ティファニア編:邂逅
数話ティファニア編をお送りします。
『ライ皇国』、そこは大陸の南東に位置している巨大な国土を誇る国である。
北と西の国境には巨大な山脈が連なり、南の隣国であるバンドーンとの境には大運河が存在する。
東は海に面しているため、陸の孤島とも、自然の防壁を持つ強国とも言われている。
ライ皇国は海上貿易によってのみ他国と交流がある。
北と西にある山脈は険しく、交易路を築くことはできなかった。
バンドーンとはかつて、大運河での争いが幾度もあった。
ゆえに、他国との貿易は海上貿易に依存していたのだ。
その一番の取引相手がメデゥカディア島である。
メデゥカディア島とバンドーンの対立が顕著化された時、ライ皇国はメデゥカディア島と同盟を結んだ。
そのおかげで、メデゥカディア島が孤立する心配がなくなった。
ただ、実際の戦争においてはライ皇国は積極的ではない。
物資の補給は頼れるが、兵を派遣してくれるわけではない。
それはライ皇国の特性ゆえである。
ライ皇国はメデゥカディア島やバンドーンとは明らかに違う点がいくつかある。
まず、他国との接点が少ないがために、独自の文化が発達したことだ。
服装は着物と呼ばれるものを着用し、食事には箸というものを使う。
また、自国内に魔物の生息地が存在するため、冒険者ギルドも存在する。
広大な土地を有するため農業も盛んであることから、自国で全てが完結する。
交易をしているのは他国の情報が欲しいからであり、それゆえにシュタットフェルト魔法学院があるメデゥカディア島はうってつけであった。
これらの特性により、ライ皇国から見ればメデゥカディア島とバンドーンとの戦争は、どこまでいっても他国の争いでしかないのだ。
そんな国に、ティファニアは降り立った。
船旅は長いようで短かったが、バンドーンの襲撃を退けて以降は快適な船旅であった。
船長も船員も、ティファニアのことを詮索することはなく、むしろ崇拝するかのような態度で接した。
もともと人付き合いも得意なほうではないため、ティファニアとしても願ったり叶ったりである。
「特使殿、このご恩は一生忘れません」
別れ際、船長が深々と頭を下げながらそう言った。
船員達も彼に続いて頭を下げる。
「いえ、私は大したことは何も・・・・」
それを謙遜と受け取ったのだろう。
彼らは何度も頭を下げる。
ティファニアの言葉は、彼女の本心である。
実際、ティファニアにとっては大したことではなかった。
「特使殿の任務が円滑に済むことを祈っております」
ティファニアは頷くと、彼らに手を振り別れを告げた。
ここからは一人である。
目的は西の森へ行き、エルフ族に会わなければならい。
ことによっては、エルフ族の掟を破っている可能性もある。
その時は・・・・。
ティファニアは目的を再確認すると、情報収集を開始した。
街中を歩きつつ、『千里眼』を使い辺りの様子を確認する。
人々の様子、周辺の地形など、できる限りの情報を収集する。
その結果、ティファニアはライ皇国について一つの感想を抱いた。
ライ皇国とは不思議な国である。
リェーヌやエルアルドとも、メデゥカディア島や、先日交戦したバンドーンとも、もちろんエルフの国とも全く違う。
着ている服もそうであるが、決定的に違うのは彼らの表情である。
皆、穏やかそうな表情を浮かべている。
ティファニアはその理由を知るために、歩きながら観察し続けた。
そしてわかった。
彼らの性格は大らかで真面目、そして他者を気遣う心を持っている。
ただし、自国民に対してのみである。
ティファニアは自分が見られていると感じていた。
それも、一人や二人ではない。
皆が自分を監視している。
穏やかに笑っているが、視線の隅でティファニアを捉えている。
「本当に、人族というのは不快にさせるのが得意ですね」
心の中で呟く。
見ていない様を呈しながら見られるより、あからさまに見られたほうが随分楽である。
ティファニアは人通りが少ない、裏路地を歩くことにした。
あまりにも視線が不快であったからだ。
裏路地へ入っても、この国のお国柄なのか汚いという印象をいだかなかった。
通常、この規模の街であれば路地裏は孤児のたまり場であったり、ゴミが乱雑している。
そのような様子がないこの国は、やはり世間から見れば良い国なのだろう。
さて、この国の情報収集はここまでだ。
これより先は、いかにして西の森へ行くかである。
