第75話:上級生より弱ぇー・・・
次回の更新は少し間が空きます。
大変申し訳ない。
ただ、次回以降の数話は、番外、ティファニア編をお送りいたします。
楽しみにしてください。
「あんたも応用魔法を専攻したのかぃ?」
女帝ことドロシー・マーリンが言う。
彼女は何らかの秘薬の調合を行っている。
神経を使う作業なのだろう。
俺に語りかけながらも、一切振り返ろうとしない。
「そうだ。まぁ、自分で選んだと言うよりは選ばされたほうだけどな」
適当な椅子に腰掛ける。
ラボトリー内を見渡すと、皆思い思いのことをしている。
『鉄火面』は『ござる』の頭に秘薬を振りかけ、その経過を観察している。
『ござる』はその成果がでるよう文字通り祈っている。
「ということは、明日からの応用魔法の授業は大変になるねぇ・・・・おっと」
女帝が行っている秘薬同士を掛け合わせたことにより、試験管から僅かに煙が上がる。
煙の色が緑色だが、これは大丈夫なやつか?
「大変ってどういうことだ?」
「あっ、ちょっ・・・・、今はそれどころじゃないんだ。おい、そんな意味のないことしてないで、あんたが変わりに説明しな」
女帝が『ござる』へ声をかける。
「なっ! 意味ないとは酷いでござる。女帝も少しは、我が願望を叶える手伝いを・・・・」
「あー! うるっせーよ。気が散るわ! いいから黙ってしろ!」
「わ、わかったでござる」
女帝に怒鳴られた『ござる』が従順に頷く。
まだこのラボトリーへ来て2日目だが、大体の力関係は見えてきた。
それでいうと、頂点はやはり女帝ドロシーである。
で、『ござる』は・・・・、底辺かもしれない。
「それでは女帝に代わり、拙者が授業の説明をするでござる。何を隠そう、拙者が専攻しているのも応用魔法でござる」
自慢そうにそう言うが、『ござる』は応用魔法を選んだ側なのか、選ばされた側なのか、どちらだろうか?
「セリア殿が言われていた上級生との合同授業であるが、拙者も経験済みでござる。あれはつまり、上級生と下級生の実力差をわからせるために行うもので、拙者も酷い目にあったでござるよ」
マジかよ・・・・。
合同授業ってそんな目的でするのか。
ただでさえ、強制的に応用魔法の授業を専攻させられてやる気がでないのに、『ござる』の話を聞いて更にテンションが下がる。
正直に言うと、授業に出たくない。
「つか、それに何の意味があるんだ?」
彼らに言っても意味はないのだろうが、尋ねずにはいられない。
「魔法使いってのはそんなもんさね。ほら、魔道教典にも実力上位者へ敬服しなさいってあっただろ?」
そうなのか?
今日の授業でさえ寝ていた俺は、まったく知らないのだが。
「優劣をつけたがるってことか?」
「そういうこと。あんたはまだ新入生だからいいが、5年生以上になると、実力でクラスを決められんだよ。本当に、魔法使いの上下関係なんてめんどくせーよなぁ」
女帝が腕を組みながら言う。
「女帝、魔道教批判」
『鉄火面』がぼそっと呟く。
「私には関係ないね。だって、任意授業出てないし」
「そうでござったか! まさか、任意授業を受けない猛者がこんな近くにいようとは・・・・」
猛者なのか?
いや、皆受けると聞いていたから俺も受けたのだが、受けないという選択をすることで自分を強く持つということは猛者なのかもしれない。
「私には若返りの秘薬が最優先事項だからな」
女帝はそう言うと秘薬の調合へと戻る。
俺は彼女の後姿を見ながら、俺も任意授業を受けるのやめようかなぁと、考えるのであった。
その翌日からの一週間は、俺にとってまさに地獄であった。
専攻授業において、上級生との合同授業がどういうものか事前に聞いてはいた。
だが、まさか上級生があれほどまで苛烈に魔法を行使してくるとは誰が思うだろうか?
