神の御手に全てを委ねてみないか?」
「い、いえ、結構です」
「そう言わずに」
ニヤニヤしながらサヤがティファニアを追いかけた。
ティファニアも温泉の中から出ることなくサヤをかわす。
そんな様子を見ていたカラは、サヤがティファニアを追い掛け回すぐらい元気になったことに安堵した。
これならどうにか今日一日は耐え切ることができるだろう。
三人は温泉から上がると、少し朝食を食べた。
昨夜は何も食べられなかったので腹が減ったが、 今日のことを考え控えめにしたのだ。
朝食を食べ終わると、昨夜案内してくれた兵士が迎えにきていた。
三人は兵士と共に地下への階段を降り、魔法移動車まで歩いた。
魔法移動車の前には既に、ソウエンと彼の部下達が整列して待っていた。
彼らは皆、目の下にはクマがあり、顔は青白い。
どうやら昨夜だけでは疲労回復することはできなかったようだ。
「お前達、大丈夫か?」
心配そうにサヤが尋ねた。
「大丈夫です。そうだろ?」
「もちろん大丈夫です」
ソウエンが彼の後ろに並ぶ部下へ尋ねると、部下たちが声を揃えて返事をした。
ソウエンはそれを聞き、満足そうに頷いた。
どう考えてもやせ我慢であると彼ら以外は気づいていた。
「やあやあ、皆さんお揃いで。さっそく出発しよう! 今日は昨日より少しだけ長いからね」
最後に現われたシズハが元気良く手を振り、魔法移動車への搭乗を促した。
ティファニア、サヤ、カラは覚悟を決めて乗り込んだ。
ソウエン達も彼女達に続いて乗り込もうとした。
彼らは皆、足が震え、冷や汗をかき、猫背で列を成している。
魔法移動車までの僅かな距離を、一歩一歩かみ締めるようにゆっくり歩いていた。
その姿はまるで、これから処刑台へ上がる囚人のようである。
「皆準備ができたようだね。ではでは、昨日と同じように歯を食いしばってね。それではー、レッツゴー!!」
シズハの声は悪魔のささやきのようであった。
彼女がしゃべっている間、ソウエンの部下たちは体を震わせ、歯がガチガチ音を鳴らせていた。
そしていざ出発すると、悲鳴を上げる者、涙を流す者が現れ始めた。
通常であればソウエンが粛清するのだが、当のソウエンさえも目を瞑り、武人の心得を何度も復唱していた。
ティファニア、サヤ、カラの三人もまた眉を潜めて急激な揺れに耐えた。
こうして、魔法移動車での移動二日目が始まったのであった。
八雲に着いたのは夕方であった。
ティファニアとカラはどうにか動くだけの気力があったが、サヤは魂をどこかへ置き忘れたように脱力していた。
カラはサヤを背負い、魔法移動車から出たが、さすがにそのまま地上への階段を上がることはできなかった。
仕方なく、縁で少し休むことにした。
ティファニアは地上への階段に腰掛、魔法移動車を見ていた。
しかし、ソウエン達が一行に出てこない。
それもそのはずで、ソウエン達は全員失神していたからだ。
「いやいや、さすがに疲れたよ。私は先に休ませてもらうね」
いつも元気なシズハですら疲労困憊のようで、とぼとぼと地上への階段を登っていった。
「すまぬ、少し眠っていたようじゃな」
「気がつかれましたか」
カラが安心したようにサヤへ声をかけた。
「ソウエン達はどうした?」
ティファニアとカラは顔を見合わせた。
「あそこから出て来ません」
「そうか・・・・、あやつらには酷だったようじゃな」
そういうサヤにも酷だったようだ。
昨夜以上に顔色が悪い。
まだ夕暮れまで少し時間があるが、もう休ませたほうがいいだろう。
ティファニアはそう判断し、待機していた兵士に旅館への道案内を頼んだ。
サヤを抱え、階段をどうにか登りきると、幸いなことに目の前が旅館であった。
部屋へ入ると、すぐに横になった。
「ティファニア、明日にはリーフの森へ行くのじゃろ?」
「はい」
「そうか、それじゃあ、明日でしばしの別れか」
「そうですね」
「また、会えるか?」
「もちろんです」
サヤにそう答えたティファニアであったが、正直なところではまた会えるとは思えなかった。
それでも、ティファニアの言葉に安心し眠りについたサヤを見ていると、そう答えたのが間違いではなかったと思えた。
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