『千里眼』を使っても、ライ皇国の西の端を見ることができない。
つまり、それだけ広大な国ということだ。
時間は有限であり、急がなければならない。
そんなことを考えていると、裏路地の物陰に誰かがいるのを見つけた。
通り過ぎようとしたが、その人物があまりにも必死に隠れようとしていることに少しだけ興味を抱いた。
「あなたは、こんなところで何をしているのですか?」
声をかけたのは単なる気まぐれである。
しかし、これがティファニアの運命を大きく変える出会いになるとは、彼女自身には知る由もなかった。
「な、何じゃ? 用がないならさっさと行け。あいつらに見つかっちゃうじゃろ」
ティファニアは返事をした人物を改めて観察する。
年の頃は13、4歳といったところだろう。
薄桃色の和服を身につけ、髪はきれいに結ってある。
それだけならば特に驚きはしない。
しかし、彼女が他と全く異なっているのは、その容姿にあった。
一言でいうなれば、非常に愛らしい。
レーアのような万人受けする容姿でもなく、リンカのような保護欲を抱かせるような容姿でもない。
言うなれば、まるで人形や絵画のような、理想的な容姿である。
「おい、いたか?」
「いえ、こちらにはいません」
「くそ、どこにいったんだ」
声が聞こえ前方を見ると、こちらに向かって男達が歩いてくるのが見えた。
そしてその声がした瞬間、目の前の少女が身を竦めた。
どうやら、男達が捜しているのはこの少女だろう。
ティファニアはこの場に留まるか、逃げるかを逡巡している少女へ再度話しかけた。
「見つかりたくないですか?」
ティファニアの問いかけに、少女は目を丸くし、小さく頷いた。
「わかりました。――――風よ、纏え」
ティファニアは人差し指をサッと虚空で払うと、魔法を発動させた。
「いいですか? これは視界を妨げる魔法です。ですので、息遣い、体温などは隠せません。相手が強者であれば見つかるかもしれませんので、できる限り気配を殺すよう務めてください」
少女が再度頷くのを確認した。
聡い子のようだ。
これなら問題ない。
ティファニアは少女を裏路地の壁に押し付けるように覆った。
ほどなくして男達はティファニアと少女に気付くことなく、すぐ側を通り過ぎた。
男達が去った後、少女が安心したように大きく息を吐き出した。
「た、助かった」
「いえ、私はこれで」
用は済んだと、ティファニアは少女から離れ歩き始める。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと待つのじゃ」
少女が慌ててティファニアの行く手を阻んだ。
「はい? まだ何か用ですか?」
「こんないたいけな少女を、こんなところに置き去りにするのは酷くないか? さっきみたいな男達に襲われたらどうするつもりじゃ?」
やれやれ、面倒な者を助けてしまったとティファニアは後悔した。
「この国は随分と物騒なようですね」
皮肉を口にする。
この街の様子から、不埒な輩がほとんどいないことは把握している。
「そんな訳ない! あ、ないと思う」
慌てて言い直す少女に少し違和感を覚えながらも、それなら大丈夫だろうと思い踵を返す。
「ちょっと、待て、待つのじゃ。そなた、そんな格好だとこの国ではどこにもいけないぞ?」
そう言われ、ティファニアは自分の服装を見る。
皆が和服であるのに対し、ローブを被っているのでは確かに目立つ。
そんなティファニアの様子を見て、少女は勝ち誇ったように続ける。
「わらわが、このサヤ・ライハが服を見繕ってあげようぞ」
サヤ・ライハ、どうやら少女の名前はそういうらしい。
「私はティファニア・ルーンア。では、お願いいたします」
ティファニアの返事に、サヤが首を傾げる。
「外国の人はわらわのこと知らないのか・・・・」
サヤは少し残念そうに小さく呟くと、ティファニアと連れ立って歩き始めた。
できる限り裏路地を使い、たどり着いたのは一軒の服屋であった。
「いらっしゃいませ、これはこれはサヤ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
店員が礼儀正しく迎え入れた。
どうやら、サヤとこの店員は顔馴染みのようだ。
「今日は、このティファニアに合う服をいただきたい」
サヤの口調は相変わらず偉そうである。
黙っていれば大人しそうな容姿をしているのだが・・・・。