圧倒的な魔力で新入生達を蹂躙しにかかる上級生は恐ろしい。
手加減など一切無しで、倒しに来る。
初日は2年生、次の日は3年生といった具合に、日に日に強くなってくる相手に対し、俺は成す統べなくやられるがままである。
いわゆるサンドバッグ状態である。
新入生で唯一対抗できたのはコンラート少年だけである。
コウも3年生まではどうにか頑張ったが、4年生以降はお手上げ状態である。
他の生徒も同様に蹂躙され、自信を砕かれるのであった。
専攻授業が終わり任意授業を経た俺は、ラボトリーへ行くと放心状態である。
それを『ござる』や『鉄火面』が慰めてくれる。
だが、そもそもこいつらのせいでもある。
『ござる』も『鉄火面』も3年生で、俺達を蹂躙したメンバーの一人である。
しかも、『ござる』に至っては、率先して俺の相手を務めるよう仕向けてきた。
どうやら、ラボトリーでの地位が底辺であるため、俺をその下に着けようとしているようだ。
『ござる』の魔法はお世辞にも強力だとは言い難い。
今の俺でも結界魔法で防ぐことは可能だ。
ただし、それも3度までである。
それ以上は魔力が足りない。
それがわかっているのか、大人気なく『ござる』は魔法を乱発してくる。
次に気がついた時は、医務室であった。
『ござる』は笑いながら謝ってくるが、悪いとは絶対に思っていないに違いない。
いつか仕返ししてやると固く誓った。
そして7日目、今日が最後の合同授業である。
ちなみに、5年生以上になると何年生という枠組みが無くなる。
純粋な魔法使いとしての力量でクラスが決められるようになるのだ。
それを知っていたから、この最後の日に誰が出て来るのか予想はできていた。
「今日の相手は私が致します。皆さん、気合を入れていただかなければ、無事では済みませんよ?」
専攻授業は、このユイの物騒な宣言と共に始まった。
「ユイ・リーベルハイトさんに相手をしていただけるとは光栄です」
「あなたは確か、コンラート・ハーチェスですね? リンカ様の再来と言われ、上級生達と互角以上に渡り合っているとか」
ユイの言葉に、コンラート少年は笑顔を浮かべている。
だが、俺にはその笑顔がどこかいつもの少年の笑顔とは違うように感じられた。
言葉にするのは難しいが、やっと自分の力を試せる喜び? のような笑みである。
「そう評価していただいているとは嬉しいです。それでは、行きます!」
コンラート少年は杖を取り出し、魔力を込める。
「我が魔力を糧とし、大地を覆え。漆黒の闇よ!」
コンラート少年はいつも太陽のように明るい笑顔を見せているが、彼の得意な魔法はそれとは正反対の闇である。
闇属性は5つの基本属性とは違うため、扱いが難しいとされている。
だが、そういった常識を覆せるからこそ、天才が天才たる所以である。
「残念ですね。闇魔法は珍しいですが、相性が悪い。私は光魔法は使えませんが、得意魔法は火です。火よ、わが意に従い乱舞せよ」
ユイの前に炎の壁が出現し、コンラート少年の闇魔法を照らす。
それにより、地面に広がっていた闇魔法は勢いを失った。
「くっ、さすがですね」
コンラート少年が悔しそうに言葉を漏らす。
この時、他の新入生が一斉に動いた。
コンラート少年の魔法にユイが手一杯で、ここが好機と判断したのだろう。
魔法が一斉にユイに襲い掛かる。
「今年の新入生はいいですね。力量差を埋める手立てをしっかり考えて動けてます。さて、これは応用魔法の授業。本当の応用というものを見せてあげます」
ユイは不敵に笑うと、炎の壁へと送っていた魔力を遮断した。
それにより、炎の壁が消失する。
新入生たちの放った魔法は無防備のユイへと殺到した。
いくらユイでも、これだけの物量を受け止めきれないだろう。
俺だけが魔法を行使することなく、高みの見物と決め込んでいた。
いや、俺だけではなった。
隣にいるコウも様子を伺っている。
どういうつもりだ?
ユイに魔法が着弾した瞬間、彼女の姿が掻き消える。
これは、幻影魔法か?
俺は驚き、周囲を見渡す。
否、どうやら幻影魔法ではなく、熱によって蜃気楼と同じような現象を起こしたようだ。
それに気付いた者がどれだけいただろうか?
おそらく魔法を使うことなく凝視していた俺とコウくらいだろう。
ユイは魔法を全力で放った後の無防備な新入生へ杖を向ける。
「我が魔力を糧とし、我が想像を実現せよ。複合魔法、エクスプロージョン」
放たれた魔法はかなり力を抑えたものである。
それにも関わらず、新入生達は防御することもままならない。
ある者は保護結界に打ちつけられ、ある者は地面に叩きつけられる。
爆風が去った後、立っていたのは3人だけである。
俺、コウ、コンラート少年である。
俺とコウは、いち早く着弾地点より離脱した。
俺達は共に肉体強化の魔法を選択した。
駆けながら、お互いに顔を見合わせる。
高速で肉体強化の魔法を展開できたことにも驚いた。
そして何より、同じ魔法が最適解であると瞬時に判断したことにも驚いた。
これはどう考えても、冒険者として魔物と対峙してきた経験が生きている。
お互いにそう感じていた。
唯一人、コンラート少年は真っ向から結界魔法で防ぎきった。
しかし、かなりの強度が必要だったのだろう。
魔力を大幅に削られ、肩で息をしている。
他の生徒を待機していた教師達が介抱に向かい、運び出す。
その姿をユイは見届けると、杖を構える。
チラッと横目で俺達を見たが、杖の向けた先はコンラート少年の方である。
「さっきの魔法は力をセーブしたとはいえ、上級魔法の複合魔法です。それを耐え切るとは、さすがです」
さすがのユイでも上級魔法の連発は難しい。
だとするなら、今が本当の好機かもしれない。
俺は横目でコウの様子を確認する。
すると、お互いに目が合う。
なるほど、先に仕掛けるよりも後の方が更に有利になる。
コウはそう考えているようだ。
ならば、コンラート少年には悪いが俺から動くつもりはない。
「来ないのですか? なら私から行きます」
そう言ってユイが魔法を展開する。
それは高速で打ち出された火球である。
ただし、大きさが人の頭より大きい。
「容赦ないですね」
コンラート少年が結界魔法で受け止める。
それを見届けると、ユイは更に2発の火球を放った。
コンラート少年はそれさえも受け止めて見せたが、もう限界のようで両手を上に挙げる。
「参りました。僕はここまでです。おじさん、コウ、後は頼んだよ」
コンラート少年がニッコリとこちらを見て笑う。
どうやら、限界まで耐えることで少しでもユイの魔力を削ろうとしてくれたようだ。
「おい、どうする?」
「どうするって、やるしかないだろ」
コウの質問に、俺が答える。
「なら、同時だ。3つ数えるから、それを合図に行くぞ」
「わかった」
コウの提案に乗る。
この状況では、同時がもっとも可能性が高い作戦だ。
「1,2,3」
俺達は左右に分かれ、走り出した。
その速度は肉体強化魔法により、通常とは一線を画す。
ユイを俺とコウで挟むように移動し、魔法を発動する。
俺が選んだのは土魔法である。
地面の砂がドリルとなってユイへ向かう。
コウはいったいどんな魔法をしたのか?
