第73話:学院での年配者は弱ぇー・・・
どうしてこうなった・・・・。
俺は今、学院の地下にある魔法具の保管庫にいる。
まず、保管庫が地下にあることに驚いたが、そこにある魔法具の量にも驚かされる。
半ば、というか完全に引き摺られながら魔法具を見るが、見たこともない物が多数ある。
手に取り、調べてみたい。
しかし、二人の男は保管庫の中に入っても、一向に止まる気配がない。
こいつら本当にどこへ向かっているのだろうか?
やっと止まったのは、目の前に鋼板製の扉が現われた時だった。
俺をここまで引き摺ってきた男の一人が、その扉を三回ノックする。
「合言葉は?」
中からくぐもった男の声が聞こえる。
「亀の甲より年の功でござる」
ここまで俺を連れてきた男の一人が、扉に近づいてそう言う。
「我らの悲願は?」
「青春の獲得でござる」
「薄れゆく頭髪は?」
「知識と経験の証でござる」
「よし、入れ」
鋼板製の扉がゆっくり開かれると、俺はその中へと強制的に連れて行かれる。
先ほどの合言葉といい、嫌な予感しかしない。
中に入ると、倉庫の薄暗さとは違い、魔法具による照明で明るく照らされている。
そこには数名の生徒と思われる男女がいる。
彼らは皆、俺の方を見ている。
品定めをされているような感覚ではなく、何かを確認しているような感じだ。
何人かは頷きあったり、小声で話をしたりしている。
「ただいま戻ったでござる」
俺をここまで連れてきた男の片割れ、語尾が変なやつが言う。
以後、こいつのことは『ござる』と呼ぼう。
「任務完了。障害なし」
もう一人も皆に報告する。
こいつは・・・・、無表情で良く分からない。
以後、『鉄火面』と呼ぼう。
そんな失礼なことを考えつつ、彼らの言葉を聞く。
そうすると、なんとなくこいつらの任務が何なのか分かる。
おそらく、俺をここへ連れてくることだろう。
俺は再度部屋の中を確認する。
机の上にはガラスでできたフラスコや、加熱機、様々な薬草も置かれている。
他にも、良く分からない魔法具がいくつか置かれ、明らかに何かの研究をしていた形跡がある。
つまり、ここもラボトリーなのだろう。
どんな研究をしているのかは、皆目検討もつかないが。
コン、コン、コン。
後ろの扉を誰かが三回ノックする。
「合言葉を言うでござる」
「ハゲ」
「・・・・、我らの悲願は?」
「ハゲ」
「・・・・、・・・・、う、薄れゆく頭髪は?」
「ハゲだっつってんだろ!」
扉の向こうで怒気を含んだ女性の声が聞こえる。
「せっしゃは、まだハゲて無いでござる」
「いいから開けろ!」
渋々『ござる』が鍵を開けると、勢い良く扉が開かれた。
その扉は開いた男の額を直撃し、男は悶絶しながら倒れ込んだ。
合言葉とは、何だったのだろうか?
俺は哀れな『ござる』を見下ろしながら、眉を潜める。
「こいつだな。今年の新入生で対象なのは」
女は舐め回すような視線で、俺の下から上までを確認する。
「合格だ。ようこそ、我がラボトリーへ」
女が両手を広げ、歓迎の意を示す。
いや、状況にまったくついていけないのだが・・・・。
俺の様子を見て、女が首を傾げる。
首を傾げたいのは俺のほうである。
「何だ? お前達は、まだこいつに何も説明していないのか?」
「女帝、我らは今しがた帰還したゆえ」
『鉄火面』が言い訳する。
「ちっ、使えないやつらだ」
女帝と呼ばれた女は傲慢な態度をとる。
――――つか、呼び名が『女帝』って・・・・。
この女そうとうヤバイな。
俺が警戒して一歩引くと、女が俺との距離を一歩詰める。
「へぇ~、結構良い男じゃないか」
女帝は俺に向かって妖艶な笑みを浮かべる。
前言撤回。
これは非常に見る目のある、良い女に違いない。
「わかるか?」
「あぁ、わかる。あんたからはこいつらにはない、気品? 見たいなものが感じられる。あとハゲてないし・・・・」
最後は小声でよく聞き取れなかったが、様子から察するに褒めているのだろう。
そう考えると、話くらいは聞いてやってもいいのではないか? と思えるようになった。
「ここはどういうラボトリーなんだ?」
俺の問いかけに対し、女帝が答える。
「周りを見てみなよ。皆とあんたの共通点がわかるはずさ?」
俺は部屋にいる男女を一人ずつ順番に見る。
最後に、未だにうつぶせで呻いている『ござる』を見る。
しかし、全く共通点がわからない。
そもそも、俺とこいつらの共通点なんてあるのだろうか。
「あんた、本当にわからないの?」
女帝が呆れたようにため息を吐く。
「ヒントは年齢」
そう言われて、「はっ」気付く。
確かに、この部屋にいる者は皆、学生にしては高齢である。
俺より年下の者もいるが、ほとんどが同年代か、年上のように見受けられる。
目の前の女帝にしても、俺と同じくらいで30歳半ばくらいだろうか?
