第72話:専攻授業の決定権が弱ぇー・・・
どうにか新入生達が集まっている教室を探し当てることができた。
といっても、最上階である理事長室から下の階へ降りつつ、順々に教室を確認したのだが。
教室は先日の講堂を小さくしたような造りである。
階段状に並べられた椅子には、生徒達が座っている。
講堂との違いは、講堂はステージを中心に円状に椅子が並べられていたのに対し、教室は教壇を中心に半円状に椅子が並べられているところだ。
教室の扉を開くと、皆の視線が俺に集まる。
話をしていたであろう教師さえ、俺の方を見て言葉を失っている。
俺には正当な遅刻の理由があるのだから、悪びれることなく堂々と教室へと入った。
空いている席を確認しようと見渡す。
すると、コンラート少年が隣の席を笑顔で指差す。
どうやら俺のために確保してくれていたようだ。
俺はそれを見定めると、少年へ笑顔を返す。
そして、少年が確保してくれている席とは別の席へ向かう。
考えてみて欲しい。
あの少年は新入生代表にまでなった天才である。
そんな少年の隣に俺が座ってみろ。
白と黒、○と×、凹と凸といった具合に、俺との学力の差が浮き彫りになる。
誰が好き好んでそんな席に座るだろうか?
「ちょっと君。君も新入生かね?」
悠々と空いている席へ向かっていた俺に、神経質そうな教師が声をかけてくる。
「そうだが?」
君も新入生かね? って何気に酷くないか?
確かに見た目は中年だが、俺だって新入生である。
「入学早々に遅刻とは、どういうつもりかね?」
教師はずり落ちそうな眼鏡の位置を直しつつ尋ねる。
「理事長に呼ばれていた。確認してくれ」
俺は席へたどり着くと腰を下ろす。
「理事長に・・・・、わ、わかった。では、話を続ける」
やはり理事長の影響力は絶大である。
誰もが理事長の名前を出せば怒気が収まる。
本当に困ったときは名前を出すことにしようと、心の中で決めた。
教師が話しを続ける。
どうやら今しているのは授業ではなく、シュタットフェルト魔法学院についての説明のようだ。
途中からなので、把握していない部分はあるだろう。
まぁ、わからなければ都度誰かに聞けばいい。
そんなことを考えながら、コンラート少年をチラッと見る。
すると、少年は笑顔で俺に手を振った。
どうやら少年は、俺が彼の確保した席に気付かなかったと判断したようだ。
まったく怒った素振りも見せない。
純粋無垢というのは逆に怖い。
俺の周りにはヒネた大人ばかりだ。
いや、一人童顔でアホの子もいるか。
教師の説明を聞き、魔法学院の授業体系については概ね理解できた。
要約すると、授業には通常の授業、専攻授業、任意授業があり、その後ラボトリーと呼ばれる集まりに参加し、それが終われば一日が終了するとのことだ。
通常の授業は、魔法の基礎を復習することと、魔力の底上げをすることが主である。
それ以外にも、魔法歴史、幾何学なども学ぶ。
専攻授業には、応用魔法、実用魔法、付与魔法の三種類から一つを選び、それについて学ぶ。
ちなみに今は、この専攻授業を選ぶ時間である。
任意授業は、その名の通り授業を受けても受けなくてもいいそうだ。
だが一部の例外を除いて、すべての生徒がこの任意授業を受けているらしい。
学ぶのは主に、魔道教の教えとのこと。
最後にラボトリーであるが、これは学年問わず、自分が今後研究していく魔法科目を決め、同じ志の生徒が集まって研究することである。
かなり細分化されているため、どれだけの数のラボトリーがあるかはわからないとのこと。
今日の学院の説明が終わり次第、俺達新入生はラボトリー見学を行い、ラボトリーを決めなければならない。
さて、まずは専攻授業を決めるのだが・・・・。
俺は先ほど配られた紙を見つめ腕を組んだ。
応用魔法、実用魔法は、そもそも俺の魔力量では大したことはできない。
知識を学んでも、それを実行するだけの力がないのだ。
今後魔力が増える見通しもない。
付与魔法の授業には、魔法陣学も含まれているとのことだ。
ゆえに、選ぶべきは付与魔法一択である。
「よし!」
「おじさんはどれにするか決めたの?」
紙に付与魔法と書こうとした時、声をかけられた。
俺に声をかけるやつはあまりいない。
おじさんと言うやつは一人である。
案の定、コンラート少年が横に立っていた。
「俺は付与魔法にするつもりだ」
コンラート少年は俺の答えを聞きながら、空いている隣の席に腰掛ける。
どうやら席を移動してきたらしい。
「おじさん、それは無理なんじゃないかな?」
「はぁ? 何でだよ?」
こいつ何言ってんだ?