そんなことを考えた瞬間、全身に衝撃が走り、俺は意識を手放した。
目が覚めたのは、いつもの医務室である。
ただいつもと違うのは、窓から差し込む光が黄金色に輝いていることだろう。
専攻授業は午前中に行われた。
だとすると、随分な時間気を失っていたことになる。
ユイめ、俺へは手加減しなかったんじゃないのか?
「おう、おっさんも起きたか」
横目で見ると、隣のベッドにコウが寝ている。
どうやらこいつも、意識を刈り取られたようだ。
お互い、様はないな。
「しかし、ありゃ化け物だな。凄腕の魔法使いって言われているやつとパーティーを組んだこともあるが、それより数段上だぜ、あのユイってやつは」
コウがそう、ユイを評する。
だが、俺にしてみればそれ以上の化け物を2人知っているからなんとも言えない。
「さて、もうラボトリーへ行く時間も過ぎてるし、俺は風呂にでもいくわ。おっさんはどうする?」
コウの言葉に、俺は自分の全身を見る。
ベッドには申し訳ないが、服は泥だらけ、体は汗だらけだ。
「俺も行こう」
俺とコウは連れ立って、寮に備え付けの浴場へ向かう。
道中、コウと他愛無い話で少し盛り上がった。
「だから、あいつらはそろぞれで付き合ってやがんだよ」
「あいつらって、お前の取り巻きの?」
「そうそう。ユーヤはサキと、イッキはシアと。俺一人彼女がいねぇーんだよ。不公平だろ?」
「いや、知らん。つか、お前の見た目で彼女なしとか、ざまぁとしか言えないな」
コウの見た目は悪くない。
むしろ、けっこうなイケメンの部類に入る。
「くそが。おっさんだって女っ気ねぇーじゃん?」
「そんなことはない。何を隠そう、こう見えても俺は女の子3人と同棲中だったんだぜ?」
「どうせ、年増のばあさんだろ?」
「そう思うだろ? だが、19歳、20歳、23歳だ」
「はんっ! 嘘も大概にしろよ」
「いや、嘘ならもっとマシな嘘をつくだろ」
「ありえねぇーから。お前みたいなおっさんには何の魅力もないから」
コウは全く信じていない。
まぁ、別にどうでもいいが。
そうこうしている内に、浴場に着いた。
俺達は手早く服を脱ぐ。
浴場には誰もいない。
俺達が一番風呂といったところか。
それもそうだろう。
考えてみると、まだ皆ラボトリーでそれぞれの研究をしている時間である。
「なぁ、おっさん。俺も雷帝の剣くらいの自信があったんだが、おっさんのはそれ以上だ。例えるなら・・・・、聖剣グランディアだな」
コウが俺のモノを見ながら、しみじみと言う。
俺は慌ててタオルで隠した。
「いや、それはやめてくれ」
「何言ってんだ。こんな立派な聖剣をもっていながら。今日から俺は、あんたのことを聖剣の担い手って呼ぶぜ」
「おい! マジでその呼び名は止めてくれ!!」
俺の叫び声などどこ吹く風で、コウはニヤニヤしながら『聖剣の担い手』と連呼する。
このままだと、この学院でもそんな呼び名にされてしまう。
それだけは勘弁して欲しい。
俺の憂いは現実のものとなり、以後、俺は一部の生徒達から『聖剣の担い手』と呼ばれるようになった。
それもこれも、言いふらしたコウのせいであり、それをわざわざ確認しにくる物好きな生徒達のせいである。
本当に、マジでコイツらふざけんなよ!
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