「わかりました。どうぞこちらへ」
サヤに続いて、ティファニアは靴を脱いで店の中へ入った。
中には色取り取りの布が並べられていた。
「少しお待ちください。何着か持ってまいります」
通された部屋にサヤとティファニアだけが残された。
「さて、いつまでその暑苦しいローブを着ておるのじゃ?」
その問いに、ティファニアは答えることができない。
そもそも服を買うだけなのだから、店頭で選び購入するだけだと思っていた。
しかし、部屋の中へ通され、試着して選ぶなど想定外のことである。
「なんだ? 実は醜女だったりしたか? わらわはまったく気にしないからローブを取るがよい」
サヤは笑いながらティファニアに近づき、手を伸ばしてローブを捲ろうとした。
その動きを見切り、ティファニアが躱す。
「くっ、逃がさんぞ」
サヤはしつこくティファニアを追いかけるが、ティファニアはひらひらと逃げ続ける。
サヤが何度追いかけても、ティファニアを捕まえることができない。
「はぁはぁはぁ、そなたは頑なだな。仕方がない、奥の手を使うか」
サヤはそう言ってニヤリと笑う。
バチバチっと何かが弾けるような閃光がティファニアの視界の端に映った瞬間、目の前にサヤが瞬間移動していた。
もしこれが戦闘中であれば反応できただろう。
また、相手の技量を想定できていれば見切ることもできた。
しかし、これまでのサヤが一般的な少女の動きであったことから完全に油断していた。
サヤがローブをはがすと、ティファニアの顔が露になる。
「なんだ、綺麗な顔をして・・・・・なるほど、エルフ族か」
サヤの表情が一瞬曇るのをティファニアは見逃さなかった。
「すまぬ。嫌がっておるのに、面白がってローブをはがしてしまった」
後悔するようにサヤがうなだれた。
それを見て、ティファニアは悲し気な笑いを浮かべながらローブを被り直し部屋から出て行こうとした。
「待ってくれ。確かに驚きはしたが、それだけじゃ」
サヤがティファニアの手を掴む。
「サヤ様、いくつか選んでまいりました」
その時、部屋の入り口に店員が現われた。
「こちらから呼ぶゆえ、少し外で待っておれ!」
サヤの強い言い方に驚き、店員は慌てて部屋から出て行った。
サヤはそれを見届けると、自分の髪飾りをスッとはずした。
サヤの長い髪が一瞬だけ虚空に漂う。
「ティファニア。確かに今、この国ではエルフ族を敵対視しておる。じゃが、わらわはそなたがエルフ族である前に、恩人であると思うておる。どうか、わらわのことを信じてもらえないじゃろうか?」
懇願するように見つめる少女に対し、ティファニアは大きく息を吐き出した。
この少女に悪意があったとしても、自分には乗り切れるだけの自信がある。
だからこそ一度だけ信じてみようと思った。
「わかりました」
ティファニアの短い返事にサヤは満足そうに頷いた。
「よし、そうと決まれば、ここに座るが良い。エルフ族は耳が特徴的じゃから、今流行の耳隠しという髪型にすればエルフ族だってばれないじゃろう」
ティファニアは言われた通り、サヤが指し示す椅子に座った。
サヤが再度ローブをはがすのを、今度は黙って受け入れる。
サヤはティファニアの髪を何度か撫でた後、先ほどはずした髪飾りを使ってティファニアの髪を結い始めた。
しばらくして、完成した姿を鏡で見たティファニアは驚いた。
意外なほどにその髪型は似合っている。
サヤもティファニアの美しさに見惚れていた。
「エルフ族の噂は本当じゃったのか・・・・」
「え?」
「い、いや、こちらの話じゃ、こちらの話。もう入って来ても大丈夫じゃぞ」
サヤが部屋の外へ声をかけると、すぐに先ほどの店員が部屋へ入ってきた。
そして、ティファニアの姿を見て絶句した。
「固まるでないわい。ここからが、お楽しみの時間じゃぞ?」
サヤが笑顔で店員へ話しかけると、先ほどまで目を見開いていた店員の表情が和らぎ、すぐに笑顔になった。
それはもういい笑顔で、サヤと顔を見合わせては頷いていた。
それを見ていたティファニアは嫌な予感がした。
それは的中し、ここから数時間、ティファニアは着せ替え人形のように、ありとあらゆる着物を試着するはめになるのであった。
いつもご愛読ありがとうございます。
ここから数話ティファニア編をお送りいたします。
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