「だっておじさん、さっき先生が言ってたでしょ? 専攻授業の決定は入学試験の成績順で決めるって」
「あぁ、そんなこと言っていたような・・・・」
専攻授業の選択肢を聞いて、付与魔法以外を選ぶつもりなどなかったからあまり聞いていなかった。
「あれ見てよ」
コンラート少年が指差したのは、正面の黒板に貼られている順位表である。
「自分が一位っていう自慢か?」
コンラート少年は新入生代表の挨拶をしたのだから、当然一位である。
「違うよ。おじさんの順位だよ」
「俺の・・・・・ん? 俺はー・・・・」
上から順に見ても、なかなか俺の名前が出てこない。
「あ、あった。げっ! 俺って最下位だったのか・・・・」
普通にショックである。
さすがに最下位はないだろうと思っていたが、まさかまさかである。
「ということは、俺って専攻授業を決める権限がないってことか?」
コンラート少年が笑顔を絶やすことなく頷く。
なんか、少しムカつくな。
「でも、最後まで付与魔法が残っている可能性も・・・・」
無かった。
どうやら付与魔法が一番人気で、定員に達したらしい。
「応用魔法や実用魔法って、既に研究し尽くされてるからね。未知な部分がまだまだある付与魔法に人気が集中してるんだよ」
そうだったのか。
「最後にセリア君。君は応用魔法の授業に決まったから、紙にそう書いて持ってきなさい」
神経質そうな教師に言われ、仕方なく応用魔法と書いて紙を提出した。
席へ戻ると案の上、コンラート少年はまだ俺が座っていた隣の席に座っている。
この子はなぜ俺に付き纏うのだろうか?
首を傾げながら席へと戻る。
「応用魔法の授業なら僕と一緒だね」
「お前も応用魔法か?」
「うん」
まぁ、俺と違ってこいつは自ら選んで応用魔法を専攻した。
俺は強制的に応用魔法になった。
結果は同じでも、過程が著しく違う。
席に座ると腕を組む。
納得いかない。
俺が最下位というのもそうだが、順位が下位のものに人権はないというような学院の制度にも納得いかない。
ほれ見ろ。
順位表なんて張り出すから、俺が最下位だと皆に知れ渡ったではないか。
こっちをチラチラ見ているやつもいやがる。
「ところでおじさんは、いつまでローブを着てるんですか?」
ん? どういうことだと、周りを見渡す。
確かにローブを着ている生徒は誰もいない。
着ているのは俺と、教壇に立っている教師だけである。
「脱ぐものなのか?」
「うん。もらった教科書の、魔道教の本にそう書いてあったよ。魔法使いとして、目上の人に教えを請うときは、魔法使いの証であるローブは脱ぐことって」
なるほど。
皆、忠実にそれを守っているということか。
俺は魔道教なんて知らないが、頑なに拒む理由もない。
手早くローブを脱ぎ、座席の背もたれにかける。
パラパラ。
ぞんざいにローブを脱いだため、ポケットから2枚の紙が落ちる。
レーアとリンカからもらった手紙だ。
「これ、落ちたよ」
手紙をコンラート少年が拾い、一瞬動きが止まる。
まずい!
あの手紙はリンカからもらったものである。
しかも最後に名前まで書かれている。
俺は急いでコンラート少年から手紙を奪った。
「こ、これは知り合いからもらった手紙で、は、恥ずかしいから見ないでくれ」
「そうなんだね。手紙をくれる知り合いがいるなんてうらやましいよ」
コンラート少年が頬を掻きながら言う。
俺はその様子をじーっと観察する。
どうやら肝心な部分は見られていないようだ。
俺は安心し、手紙をポケットにしまった。
それからも学院についての説明は続く。
院内を歩き、各施設の使い方なども教わった。
結局午前中は説明だけで終わった。
午後からはラボトリーの見学である。
「おっさん、初日から理事長に呼ばれるなんて何したんだよ? やっぱりあれか? 成績が悪すぎて本当は不合格だったとか?」
学院の説明から、やっと解放された俺達は食堂にいた。
コンラート少年と昼食を食べていると、コウが近づいてくる。
こいつ、嫌味を言うためだけにこっちに来たのかよ。
「成績が悪いは関係ない。私的なことで少し聞きたいことがあったらしい」
「聞きたいことって何だよ?」
「それは個人的なことだから答える義理はないな」
「けっ、相変わらず面白くねーおっさんだなー」
面白いおっさんっているのか? と問いただしたくなる。
俺に飽きたのか、コウの視線がコンラート少年へ移る。
「入学試験では負けたが、次は俺が一位になる。覚悟しておけよ天才君」
「はい。僕も頑張ります」
コウはコンラート少年の答えに満足したのか、ニッと笑い、手を挙げて去っていく。
何だか、俺への態度とえらく違うような気がする。
気のせいだろうか?
昼食を食べ終わると、いよいよラボトリー見学である。
俺とコンラート少年は学院の一階から順にラボトリーを覗こうと決めた。
「おじさんはどんなラボトリーに入るつもり?」
「いや、まったくわからない」
「そうなんだ。僕は仮想領域システムについて研究してみたいな」
仮想領域システムか。
どこかで聞いたことがあるような、いや、ないような・・・・・。
俺達は他愛無い話をしながら、ラボトリーを覗いていく。
魔法生物の研究、魔法植物の研究、新たな生活魔法の開発、果ては魔法真理の探究なんてものもあった。
「みつけたでござる」
「補足完了」
「よし。行動開始」
そんな話し声が聞こえたような気がした瞬間、前方から二人の男がこちらに向かって走ってくる。
「へ?」
二人の男ははすれ違い様に、俺の脇の下に手を入れ、腕を組むようにホールドする。
勢いそのままに、引き摺るように移動が開始される。
「ちょっ、あんたら何なんだ? 俺をどこへ連れて行く?」
そんな俺の声を掻き消すように、二人の男の声が廊下に響き渡った。
「「確保!!」」
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