「ここは年寄りの集まりか?」
その瞬間、俺の放った言葉により空気が凍りつく。
なんだ? この張り詰めた感じは。
まさか皆、そんなことを気にしているのか?
「普通の生徒から見れば、あんたも十分年寄りじゃないかい?」
まったくその通りである。
言い返す言葉も見つからないとはこのことだ。
それについては異論などない。
だが・・・・。
「なるほど。あんたらはアレか。他の学生より年上で、肩身の狭い者の集まりか・・・・」
皆が一様に黙り込む。
どうやら図星のようだ。
そう考えると、こいつらのラボトリーがこの場所にある理由も想像がつく。
大方、通常の教室を借りることができず、こんな辺鄙なところへ追いやられたのだろう。
学院生活でも肩身が狭く、ラボトリーも肩身が狭いとは・・・・。
「悪いが他を当たってくれ。俺はそんな集団に所属するつもりはない」
そう言い放つと、手を振り、踵を返す。
「ま、待つでござる。お主はまだこの学院の本当の偏見に晒されていないからわからないのでござる」
『ござる』が俺の腕を掴む。
俺はそれを払いのけようとする。
「知るかよ! 俺なんて最近そんなんばっかりだから、もう慣れてんだよ。今更奇異な視線なんて屁でもない」
渾身の力で払いのけようとするが、『ござる』がへばりついて離れない。
こいつ、何でこんなに必死なんだ?
「じゃぁ聞くが、あんたは何か研究したいものでもあるのかい?」
女帝の質問に言葉が詰まるが、すぐに思い返す。
「いやいや、それを探すために見学してたら、あんたらに拉致されたんだろ?」
半ば責めるように言う。
「だったらここの研究も見てから判断すべきだと思うが違うか? あんたはあたしたちが皆とは違うからここに集まっているだけだと思っているのだろ?」
「なんだ、違うのか?」
俺は女帝に向き直る。
女帝はへばりつく『ござる』へ顎で指示を出す。
『ござる』は頷いて、ようやく俺から離れた。
「我々には確固たる信念の元、研究をしているのでござる」
「へぇ~、確固たる信念・・・・ねぇ。じゃぁ、聞かせてもらおうか? その、確固たる信念というやつを」
意気高らかに胸を張る『ござる』に対し、俺は疑惑の目を向ける。
「我々の研究目標は・・・・」
「研究目標は?」
「――――若返りの秘薬の製造でござる」
うわー・・・・、こいつらさっきから色々ヤバイけど、研究目標もヤバイな。
若返りの秘薬って世界共通で禁術指定されてるだろ・・・・。
それはこの世界も例外ではない。
なぜならば、それは神への冒涜だからだ。
それをこいつらは胸を張って研究しているのか。
「まさかとは思うが、若返れば他の生徒と仲良くなれるとか思ってんじゃないよな?」
「え? なれないでござるか?」
『ござる』が真顔で返してくる。
「いや、それは無理だろ・・・・。あんたもそう思うだろ?」
「あぁ、若返っても生徒と仲良くなるのは難しいな。だが、もう一度ピッチピチの体に戻れば、良い男を捕まえ放題だろ?」
「ぬぁ! せっしゃをだましたのでござるか?」
「騙してなどいない。今でもハブられてんだから、若返った方が仲良くなれる確率は上がるだろ?」
「は、ハブられてなど・・・・」
『ござる』は消え入りそうな声で反論しようとしたが、悲しくなって床に座り込んでしまった。
「とにかくだ。あんたも若返りたいだろ?」
女帝の質問に俺は心の中で叫ぶ。
俺は、若返りたいんじゃなくて、元の姿に戻りたいんだ! と。
俺の様子を是と受け取ったのか、女帝が口角を上げて笑う。
「あんたも歳だから、何か体の不調とかあるんじゃないのかい?」
「それは、あるな」
素直に肯定する。
最近というか、この体になってからずっと腰痛に悩まされている。
学院に通うようになったのだから、レーアという名のポーションも手に入らない。
しかも、授業中は座ったままである。
いつか腰が砕けるのではないかという懸念がどうしても拭えなかった。
「リウマチ、健忘症、四十肩、しびれ、頻尿・・・・」
女帝は次々に薬の入った小瓶をテーブルに並べていく。
「――――しわ取り、しみ取り、白髪止め、痔、腰痛」
並べられた薬は30種類を超える。
「あたしたちが入学するよりもずーっと前から先輩たちが若返りの薬の研究をしていてね、製造の際に出来上がった薬がこれらさ。物は試しってことで、一つ使ってみたらどうだい? ちなみにハゲの秘薬はまだないんだけどね」
ハゲの秘薬と聞いて、床に座りこむ『ござる』の頭を見る。
髪は見事に撤退を開始し、その領土を地肌に侵食されている。
「なんでござるか?」
不憫な『ござる』に首を振り、再度テーブルに近づく。
貼られているラベルから、大よその効能は分かる。
30種類以上もある薬の中でも、俺が目を引くのは一つである。
「この、腰痛の薬は効くのか?」
「もちろんさ。何なら飲んでみなよ。製造方法は確立されているから、時間をかければ作れるんだから」
俺は促されるままに、小瓶の蓋を開ける。
中からは、懐かしいドブの香りが漂ってくる。
一瞬躊躇したが、こちらを試すように笑っている女帝を見ると、ここで退くことはできない。
俺は一口で飲み干した。
飲んだ瞬間、体が温かくなるのを感じる。
それは少しずつ全体に広がり、次第に汗が出始める。
おいおい、これは本当に大丈夫なやつだったのか?
無謀な先ほどの自分を殴り飛ばしたくなった。
熱は更に続く。
俺は立っていられなくなり、床に座る。
『ござる』が寄ってきて、俺の正面に座っている。
「大丈夫でござるか?」
心配そうに見つめる『ござる』の顔が目にはいる。
傍から見たら、おっさん同士が床に座って見詰め合う構図だ。
非常に気持ち悪い。
だから、大丈夫なわけがない。
しばらく荒い吐息を吐いていると、徐々に体が治まってくるのを感じる。
熱が引くと、毒ではなかったと安堵する。
そして、全身が汗まみれであった。
「おい! なんて物を飲ませやがんだ?」
選んだのは俺なのに、この怒りを誰かにぶつけなければ気がすまない。
俺は勢いよく立ち上がり、女帝を睨む。
「どうだい? 体の調子は」
「どうって・・・・」
床から勢い良く立ち上がったのに、腰の痛みがまるでなかった。
体を捻ったり、ジャンプしてみたりするが、腰に違和感がない。
まさか、これは・・・・。
「治ってる・・・・」
「それは良かったな」
女帝が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「こ、これの有効期限はいつまでだ?」
「いつまでもだ。これらの秘薬は普通の薬ではない。魔法と薬草で生成した秘薬さね」
「ま、マジか・・・・。これってすごい発明ではないか?」
これらの薬を世に流したら、どれだけの値がつくか想像もできない。
「そうなんだろうが、あくまでもあたしたちの目標は若返りなのさ」
あっけらかんと言う女帝に、俺は不覚にもブレないかっこよさを見た。
「それで、あんたはどうする? やっぱり他のラボトリーへ行くのかい?」
その質問に対し、俺はもう一度部屋の中を見渡す。
皆、しっかりとした目的があってここに集まっていることはわかった。
「そうだな」
「そうかい・・・・」
あからさまに気落ちした様子を見せる女帝に対し、更に言葉を続ける。
「だが、あんた達の研究に興味が湧いた。俺をこのラボトリーへ入れてくれ」
頭を下げる。
これは、ラボトリーへ入れて欲しいというのと、先ほどの謝罪を込めている。
少しの間をおいて、部屋中に拍手が巻き起こる。
「歓迎するよ。あらためて、あたしの名前はドロシー・マーリン。今年5年目を迎える最上級生さ」
俺は差し出された女帝の手を握る。
これにて無事、俺はラボトリーを決めたのである。
なお、余談ではあるが、女帝は今年43歳になるそうだ。
若返りの秘薬を製造する際に出来上がった他の秘薬の中に、化粧品顔負けの美容薬もある。
それを使って若作りしているそうだ。
俺がこれを知るのは、まだ少し先のことである。
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